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アルバート・サクリエル編③

 溢れ出る膨大な魔力の黒い本流を受けた後、アルバートが目を覚ましたとき、世界は激変していた。

 目が覚めて、アルバートが最初に目にしたのは、憔悴しきった次兄の顔だった。目が合った兄が、目が覚めてしまったのかと呟くのを聞いて、アルバートは背筋に寒いものを感じたのを覚えている。

 「エルは?エルは無事なのか?」

 あの時自分達の身に何がおきたのか解らない。ただ、黒水晶が砕け、そこに封じられていた魔王の膨大な魔力に呑み込まれたことだけはハッキリと覚えていて、世界が暗転したその時の恐怖と絶望感だけは自分の中にありありと残っていて、アルバートは生きていた喜びよりも先に、一緒にいたエリオットの身を案じてそう口にしていた。

 「エルなんて、もう気安く呼ぶな。あの方は、今やこの王国の王。エリオット・シャルマーニ国王陛下だ。以前のようにお前が気安く声を掛け、行動を共にすることなど許されない。」

 そう口にする兄の言葉を理解することができず、アルバートはただ戸惑うばかりだった。

 「お前は生きていた。目が覚めてしまった。ずっと目が覚めないまま、そのまま死んでしまえば良かったのに。」

 そう頭を抱えた兄が辛そうに吐き出すのを聞いて、アルバートは苛立ちを覚えた。一体何が起きている?どうして俺はこんなことを言われなきゃいけない。そうは思うが、あまりにも憔悴しきった兄の姿に、アルバートは何も言うことができなかった。

 「良く聞け、アル。」

 深刻な兄の声が、静かな部屋の中に響く。

 「魔王を封じていた黒水晶が砕け封印が解けた。」

 それは知っている。自分はそれを目の前で見たのだから。

 「魔王はその力をもって、多くの人間を殺し、多くの魔族に力を与えた。今、世の中は魔王復活による混乱のまっただ中にある。」

 それを聞いて、アルバートにはいったい兄が何を言っているのか解らなかった。魔王が復活し、人間を殺して魔族に力を与えた?なんだそれは。そんなはずはない。俺は確かに見た、魔王が消え去るその瞬間を。その存在自体跡形もなく消えてなくなってしまった魔王にそんなことができるわけがない。

 「魔王復活を止めることができず、また王国に混乱をもたらしたとして、父上はその責を問われ処刑された。」

 兄のその言葉をアルバートは受け入れることができなかった。いったい何を言っているんだ。そんな理由で父上が処刑されるなんてそんなこと。どうして・・・。そう思って、アルバートの口からどうにか出てきたのは、なんで?という言葉だけだった。

 それを口にしたとたん、兄に胸ぐらを掴まれて憎悪に充ち満ちた目を向けられて、アルバートは恐怖に身が縮まった。

 「お前のせいだろ!」

 兄が叫ぶ。

 「全部、お前のせいだ。アルバート。なんでお前はあの時あの場所に居た?なんでアレを受けてお前は生きている?お前があの場所に居たせいで、お前が生きているせいで。そのせいで。本当にお前が魔王復活の手引きをしたわけじゃないよな?お前は魔王の手先なんかじゃないよな?今までの境遇を不服に思って、俺達を恨んで、それで・・・。」

 そう呻くように吐き出して、アルバートの胸ぐらを掴む兄の手から力が抜けて、兄は深く頭を垂れた。

 「すまない。アル。お前がそんな奴じゃないって、そんなこと、俺はよく解ってる。解ってるんだ。でも、その疑惑のために父上は命をもって責任をとることとなり、兄上も、騎士として率先して暴動鎮圧に向かい戦死した。それでもサクリエル家にかけられた嫌疑は晴れていない。まだ、お前が死んでいたなら、お前は魔王復活を阻止しようとし、それがかなわず戦死したのだと言うこともできたのになど・・・。すまない。俺は、お前の兄として失格だ。俺にはどうしたら良いのか解らない。どうすれば。どうしたら・・・。お前が生きていてくれて嬉しいはずなのに。すまない。こんな兄で、本当にすまない。」

 そう嘆く兄の言葉を聞いて、アルバートは途方に暮れた様な気持ちになった。全然頭が追いつかなかった。全然状況が理解できなかった。でも、自分にしがみつくように蹲る兄が、行き場のないどうしようもない感情を吐き出すように叫ぶのを聞いて、これは夢ではないんだということだけはただただ実感できてしまい、アルバートはどうしようもなく泣きたいような気持ちになった。

