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ニト・ラルム編⑤

 アルバート・サクリエルを倒し、一時逆転された形勢を立て直した反乱軍は、なんとか王国軍を打ち倒し王都への進軍を果たした。荒野での戦いで予測以上の被害を出した反乱軍の消耗は激しく、その状態で王都制圧を果たすことができるのか多少の疑念もあったものの、現状、このままの勢いで攻め入り城を落とす事が妥当だろうというハンスの判断の下、反乱軍は王都へ攻め込んだのだった。

 最大の敵、アルバート・サクリエルを倒した今、誰もが革命の成功を確信していた。城にはまだ王国軍の残党がいるだろうが、自分達の敵ではない。誰もがそういう認識を持っており、ここまで来ればさほどの抵抗もなく王城は明け渡され革命は終わるだろうと思っていた。だからこそ消耗を抱えたままの進軍。そしてその想定は大きく外れることもなく、反乱軍は王城を制圧し、残るは現王、エリオット・シャルマーニの身柄を拘束するのみとなったのだった。

 無抵抗となった城に現王を捕縛するためだけに大勢の兵を動員する必要もないだろうと、消耗した兵を休ませる意図も含め、ハンスは多くの兵を、城外へと逃げる者がいないかの見張りや、制圧した敵兵の監視に残し、まだ余力ある主戦力の数名を指名し、現王確保のため城内に侵入した。

 「アレを打ち込んだ割に元気だなお前。魔力も回復してるみたいだし、どっかでドーピングしてきたか?だいたい皆ボロボロだっていうのにさ。」

 そう茶化すように話しかけてくるハンスが何処か緊張しているようで、ニトは不思議な気分になった。

 「復讐果たして清々したか?決戦前よりずっとマシな顔してる。」

 そう続けられ、ニトは少し顔を曇らせて、別に清々なんかしてないと答えた。本当に、清々なんかしていない。それどころか気分は最悪だと思う。思うけど、ハンスがマシな顔をしてるというのなら、きっとそれなりにまともな顔にはなってるんだろうなと思う。実際、ドロドロした感情に支配され復讐に取り憑かれていたときよりは、今は楽だ。自分の中ではもう、全部終わってしまっている気がする。でも、隣を歩くハンスの思い詰まったような顔を見て、彼はこれからなんだろうなとニトは思った。

 「ハンスは、エリオット・シャルマーニを見たことあるのか?捕まえるにも誰も顔が解んないんじゃ、偽物掴まされて逃げられる可能性もあるぞ。」

 そう言うとハンスが沈んだ声で解るさと返してきて、ニトは眉根を寄せた。

 「実の弟だ。腹違いのだけどな。あいつの母親は、ただ美人なだけの、貴族でもなんでもない下働きの女中だった。俺達の親父に見初められて手出されて、子供ができて。それで、城に幽閉されることになった哀れな女だ。だから後ろ盾もなにもない。あいつはそんな、本来なら王に祭り上げられるわけがない弟だった。俺は、元はこの王国の正妃が産んだ第三王子だ。第三王子なんて立場は窮屈で退屈で、逃げ出したんだ、俺は。上には俺同様、正妃が産んだ兄王子が二人もいるし、俺一人どっか消えても問題ないと思った。それで城を抜け出して、王家のしがらみから逃げて、気楽に冒険者やってた。本当だったら、こうやって攻め入られて捉えられ、責任とらされ処刑されるのは俺だったのかもしれない。」

 そう語って、ハンスは王家の紋章をかたどったペンダントを出して見せた。

 「何の因果なのか。黒い流星群が流れたあの日、俺の元には流星と共にこれが落ちてきた。黒い流星を浴びて、俺は魔力を得て。そしてこれのせいで、捨てたはずの、逃げ出したはずの王族としての責任を果たさなきゃならなくなった。これはな。王家に伝わる秘法だ。王の証。これを持った者が王となり、国を治める責任を負う。これに選ばれた者が王となる。そんなの御伽噺だと思ってたんだけどな。あの日、俺の元にこれが来て。そしてこの国は荒廃した。だから俺は、俺がこいつに選ばれたんだって。俺がこの国を立て直さなきゃならねーんだって思った。今度は逃げるわけにはいかないって。解ってる。エルを捕らえて処刑しなきゃなんねーって。それは絶対にやらなくちゃならないことだって。でもな、偽物掴まされて逃げてくれるならそれで良いんじゃないかって思っちまうんだ。殺さないですむなら、殺したくない。あいつは可哀相な奴なんだ。あの当時、エルはまだ十二のガキだった。しかも自分が王位を継ぐかもなんて一欠片も考えた事なかったはずなんだ。なのに。それが・・・。」

