交渉決裂(勇者視点)
アランの抜剣に呼応するように、周りにいた神官や聖女達が短剣などの武器を懐から取り出した。
僕も慌てて立ち上がる。
「ちょ、ちょっとアラン!?」
「レン、おかしいとは思わないか?俺が剣を抜くのに合わせてこいつらも武器を取り出した…聖女ってのは普段から武装してるのが常識だと思うか?」
「それは確かにおかしいとは思うけど…」
「レイ、教会で働いてたなら分かるだろ?つーかお前は何でずっと黙ってるんだ!?」
「…勇者がここに私を連れてきたのは、ここで私を処分するつもりだったのでしょう?」
あれ?
「この大聖堂に入るまでは半信半疑だった。でも入口での魔力反応を見る魔道具だとか隷属の首輪をつけられた聖女とかを見てたら色々察するわ。勇者の態度も不自然だったしね。」
何だか盛大に勘違いされているみたいだ。
「いや、そんなつもりでは無かったんだけどな。」
「言いなりだったとは言え、私も殺されても仕方ない位には悪事を行って来た。ならばこの運命を受け入れてしまおうと思ってね。」
「レイ……こいつは意味不明な発言をしたりするけど、仲間をいきなり切り捨てるような奴ではないぜ?大方、俺達に内緒で先読みをして、その結果失敗したんだろうさ。」
アランが泥で作った助け舟を出してくれた。
「レイさん、ごめん。レイさんの為になると思って相談もせずに連れて来た結果がこれだ。」
「……後で美味しい物を奢ってくれれば、それで良いわ。」
やれやれ……っていうかさっきレイさんが聞き捨てならない事を言ってたな。
「レイさん、聖女達の着けてるネックレスって隷属の首輪なんですか?」
「そうね、隷属の首輪にはいくつか種類があるけど、あれは意識から完全に乗っ取るタイプね。真席を破壊すれば支配からは開放されるわ。でも……」
「魔石を破壊すれば良いんだね!」
丁度メイスで殴りかかって来た聖女の攻撃を躱し、召喚した魔剣パラポネラで魔石だけを斬りつけた。
狙い通り魔石は真っ二つになって地面に転がった。
魔石を斬られた聖女は突然の事に戸惑っているのか動きを止めている、このまま皆の洗脳を解いてあげれば……
「あ?あ、あぁ……い、嫌!いやぁぁぁ!」
突然奇声を上げながら懐から短剣を抜き、自分の喉に刺そうと振りかぶった。
あまりの事に僕はただそれを見ている事しかできなかった。
何かを察していたレイさんは聖女の元に近づいていて、振りかぶった短剣を既の所で止め、更にアランが当て身をして聖女の意識を刈り取った。
「今のは、どうして?」
「強制的に洗脳を解くと、洗脳されていた間の記憶が全て頭の中に入ってくるの。自害を図るという事は、それだけの事を洗脳中にさせられていたという事ね。だから、いきなり隷属を解くのはオススメできないわ。」
まさかそんな効果があったなんて……
「つまりは、怪我させないように気絶させりゃ良いんだろ?」
「悔しいけど……無闇に解放させることは出来ないみたいだね。」
……
…
「これで最後の一人、っと。」
アランが気絶させた聖女を優しく床に横たえた。
相手をできるだけ傷つけないように戦闘不能にするのは骨だった。
皆、少なくない魔力を消耗してしまったと思う。
とはいえ残るはザエルさんとその両脇にいる2人の神官だけだ。
僕らが彼らに向き直ったのを見計らってザエルさんが口を開いた。
「お見事です。まさかあなた達も彼女らを無力化できるとは……聖女のレベルも落ちたものです。」
「この娘達の立ち回りは、ほとんど一人ずつでは意味のないものばかりだった……まるで、一人一人が全く別のパーティでそれぞれの役割をこなしているようなちぐはぐな感じだったな。」
さすがうちの戦闘隊長アランは目の付け所が違う。
僕なんて連携の練習してないのかな、位にしか思わなかったよ。
「おぉ、そこまで見抜くとは……そうです、彼女らはそれぞれ全く別の冒険者パーティの一人だったのですが、この大聖堂で自らの使命に目覚め、迷いを断ち切って聖女になったのです。ですからその名残なのでしょうね。」
「隷属させておいてよくもまぁそんなセリフが言えたもんだ……反吐が出るぜ。」
どうゆう事?
身振りでアランに尋ねてみる。
「例えばの話だがな、レン。さっきのお茶を出された場面を思い出してみろ。あの時もし全員揃ってお茶を飲んでいたらそのまま揃って眠ってしまうだろ?そして、隷属されたレイは冒険したいという欲望を捨てる為に、迷いを断ち切るんだ。」
冒険する気持ちを捨てるのに邪魔なものって……まさか
「……仲間、か?」
「恐らくは殺させたんだろうよ。例え操られていても、頭の隅には今までの思い出とか記憶があるもんだ。それを自分の手で踏み躙らせるんだ。心の拠り所が無くなれば魔石への精神抵抗も弱まるし、強制的に支配を解けば自分のやった罪の意識で勝手にしに自害する。連中には都合の良いお人形さんの出来上がりだ。」
「私の居た教会は魔族に秘密裏に支配されていたから参考にはならないけど、恐らくはこの国だけの話だと思う。冒険者のユートピアと呼ばれる反面、高ランク冒険者が生まれないのは、こんなカラクリがあったのね。」
アランとレイさんの話に言葉を失ってしまう。
というか、そこまで知られちゃいけない事を教えて来たという事は……?
「そうですね、そこまで知られてしまった以上、貴方達を生かして帰す訳にはいかなくなりました。」
ザエルさんが言い放ったのは、つまりは僕らを殺す、という事なんだろう。
「いいのか?レンは王国で召喚された勇者なんだぜ?」
「大丈夫ですよ、勇者は魔王を倒すまで何度でも生き返りますから。もしかしたら顔や声に多少の違いがあるかもしれませんが、黒髪黒瞳にガクセイフクとかいう珍妙な格好であれば、多少の違いは分からないでしょう。」
勇者は死んだら別の人間を再召喚する、という事なのだろう。
魔剣を握る手に力が入る。
問題はこの人達と戦う展開はゲームでは無かった事だ。
相手のレベルとか、装備とか、魔法とか全てのデータが分からない。
「さて、こんな狭い場所では周りのものを壊してしまうかもしれませんし、外に出ましょうか。」
ザエルさんが指をパチンと鳴らすと足元に大きな魔法陣が出現して、次の瞬間には周りの景色が一変していた。
さっきまで応接室のような所にいたのが、今は森の中の開けた場所といった感じの所だ。
「今のは、転移魔法?」
転移魔法なんて、魔法職が最後の方に覚える上級魔法じゃないか。
だとするとこのザエルさん、相当強いぞ。
「ここなら、これからお亡くなりになる貴方達以外の目もありませんし、冥土の土産に私の真の姿を見せてあげましょう。」
ザエルさん達の体が光輝く。
……光が収まると、そこには白銀の鎧に身を包み、真っ白な翼を生やした神々しい雰囲気の人物が居た。
「ザエル改め、神の使徒ザフキエルと申します。短い間ですが、お間違え無きよう。そしてこの二人は部下の中級天使です。名前はラエルとレエル。」
ザフキエルの脇に控えていた二人がそれぞれ歩いてアランとレイさんの前に立った。
「ちょうど3人ずついるのですから、一人ずつお相手致しましょう。久しぶりの戦闘です、少しは楽しませて下さいね?」