第三小節
「…準備はよいか?」
「はい!万全であります!」
昼間だというのに薄暗い森の中。声を殺して何ごとか確認しあう男たちがいた。
「…では行くぞ!」
そう言ったリーダーらしき男の後に続き、その者たちは森の中を移動し始めた。
魔王・ランスロット…
彼は絶対的なその強さゆえ、今までほとんど完璧な敗北を味わったことが無い。
1000年前に英雄たちに封印されたのは、油断しすぎや多勢に無勢だったこと、長期戦による消耗などがあったせいなのだと本人は言っている。
まぁ、彼らが完全に倒すことはできず封印にとどまったのもランスロットがいかに強力かということを示している。と思う。
アーサーとの契約も、別に彼女に敗北したから結んだのではなく…まぁ仕方が無かったというかそんな感じであった。
しかし今、そんな魔王を呆然とさせる光景が目の前に広がっていた。
「……!」
「…いててて…」
そう言って立ち上がったのは勇者・ジーク。彼の周りには土煙が立ちこめ、彼を中心とした半径数メートルの地面が抉れていた。
もちろんそれはランスロットによる攻撃の痕である。
彼は「てめぇなんか指一本で十分だぜ!」と自信満々に宣言し、本当に指一本で勇者を吹き飛ばしたのだが、勇者は無事であった。
勇者の叩きつけられた辺りの地面はその衝撃で小さめのクレーターのようになっており、その衝撃のすさまじさを告げている。
が。
勇者は擦り傷程度しか負っていない。それを見てランスロットは動揺を隠せない。
今までほぼ一撃で敵を葬り、勝ってきた彼は、負けることに免疫が無かったのだ。
俺はこんな体育祭に劣るのか?俺ってそんなに弱かったのか?
魔王は真っ白になっている。
「…ラン、大丈夫だよ」
少し離れてその様子を見ていたアーサーがそう言いながらランスロットに歩み寄る。
「別に今の攻撃が彼に効かなかったからといって君のほうが弱いと決まったワケじゃない。…それに私は誰よりも知っているつもりだよ?君の強さをね」
「…おまえ…」
優しげに微笑むアーサーを少し感動したような面持ちで見ていたランスロットだが、すぐに決まりが悪そうに彼女から目をそらした。
「…へっ当たり前だぜ!俺は最強の魔王なんだからな!今のはまぐれだ!今度こそ行くぜ体育祭!!」
「体育祭言うな!!」
持ち直したランスロットが体育祭と再び対峙するのを見て、アーサーはふっと微笑んだ。
そう、私は彼の強さを誰よりも知っている。
そして誰よりもその強さを信じている。
だから…
「だから私は木陰で読書でも…」
「おいコラ待てやァ!!!!」
魔王に全てを任せ、読書しようとしているアーサーに振り返った魔王が勢いよく突っ込みを入れた。
確かに普通ここは戦いの行方を見守るとかそういう感じなのではなかろうか。
「えー…じゃ〜わかった!私は実況中継をしよう!さ〜て始まりました、世紀の対決!魔王VS体育祭!」
「やっぱいいわ…読書でもしとけ…」
一人で鬱陶しい実況中継の真似事を始めるアーサーを見て魔王は諦めた。
(アイツに期待した俺が馬鹿だった…)
ため息をつく魔王に、ジャージについた埃を払いながら勇者が言い放った。
「くそっ!今度はこっちから行くぞ!うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
今の二人のやり取りを完全スルーし、空気の読めない勇者は魔王に殴りかかった。
が、魔王はスッと余裕で避けると手のひらをかざして勇者に衝撃波を見舞った。
勇者は先ほどより強い衝撃に派手に吹き飛んだが、再び「あいてて…」とか言いながら立ち上がる。
それを見たアーサーが一言。
「彼は体は極端に丈夫だけど、攻撃はからっきしのようだね」
「…どんな勇者だよ…」
ランスロットはそれを聞いて心底呆れたような顔になった。