 そう言葉を詰まらすハンスに、ニトは掛けるべき言葉が思いつかなかった。そしてサヤが言っていた言葉を思い出す。アルバート・サクリエルも、エリオット・シャルマーニも大人の都合に振り回されて、なりたくないものにさせられた。それでもこれからの世界の平和のために、自らを絶対の悪として終わらせる覚悟を持っているのだと。今までは舞台が整うのを待っていたが、機が熟した今、二人とも目的のために命を捧げるつもりなのだと。そして思う、あの荒野での戦い。あの時、アルバートはわざと自分に負けたのではないのかと。魔力を持った精鋭が数人がかりで相手してどうにもならなかった相手。自分の全力の一撃を、周囲に大した被害を出すことなくいなしてしまった相手。本当だったら、アルバートはアレを正面からくらうことなく、反撃できたのかもしれない、それをわざわざ受け止めて・・・。そう思うとニトはどうしようもない気持ちになった。

 「でも王となった以上、どんな事情があろうと王としての責任はとらなければならないだろ。」

 そう他の同行者が口にする。それを聞いてハンスが、だなっ、といつものように笑う。そして一瞬目を伏せて、決意を固めた様に強い視線を前に向けた。

 「悪いな。仕上げの前にこんな話しして。」

 「いや、知っておいて良かった。全部終わってから知ったんじゃ、どうしようもない。」

 「だな。王様捕まえる前にお前の話し聞けて良かったよ。」

 「でも、こんな話し、外の連中には聞かせらんねーな。」

 「そりゃな。この面子だから俺だって話したんだ。ほら、行くぞ。」

 そんなやりとりをして、また前に進み出す。

 そして城の奥。王に謁見するための広間に辿り着き、一行は閑散としたその場所で、玉座に座るエリオット王の姿を目にした。さらさらとした黄金の髪、澄んだ碧い瞳。肌は白く、その整った顔立ちは中性的で、そこに鎮座するその姿は神秘的に見えた。

 「久しぶりだね。ハンス兄さん。」

 エリオット王がそう口にする。その声は静かで、そこには追い詰められ捕らえられる事に対しての恐怖も悲観もなく、むしろ威厳さえ感じさせるものだった。

 「ハンス兄さんは知っていたかな。子供の頃、僕は魔王に執心してたんだ。ハンス兄さんは、サクリエル家が管理していた魔王を封じた黒水晶を見たことがある?その中にいる魔王の姿をさ。僕には魔王がただの女の子に見えた。眠っている、髪の長い女の子。初めて彼女を見た日から、僕は彼女に夢中だった。しょっちゅう見に行って、アルに呆れられるくらい。だから僕は研究者になりたかった。魔王の魔力の解析及び、黒水晶の封印の強化。それを任されているサクリエル家お抱えの研究員の一人になって。そしていつか、彼女の魔力を解明し、無効化し、ただの一人の女の子にして封印から解放して一緒に過ごす。それが僕の夢だった。そんな話をしては、いつもアルにバカにされてた。」

 そう語るエリオット王が一体何を考えているのか、どうして今そんな話をしているのか誰にも解らなかった。ただ、その雰囲気に吞まれ、誰も口を挟むことなくエリオット王が語り続けるのをただただ聞いていた。

 「ねぇ、ハンス兄さん。優しいハンス兄さんは、僕がただの可哀相な子供だと思ってたんじゃない?王とは名ばかりの、なにも力も持たないただの傀儡だって。僕が本当に今の世の中の元凶だなんて、一欠片も考えた事なかったんじゃないかな。」

 そう言うエリオット王の冷たい視線を受けて、その場にいた全員の背中に冷たいものが走った。

 「残念だけど。この現状は本当に僕が元凶だよ。あの日、僕が魔王を解放したんだ。彼女の元に通い詰めて、しだいに彼女と心を通じ合えるようになって。そして僕達は、この世界に復讐をすることにした。彼女を裏切った魔族を、僕を虐げた人間を。この世界に生きる全ての者達を僕達の手で破滅させる。それが僕達の目的で、これは僕達の復讐劇。今の僕は、彼女の全てを受け入れて、彼女の魔力を手に入れた。僕が現在の魔王だ。」

 そう言って、エリオット王は立ち上がり不気味な笑みを浮かべた。その異常な威圧感に、その場にいた全員が臨戦態勢をとり身構える。瞬間、玉座にいたエリオット王の姿が霞み、そこに一体の巨大な漆黒のドラゴンが現れた。

 崩れ落ちる天井。ドラゴンの羽ばたき一つで、そこにあった全てのモノが吹き飛び、柱は折れ、壁が崩れる。咄嗟にそれを魔力で防御し凌いだ一行は、天井の穴を抜け空に舞い上がるドラゴンの姿を見た。

