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アルバート・サクリエル編①

 「またこいつはお前のベットで寝てんのか。王のベットで眠りこけるとか、良いご身分だな。」

 エリオットの寝室のベットで布団に包まって寝息を立てているサヤを見て、アルバートが呆れたようにそう言いながら、自分も遠慮なくそこに腰掛けた。

 「ここが一番落ち着くんだよ。ここが一番安全で、ここなら辛いことが起きないって解ってるんだ。そもそも最初にサヤをここに連れてきたのはアルでしょ。それに加えて、何かあれば僕の所へ行け。僕の傍で僕の言うとおりにしてればいいって教えたんだから。そりゃ、そうだよね。ここに逃げ込んで僕の言うとおりにしてるなら、誰もサヤになにもできない。サヤに何かしようにも、僕が許さなければそれが成されることはない。だって、僕は王様だから。無力な王でも、この王城の中だけなら、誰も僕には逆らえない。」

 サヤの隣で布団には入らず座っていたエリオットがそう返して、寝ている彼女に優しげな瞳を向けた。

 「アルがサヤを連れ帰ってきたときは驚いたけれど。でも、サヤがいてくれたおかげで僕達はここまで生き残ってしまった。まるで役目を果たせと言われているみたいにね。ここにこうして僕達が揃ったのも、魔王のお導きだったのかな。勇者の血を引くアルバート。勇者と共に魔王討伐を果たした王の末裔の僕。そして魔族の血をひき、あの黒い流星を浴びてかつての魔王の力の一部を手に入れたサヤ。大昔にあの約束をした三人が現代に勢揃いだ。これはもう、僕達で約束を果たせって事だと思わない?これは運命だったんだ。まぁ、その約束の果たし方は僕達のご先祖がした物とは違うし、サヤにまで魔王役(根絶すべき悪役)をやらせるつもりはないけどね。」

 そう冗談を言うように話すエリオットの言葉を聞いて、アルバートは嫌そうに顔を顰めた。

 「誰もそんなもの望んじゃいない。それに魔王のお導きとか、不穏な響きしかないだろ。そんな運命くそ喰らえだ。」

 そう返されて、エリオットが可笑しそうに笑う。

 「でも、僕達にはピッタリでしょ。逃れようがなかったんだ最初から。この運命に導かれてた。思うんだ。僕は、これは全て魔王が導いた運命なんじゃないかって。僕達に、僕達のご先祖様達が果たさなかった約束を果たさせるために、魔王がこう仕向けたんじゃないのかなってさ。だって、あまりにも色々タイミングが良すぎると思わない?城内で静かに反乱が起きていたあの頃。僕の母親を利用して、僕を傀儡の王として祭り上げようとしていた奴等の計画は、僕が彼らを告発するより先に、僕の母親が完全に狂って計画外に当時の王を殺してしまったことで破綻した。本当だったらそれで、僕は母親と一緒に処分されてたはずなのに。あの日、魔王を封印した黒水晶が砕け散り、黒い流星を受けた王位継承権を持った人達が死んで。僕は、混乱を極めたこの国の王にならざるを得なくなった。僕の母親を唆し反乱を企てた者達は、自分達が犯した罪の全てを魔王のせいにして、その責任を君の父親にとらせて。その上、安定が崩れた国の舵を手にするのを拒み、国の全てを僕に背負わせてそれ以降の責任を放棄した。しかも、かつて約束が果たされたとき民衆を纏めるために創られた魔道具、人心を掌握し平静な世の中の訪れを誰もに信じさせる力を持つ秘宝、王の証は、王となった僕の元ではなく、子供の頃に出奔し、王位継承権を剥奪された、ハンス兄さんの元に黒い流星(反乱を起こすための力)と共に届けられた。そしてハンス兄さんは、混沌を極めた今の世の中を正すため、人間も、魔族も、魔力を持った者も持たない者も関係なく、同じ志を持った仲間を集め、反乱軍を立ち上げて。強きを砕き、弱きを助けながら、僕を王座から引きずり下ろし、自分が新たな王となり人々を導くためにここに向かってきてるんだ。どうすることもできなかった。自分達の置かれた状況を僕達がちゃんと把握できるようになった頃にはもう、僕達が進める道なんて破滅への道一つしかなかった。なら、これは全部決められてたことだったんだって。僕達がこうなってるのは全て、僕達にあの約束を果たさせるために仕組まれていたことで、それが僕達がここにいる意味だって。そうとでも思っていなきゃ、あまりにも、あまりにも僕達は・・・。」

 そう言葉を詰まらせて、エリオットは優しく奴隷印の浮かぶサヤの頬を撫でた。

 「サヤが泣くんだ。死なないでって。バカだよね。僕達がサヤの幼馴染み、反乱軍の主力の一人、殲滅のニト・ラルムに殺される未来を視て、彼に会いに行って。僕達を殺さないでって泣きついてきたらしいよ。でも、ニト・ラルムを怒らせるだけで終わって。そりゃ、あっちからすれば当たり前だよね。噂に聞く彼の功績を鑑みても、彼は思い込みの激しい直情型だ。こんな姿のサヤを見たら、激昂するのは当たり前だろうに。そういうこと、解ってないわけじゃないと思うんだけどな。でも、サヤは、彼が自分の話しを聞いてくれることに賭けて、ダメ元でも会いに行って・・・。本当、バカ。わざわざ自分を傷つけにいかなくてもいいのに。帰ってきて大泣きしてさ。ずっと泣いてたんだよ。泣き疲れて眠るまで、ずっと。死なないでって。ずっと僕は泣き付かれてた。」

