男と義娘 No.3
病院で医師から告げられた言葉は残酷だった。
「娘さんの容態は大変危険な状態です。ミサトさんは鉄骨の下敷きになっていたらしく、重要な内臓がいくつかダメになっています。今は人工の物で代わりを置いていますがドナーが見つからなければ後3日が限界でしょう。」
頭にハンマーを打ち付けられたような衝撃が走った。だが、解決方法を探す。ミサトを助けるために出来ることはないか。そして、俺はよからぬ事を考えついた。ミサトを救う簡単な方法を。しかし、医師もそれを見越したかのように、
「くれぐれも自分がドナーになるとか考えないようにして下さい。例えそんな事をしても無駄です。調べてみましたが、あなた、糖尿病を患っていますね。」
俺は心の内を当てられてドキッとした。糖尿病を患っているのも事実だ。
「あなたもこの病院に通院しているので調べさせてもらいました。覚えておいて下さい。糖尿病の人はドナーにはなれないんです。ですので、無茶な行動は謹んで下さい。」
「──っ、分かりました。」
その言葉を聞いて医師は、ご大事にと言い残して場を離れた。一人残された俺は震えて立ち尽くすしかなかった。
夜、俺はミサトが寝ているところへ行った。たくさんの機械と管に繋がれているミサトを見て、俺は妻の最後の光景を思い出した。ベッドに横になり、泣きながら弱々しく俺の袖を掴んでいる妻の姿を。
「あなた…ごめんなさい。あなたにとっては重りでしかないのは分かってる。厚かましいお願いだということも分かってる。──だけど、頼れるのはあなたしかいないの。娘を、ミサトをお願い。」
そんな妻を見て、その時俺は決意した。妻が残した最後の宝物を何があっても守り抜こうと。
「ああ、ミサトのことは任せろ!」
そう答える俺を見て、
「ありが、とう。」
そう笑顔で言い残して妻は息を引き取った。
しかし、今の俺はどうだ。守れなかっただけじゃなく、何もしてやれない。
「ははっ、これじゃあ父親ぶんなよと言われても仕方ないよなあ。何がああ、任せろだ。全然駄目じゃねぇかよ。」
ミサトと俺しかいないシンとした病室からは弱々しく嗚咽が聞こえてきた。
しばらくして目が覚めた。どうやら泣き疲れて眠っていたいらしい。全てが夢だったらと思ったが、何度見てもミサトは機械と管に繋がれている。そして再び絶望する。
すると、ふと自分の後ろに人の気配を感じた。慌てて振り返ると、丸イスにちょこんと座る白いワンピースに場違いな赤いリボンの付いた麦わら帽子を被った16歳ぐらいの少女がいた。突然のことに驚き、後退りした。いつからいたのだろう?そもそも誰だ?色んな疑問が頭に浮かんだが、ゆっくり深呼吸をする。数秒して落ち着きを取り戻した俺は誰なのか聞こうとしたが、先に口を開いたのは少女のほうだった。
「おにーさん。娘さんを救いたくありませんか。」
年甲斐もなく見惚れるような満面の笑みで。唐突に放たれた言葉。普段だったら聞き流していただろう。だが追い詰められていた俺は普通ではなかった。藁にもすがりつく思いで少女の両肩を掴んで
「どうすればいいんだ!」
と聞き迫ってしまった。少女は相変わらず俺の方を見ながら笑っている。そこで少し冷静さを取り戻した俺は、ごめん…と言って両肩から手を離した。よくよく考えてみれば分かる話だ。そんな方法がないのだ。少女は場の状況から察して俺をからかっただけ。そう思うと気持ちを踏みにじられたことへの怒りが湧き起こる。落ち着け俺、勝手に期待したくせに、こんな子供に怒ってどうする。自分を落ち着かせ、少女を病室から追い出す。最後まで俺の方を見て笑っていた少女はどこか気味が悪かった。その後、俺はミサトにおやすみと言い近くにあった丸イスに座り意識を手放した。
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