 それからの日々はまるで現実感のない物のようにアルバートの中を過ぎていった。城内で向けられる嫌疑の目。よく恥ずかしげもなくいられるなという揶揄する言葉。名門サクリエル家の失墜は、城内のいい話のタネで、疑惑の当人であるアルバートは人々が憂さ晴らしをするのに丁度良い標的だった。浴びる暴言も受ける暴力も、その全てがアルバートの中でどうでも良いもののように通り過ぎ、それに何も感じることができなかった。

 あれから謁見の許可が下り、一度だけアルバートはエリオットと面会した。王座に座るエリオットはアルバートの知る彼とは全くの別人のようで、自分を見るその冷たい瞳に、アルバートは彼がもう自分が傍にいて良い存在でなくなったことを実感した。エル、お前はそこでいったい何を見て、何を考えてるんだ?そこに座り、なにをしようとしているんだ?そんな思いが頭を過ぎるが、それを口に出すことはできなかった。ただそこに跪き、頭を垂れて、王としての発せられるエリオットの、中身のない上辺だけの言葉を聞き流して、アルバートは胸が押しつぶされそうになった。

 魔王を封じた黒水晶が砕け散り、世界に黒い流星群が流れた。黒い流星は人々の上に降り注ぎ、多くの人間を死に追いやり、そして多くの魔族に力を与えた。人々は言う。魔王が復活し人間に復讐を果たそうとしているのだと。そのため同族に力を与えているのだと。アルバートは知っていた、そんな噂がでたらめだと。あの日、魔王から生み出され続ける魔力の量に耐えきれなくなった黒水晶が砕け散り、封じられていた膨大な量の魔力が世界に溢れだした。それは黒い流星群となって空を駆け、人々の上に降り注いだ。それを受けた者のうち、何故人間の多くが死に、魔族の血を引く多くが力を得たのか。それは単に、最初から体内で魔力を生み出すことができ、また溜め込むことができる機能を持つ魔族の方が、魔力に対する適性が高かっただけの話し。それでも、そのあまりにも膨大なエネルギーを受け入れきれず、それを制御することもできず、流星を浴び魔力が暴走してしまう魔族も多かった。特に王都に住む者は純粋な人間か魔族の血が薄い者が多い。つまりただでさえ適性の低い者達が、より多くの純度の高い魔力を手にしてしまった。それは悲惨な結果しか生まなかった。人間が死に、膨大な魔力を手にした魔族が魔力を暴発させ破壊の限りを尽くす。アレが起きたときの王都は正しく地獄絵図だった。そしてその光景が、人々の間にそんな噂を蔓延させ、それが事実のようになってしまった。それを解っているからと言って、アルバートにはどうすることもできなかった。人々の魔族への不信感は日々増幅し、魔族への憎悪は日々膨らみ、混乱の落ち着いた王都では魔族への弾圧が横行し、魔族の血を引く者達は魔族の血を引いているという理由だけで、魔力があろうとなかろうと、年寄りであろうと女子供であろうと関係なく虐遇を受け、まともに生活できなくなってしまった。

 そんな中、エリオットが王命として発令したのが、魔族の奴隷化だった。膨大な魔力をもった魔族に対し、人間はあまりにも無力。魔王の手下となった魔族達に対抗するには、人間の力だけではどうすることもできない。だから、魔族の手も借りるほかしかたがない。しかし、魔族の誰が魔王の手下なのか、そうでないのか、それを知る術を人間は持たない。そのため魔族に枷をつけ管理するというもの。魔族の血を引く全ての者があの流星を浴びて力を得た訳ではなかった。それでも力のあるなしに関わらず、魔族の血を引いているという理由で誰もが虐遇を受けていた。エリオットの発令したそれが、虐遇受ける魔族を護る為のものだったとアルバートには解っていた。でも、人々はそれを、王の名の下、魔族を捕らえ虐げても良いという風に捉えた。そのため、魔族の血を引く者達は恐ろしい二者択一を選ばなくてはいけなくなった。死にたくなければ奴隷になるしかない。しかし、奴隷になれば、死んだ方がマシだと思うような扱いを受けることになる。そうやって魔族の血を引く者達の安寧は失われることとなった。それを見て、エリオットがどんな気持ちでいるのか、それを思うとアルバートは苦しくなった。予言された魔王復活は、こんな風に魔族が虐げられる世界を作り出すためのものではなかったはずなのに。肩を並べて生きてきた。分け隔てなく生きてきた。そんな人間と魔族の間に再び亀裂を走らせることになった今を見て。アルバートはどうしてこんなことになったんだと思わずにはいられなかった。


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