 そう言って、エリオットはサヤの頭を優しく撫でた。

 「幼馴染みの彼とはとんだ再会になっちゃったね。彼の手配書が出回ったとき、彼の無事を知ってあんなに喜んでたのに。手配書の写真見て、ちゃんと生きてたんだって、泣いて喜んでたのにさ。僕達もいなくなる。幼馴染みの彼にも拒絶される。全てが終わった先に、サヤが拠り所にできるものは何もない。同族殺しのサヤ・バルド。そんな異名をつけられてしまっている今、僕らがいくらどんな言い訳を用意してお膳立てして逝こうとも、その名前がいつまでも何処までもサヤに付きまとい、サヤのこれからを縛ることになる。今までは、少しでもサヤが悪夢を見ないで済むように、ここだけ、この部屋だけは安寧の場所であるように努めてきたけれど。でも、それももうお終い。サヤはちゃんと生きていけるのかな。こんな人生に未練なんて何もないけれど、残していくサヤのことだけが心配だよ。」

 そう言ってエリオットが困ったように笑って、アルバートは二人から視線を逸らした。

 「お前は、今更死ぬのが怖くなったのか?」

 「そう思う?」

 「俺もお前もとっくに後戻りできないとこまで来てる。今更ひよるなよ。」

 「解ってる。でもさ。僕達のお姫様にこうも泣いて縋られると、僕もちょっとぐらっときちゃうよね。あまりにもサヤが泣くから。ついさ。どうしたらサヤのお願いをきいてあげられるのか考えてた。僕達が生き残る選択肢は本当にないのかなって。僕達は、今まであまりにも人生にうんざりし過ぎて、人生を終わらせることしか考えてこなかったけど。逆に人生はじめる努力をしてもいいんじゃないかってさ。」

 そう言うエリオットの脳天気で明るい声に、全く悲観染みたところも皮肉めいた響きも何もなくて。彼が本気でそんなことを言っているように聞こえて。アルバートは思わず怒りがこみ上げて、勢いよく立ち上がり振り向いて彼を睨み付けた。

 「そんなに怖い顔しないでよ。」

 そう言ってエリオットは笑うと、すっとその目を真剣なものに変えてアルバートを真っ直ぐ見据えた。

 「今まで僕達がやってきたことをパーにさせる気はない。計画はそのまま実行する。魔族狩りの聖騎士、アルバート・サクリエルは戦場で死に。冷酷非道の残虐王、エリオット・シャルマーニはここ王城で反乱軍に捕らえられ、処刑される。それでこの国の悪夢はお終い。悪が倒され、正義が立つ。解りやすい懲悪物のストーリーの完成だ。仕上げに、王の証を手にしたハンス兄さんの力で、この国に真の平和が訪れる。それが僕達が望んできた結末で、それを変えるつもりはない。かつて勇者とこの国の王が魔王と交わした約束。種族の垣根を越えて皆が平等に、そして手を取り合って生きていける平和な世の中を創り上げる為、魔王と呼ばれたその人を絶対的な悪として我々の手で消滅させる。ご先祖様達が交わした約束とはちょっと違っちゃうけど、その絶対的な悪役を僕達がして、本来僕達が立つはずだった勇者と王の役割を、ハンス兄さんとその仲間達にしてもらう。そうやって僕達は、かつて僕達のご先祖様が魔王と交わした約束を果たす。それがこの国の未来にとって一番良い方法で、僕が唯一できる、皆が幸せになれる政策だ。僕はこの国の王として、この国の未来のために死ななくてはいけない。それが僕に唯一できる王としての責任で、僕が生きてきた全ての意味だ。それを僕が反故にするわけがないだろ?」

 そう言って、エリオットは一つ息を吐いてからまた口を開く。

 「だから僕は考えたんだ。王としての僕、聖騎士としての君。そんな僕達はこの戦争でちゃんと殺してしまって。それで僕達は、自分の生まれも名前も全部捨てて、全くの別人として新しい人生をやり直したらどうかって。それができるって言ったら、アルは僕の計画に乗ってくれる?」

 自分達が死んだことにして、今ある全てを捨てて人生をやり直す。そんな夢のような話しを語るエリオットが、本気でそれを成そうとしているのを感じて、アルバートは爆発しそうになった苛立ちを抑え、ドカッとまたベットに腰を下ろすと、大きな息を吐き出した。

