忘れ物のちおかえりなさい!?
人類はその精神レベルにより五つの階層に分けられるという。
家の前には自分の帰りを待つ謎の男が!
親友が消えたなんてわけのわからないことを言ってくる。
聞いたことも無い組織がとんでもない計画を実行に移していた。
どうしようもなく平凡で何の取り柄もない29歳崖っぷちの主人公は親友を取り戻すことができるのか!?
お前の知っている坂本貴史はもうこの世界にはいない。
俺は本当に生きているのか……、生きていたのか……。
目に映る全て、耳に聞こえてくる全てが真実とは限らない。
そんな映画の中でしか聞いたことのないセリフを、現実に誰かから聞かされることになるなんて。
まるで無駄に生きてきたかのような中身のない29年が本当に無駄だったのかを今から試されることになるなんて――。
人込みは嫌いだ。
待ち合わせ場所は大体駅前で人ごみの中誰かを待つ。
みんな匿名性を盾にまるで芸能人気取りで歩いてる。
物語の主人公みたいに。
いつだって隔たりがあって、見えない壁の向こうで世界は回り続けていた。
主人公になりきれない俺はいつも自分の人生の真ん中を歩けていない気がした。
待ち合わせに遅れたことは無い。
大体5分前には着いてしまうが、先に待っているのがシャクなのでわざわざ近くの本屋かコンビニで時間を潰し相手が来るのを見計らって待ち合わせ場所へ向かう。
全く下らないがそれが俺だ。
「ごめん!ちょっと遅れた!」
小走りでやってきたのは坂本貴史、高校時代からの友人だ。
一度も口に出したことはないが柄にもなく親友だと思っている。
「実はパンケーキたべたくてさぁ、ウケるだろ?」
「マジで?パンケーキ?」
あまりにも思いがけない代物だったので驚いて、二人で笑った。
「俺ら二人でパンケーキはヤバいって!」
会うといつも高校生のノリに戻る。
古巣に帰ったようで安心する。
「大丈夫だって!たぶんフツーの喫茶店だから」
俺の抗議もむなしく坂本の笑顔にかき消されてしまった。
フツーの喫茶店ね……。
暑い中二人で話しながら歩く。
坂本は仕事で疲れているようだった。
俺も正直自分の仕事が好きじゃないし、未だに会社に居場所を見つけられないでいる。
みんなこんものなんだろうか。
マンガやドラマのようなサクセスストーリーなんてどこにも無い。
社会に出ればますます努力すればどうにかなることなんてたかが知れてる。
生まれた時からその人の性能なんて大体決まっていて、あらかたその範疇から大きく外れることはできない。
きっとそうなんだ。
そんな風に自分を納得させるしかない。
「ここ曲がったらすぐのはず」
目を輝かせる坂本。
全く女子じゃないんだから。
やれやれ、と苦笑いを浮かべたその時。
「おい、これもしかして……」
目を疑った。
テレビで観たことがあるような、恐ろしい長さの行列が現れた。
「マジか!」
坂本が素っ頓狂な声を上げた。
俺は絶句した。
まさかこれに並ぼうなんて言わないよな坂本。
「よし!気合入れていこうぜ!」
「えっ?」
うそだろ。
俺は坂本の横顔と行列を交互に見た。
半ば無理やり並ばされ、そこから一時間弱してようやくパンケーキにありつくことができた。
全然喫茶店じゃない。
おしゃれなカフェで、いかにも女子が好きそうなそれだ。
「ところでなんで急にパンケーキなの?彼女でもできた?」
彼女できた?は彼女いない歴かれこれ十年近い俺たちのもはやネタだった。
「いや、まだ」
なにか含みのある言い方だ。
「まだ、ってなんだよ」
面白くなってきた。
俺は坂本をからかう気満々だった。
なかなか口を割らなかったが、しつこく尋問すると坂本は渋々自白した。
「好きな人ができたんだけどさ、実はその人……」
坂本が惚れた相手には、すでに別の相手がいた。
しかもその相手とは婚約中。
始めはニヤニヤしながら聞いていたが、俺の顔から笑顔が消えた。
おいおい、絶望的じゃないか。
ところがその彼女はあろうことか坂本と何度も二人きりで会ってくれ、デートまがいのことをしているらしい。
婚約者がいるのに他の男と?
正直相手の女に対して不信感を覚える。
「坂本、お前それ……」
「わかってる……。よくないよなこんなの」
パンケーキを一口。
確かによくはない。
人の恋愛にとやかく言うべきではない、当人同士にしかわからないことだってある。
――だけど。
親友をどこの馬の骨ともわからない女に盗られたような、そんな寂しさと嫉妬が心を一瞬支配してしまった。
「お前、大丈夫なのかそんなことしてて。そもそもその人どういうつもりでお前と会ってるんだよ、とてもまともな女とは思えない――」
坂本は傷ついた顔をしていた。
言い過ぎた。
パンケーキは急に味の無いもそもそとしたスポンジになり、自分で発した言葉なのに今何が起きているのかわからなくなった。
違う、こんなことが言いたかったんじゃない。
「ごめん、先に帰るわ」
謝るのは俺の方なのに。
傷ついて欲しくなかったのは確かだ。
でもあんなひどいことを言ったのは俺のエゴでしかなかった。
店を出ていく坂本の背中を固まったまま見ていた。
追いかけて謝ればよかった。
もう二度と坂本に会えなくなるなんて、この時は夢にも思ってなかったんだ。
読んで下さりありがとうございます。
精神レベルごとに振り分けられた方が人間は生きやすいのか、今のままの方がいいのか作者自身も悩みに悩んでいるところであります。
続きも読んで下さると嬉しいです。