追手
「…………本当に、行ってしまうのか?」
「ええ、もう船が出ちゃいますからね。」
「まだ全ての技を習得出来ていないのにな、残念だ。」
「いや、むしろキョウさんがあそこまで喰らいついてくるとは思いませんでしたよ。あなたに伝えたかったのは技じゃありません、心持ちなんです。」
「ああ……今となってはよく分かったよ。」
「それじゃ、僕らはこれで。」
キョウさんの顔は晴れやかだ。
これならもう大丈夫だろう。
ソフィと共に大陸行きの船に乗り込んだ。
あんまり観光は出来なかったけど、中々清々しい気持ちだ。
「いやー、濃い一ヶ月だったなー。」
「お疲れ様でした、大分お疲れのようですね。」
「うん、そうだったよねー、でも人に教えてる時こそ色々思いつくものだよね!おかげで新たなアイデアも湧いてきたよ。」
「それは素晴らしいですね!はい、淹れたての紅茶です!」
「お、すまないねぇ。そうそう疲れた時にはこの紅茶に限るよね。」
うん……香りといい温度といい、俺の好きないつもの紅茶だ。
そんな時横から脇をツンツンされた。
「ねね、ローガン。」
「なんだいソフィ、今せっかく良い気分で休憩してるんだから邪魔しないでよね。このいつもの……」
いつもの……紅茶?
そういえば、紅茶が差し出されたのはソフィのいる反対側からだった。
「その人、知り合い?」
ソフィが俺の方を指差して聞いてきた。
正確には、俺を挟んで反対側にいる人物を指差して。
ここ最近紅茶なんてあまり飲んではいない。
だから、いつもの味ってのは実家で飲んでいた味って訳で……
「ローガンさんというのですね。気に入って頂けたのなら嬉しいです。初対面ですのに……ねぇ?」
全身からどっと汗が吹き出てきた。
いや、まさかそんな筈は……よし、振り返って確認しよう。
……
……気持ちは振り向きたい筈なんだけれども、体が言う事をきかない。
どうにか己を叱咤して首をギギギ、と回すと
「どうかしたのですか?私の顔に何かついてます?」
にっこり笑っている美人さんと目が合った。
美人さん……と言うかアンナだ、実家を出奔する前、俺の専属メイドをしていたアンナだ。
アンナ……顔は笑っているのに黒いオーラを纏っている……
と、とりあえずどうにかこの場は誤魔化す事にしよう。
「……」
「おやおや、急に黙ってしまってどうかされたのですか?ローガンさん?」
「い、いや……そんな事ないよ?こんなに美味しい紅茶を入れたのが美人さんだったから二重に驚いてしまったんだ。」
「まぁ!美人だなんて、どうもありがとうございます!私が昔働いていた職場では終ぞ言って貰えなかったので嬉しいです!」
「いやぁ、良い経験になりました。では僕はこれで失礼……」
「嬉しいついでに、ちょっと私の話を聞いていただけませんか?」
言いながらすかさず俺のカップにおかわりを注ぎ、ソフィにお菓子と紅茶を差し出すアンナ。
まんまと逃げるタイミングを潰されてしまった。
「私は昔メイドとしてあるお方に仕えていたのですが、その人が急にいなくなってしまったのです。その人は天性の才能を持っていたのですが、水魔法しか使えない人でもありました……そうそう、ローガンさんも水魔法しか使えないそうですね?」
「そ、それを何処で知ったんです?」
「ヒノデ行きの船の中です。その間もずっと観察してましたから。」
一ヶ月も前からバレテーラ。
「もう降参だよ、アンナ。」
「最初からそう言ってくれれば良いのです。それにしても……」
彼女は一度嘆息すると、目をキッと吊り上げた。
「どうして突然あんな事をされたのですか!?もう御実家では坊ちゃんのお葬式も執り行われてしまったのですよ!」
「お葬式!?やったぜ!」
思わずガッツポーズ。
これで晴れて気負い無く名無しのローガンで旅ができる。
「喜んでいる場合じゃあ無いでしょう!家の者が皆どれだけ悲しんだ事か!」
「それは、まあ、ごめん。」
そこは素直に謝っておく。
……と、アンナに急に抱きしめられた。
「本当に……ご無事で、良かった……」
「あ、アンナ……」
「私だって……坊ちゃんが死んでしまったかと思って……ショックだったんですから。」
アンナは泣いていた。
まあ突然の事だったしな、当初は混乱するだろうさ。
その為に、アンナにだけは手紙を認めておいたんだけどな。
「……で、手紙を読んで僕を探しに旅に出た訳か。」
「え?」
「え?僕の作業着に手紙が入ってたでしょ?」
「ああ、あの遺書ですか……あれがどうかしたのですか?」
「縦読み。」
言われたアンナは慌てて懐から手紙を出すと手紙の頭文字を追い始めた。
「シ、ン、ダ、フ、リ、デ、タ、ビ、ニ、デ、マ、ス……」
アンナの手紙を持つ手がワナワナと震えだした。
「え、アンナ……まさか気づかなかっ」
「バカな!気付いていたに決まっているでしょう!?決してショックでお暇をもらったりなどはしてないですから!!」
傷心旅行だったのか……
「ドンマイ、誰でもそんな時もあるさ。」
「一体誰のせいだと思っているんですか!?」
「早とちりさんな誰かさんのせいじゃないの?」
「それは……そうなんですけど……」
一時的に混乱してたとはいえ、段々と落ち着いてくれたみたい。
なんにせよ、彼女が無職になってしまった原因は俺のせいだし、ちょっとの間は面倒見ることにしようかな。