 「で?どうやってそれをするんだ?」

 不機嫌そうに深く眉間に皺を寄せて、苛立ちを含んだ低い声でアルバートがそういうのを聞いて、エリオットが、アルなら乗ってくれると思ったと言って嬉しそうに笑う。

 「簡単だよ。とりあえず君は死んだふりをして戦線離脱して、僕は僕の代役を立てる。」

 そう何でもないことのようにエリオットが言って、まるで悪戯を企てる子供の様な顔をする。

 「アルが死んだふりして戦線離脱するのだって、上手く相手を騙せるかどうか賭けみたいなものだし。それ以上に僕が偽物と入れ替わってここを抜け出すのは至難の業だと思うけど。ダメだったらどうせ死ぬだけだ。失敗したら、最後の最後で怖じけ付いて逃げ出そうとしたって、僕達の最後に不名誉な話しが足されるだけで、僕達が欲しい結果は変わらない。なら、ね。僕達のかわいいお姫様のためにも、人生に翻弄された可哀相な僕達のためにも、最後くらい悪あがきしてもいいじゃない。アルは覚えてる?子供の頃僕が企てていた、魔王を普通の女の子にしちゃおう計画。それを少し中身変えて、王様を一般人にしちゃおう計画に変更して実行しようかと思うんだ。まぁ、かなり賭けみたいなものだけど。実際あれがちゃんと起動してくれるのか解らないし。起動したとして、それがどう動くのかも不明だからね。もしかしたらとんでもないことになっちゃうかも。でも、今まで散々悪名を広げてきたんだ。最後に少しくらい、本当に自分のために非情で理不尽な暴力を振るってみるのもいい。僕の怒りの鉄槌、なんちゃってね。」

 そう自分がしようとしていることを茶化して言ってみせるエリオットを見て、アルバートは呆れたように溜め息を吐いた。

 「アレを使うのか。本当に、下手したらしゃれにならないことになるぞ。」

 「どうせ動力源を失ってるアレは、起動できたとしてもそう長いこと動いていられない。ハンス兄さん達がアレを壊すのが先か、燃料切れでアレが動かなくのが先か。被害の大小は、ハンス兄さん次第ってとこかな。こちらが把握してるハンス兄さんのやり方や反乱軍の実力を考えれば、そうそう民衆に大きな被害は出さないでしょ。反乱軍の人達にはそれなりに被害は出るだろうけどね。でも、彼らは敵だ。彼らを守るのも、戦いに投じるのも、全てハンス兄さんの采配。僕が気にすることじゃない。」

 そう言って、エリオットはまだ眠っているサヤに視線を向けて微笑んだ。

 「なんにしても、僕達が生き延びる為の作戦を成功させるには、サヤに協力してもらわないと難しいと思う。最後まで付き合わせるつもりはなかったけれど、しかたがないよね。これがサヤの願いだし。サヤならこの話を聞けば喜んで僕達に協力する。僕とアルとサヤ。三人揃えば、賭けのようなこんな作戦でも、結構な確率で上手くいく。でも失敗したら、今度こそサヤは僕達が用意した言い訳も通用しない、完全な僕達の共犯者になってしまう。アルはそれを受け入れられる?」

 そう言うエリオットに覚悟を問うような瞳で見つめられ、アルバートはぐっと両手の拳を握った。

 「それはサヤが決めることで、俺がどうこう言うことじゃない。」

 それを聞いてエリオットが目を細める。

 「じゃあ。サヤが起きたら三人で、僕達が生き残るための。僕達が人生をやり直すための作戦会議をはじめようか。」

 清々しくそう言うエリオットからアルバートは視線を逸らした。全てを捨てて、新しく人生をやり直す。それは夢のような話しで、本当にそんなことができるのなら心からそうしたいと思う。でも、自分はあまりにも多くの罪を重ねてきた。本当はしたくなかったなんて、そんなことを言ったところでどうにもならない罪を、何度も、何度も、いくつも、いくつも積み重ねて。全ての罪を背負って、断罪されて死ぬのが運命だと思ってきた。それが逃れられない宿命で、そこで終えることに魂の安らぎを求めていた。死んでしまえば、もう自分の罪に苦しまなくて良い。でも、生きていくのなら、自分はまだ苦しみ続けなくてはいけない。そもそも、自分の今までを捨て去ることを、忘れることを、自分は自分に許すことができるのだろうか。全てをなかったことにして、新しい人生を歩むことなど赦されるのだろうか。ここで予定通り人生を終えてしまう方が良いのではないか。そう思うが、アルバートは、それを口にすることはできなかった。きっと口に出せば、エルは俺を笑い飛ばす。そしてまたこいつに背負わせてしまう。俺の弱さを。解ってる。本当は、エルが死ぬのか怖くなったとか、嫌になって、計画変更を言い出したのではないと。だから、俺は・・・。そう考えて、アルバートは顔を上げ何処か遠くを見た。思い出す。自分達の今までを。例え世界の全てが自分達を赦してくれなかったとしても、それでもここを生き延びれたら、生きていこうと思う。そして今度こそ、俺達のちゃんとした人生をやり直そう。だから、俺達だけ逃がして自分はそのままいなくなるとか、そんなこと考えるんじゃねーぞ。ちゃんとお前も生きて、生き延びて、全部やり直すんだ。そんな意思を乗せて、アルバートはエリオットに視線を戻し、その碧く澄んだ瞳を真っ直ぐ見つめた。


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