 ドラゴンの咆哮一つで城が燃える。城外にいた兵達がその姿を見て驚き、恐怖し、逃げ惑うのが、聞こえてくる悲鳴や物音で解る。

 「これはまさしく魔王の襲来。伝説の中身まんまじゃねーか。」

 そう誰かが呟く。

 「アレに街で暴れられたらたまったもんじゃない。モタモタすんな、ここであいつを食い止めるぞ。」

 そうハンスが叫んで、結界を張れる魔道士に、ドラゴンが城壁の外へ飛んでいかないように自分達ごとこの城を封じることを命令する。

 「くっそ。この消耗した中で、こんな戦闘させられることになるとは・・・。皆、いけるか?」

 「いけるかって、いくしかないっしょ。」

 「だな。じゃあ、行くぞ。なりふり構ってる余裕はない。全員、全力であの黒いデカブツを撃ち落とせ。」

 そんなハンスの号令を受け、動こうとする皆を、ニトが、待て、と止めた。

 「なんだ、ニト。今は悠長な事してる場合じゃねー。話しがあんなら後にしろ。」

 苛ついた様にハンスがそう口にする。

 「今の状態で全員が全力で撃ったって、あんな上空にいる化け物相手にどれだけのダメージがくらわせられるんだ。やるだけ無駄だ。」

 「じゃあ、どうしろって言うんだ。今は、ダメ元でもそれくらいしかできねーだろ。」

 「俺をあいつの近くに飛ばせ。近距離で、俺の最大級の一撃食らわせればここに叩き落とすことくらいできるだろ。それで落ちてきたとこを袋だたきにしろ。」

 そんなニトの言葉を聞いて、ハンスがハッとした顔をする。

 「でも、お前。もう一発ぶちかまして・・・。」

 「ほぼほぼ満タン回復してる。俺ならいける。」

 ハンスの言葉を途中遮るように口にしたニトの言葉を聞いて、ハンスが一瞬だけ考えるような素振りを見せて、すぐ真っ直ぐニトを見つめた。

 「頼んだ。」

 そう言って、ハンスが魔力を乗せた力業でニトをドラゴンの元にぶん投げる。予想以上に高く、ドラゴンを飛び越えて更に上空に舞い上がったニトは、ギリギリまで力を溜めて、ギリギリまで範囲を絞り込み出力を上げて、そして、密度の高い一撃をドラゴンの背中に撃ち込んだ。それはドラゴンの胴体を穿ち、二次爆発の衝撃で翼が折れる。それでもまだ息のあるドラゴンが落ちながらも首をもたげ、ニトに向かって咆哮する。咆哮と共に吐かれるはずの炎は攻撃のダメージによるためかその口から放たれる事はなかったが、それでもその衝撃を受け吹き飛ばされたニトは、仲間が待ち構えている広間へと落ちていくドラゴンを眺めながら、自分はここまでだなと思った。全力を撃ち切った自分にはもう魔力は残されていない。それに、受けた衝撃波でかなりのダメージを負った。どう足掻いたって、自分に着地の術はない。このまま地面に叩き付けられて、それで・・・。何故か妙に冷静にそんなことを考えている自分がいて、ニトはなんだか可笑しくなった。ごめんな、サヤ。お前の最後の願いは叶えてやれない。俺は、お前を忘れるなんてできないし、それにここまでみたいだ。そう思って、ニトは自分の胸のペンダントを握りしめた。そしてハッとする。そうだ、これを使えば・・・。ニトのペンダント。子供の頃サヤが使っていた魔力の制御の練習のための石。そして自分も練習にずっと使ってきた石。そこには微力ながら、今まで自分達がそれに込めた魔力が溜まっていた。これを使えば一回くらいささやかな奇跡を起こすことができる。タイミングは難しいが、一回だけ。地面に叩き付けられる直前、一瞬だけでもここに溜まった魔力を使ってその衝撃を和らげることができたら、そうしたら生き延びれるかもしれない。それは賭けのようなことだった。上手くいくかも解らない。でも、賭けてみる価値はある。でもそれは、ニトから思い出の品を、掛け替えのない品を奪う行為だった。だから一瞬ためらって、でも、サヤの言葉を思い出し、ニトは自分が生き残るための行動をすることにした。地面に叩き付けられる直前、その瞬間、ペンダントを使って魔力を行使する。それで地面に叩き付けられることは免れたものの弾かれて、でも運良くその先は飼い葉置き場で、その中に埋まるように突っ込んで、ニトは一命を取り留めた。生きている。そう実感し、ニトは、苦しそうに目を瞑ると静かに涙を流した。

 さよなら、サヤ。生き延びたから。ちゃんと、生きているから。これからは、もう二度と俺達のような思いをする子供達が生まれないように、俺は、ちゃんと頑張るよ。頑張るから。だから君も、何処か遠くで生きていて。

 あのエリオット王の姿を見て、ニトにはサヤが言うことが正しかったのか、やはりサヤは騙されていただけなのか解らなくなった。もしかすると、サヤだけでなくアルバートもあの王に騙されて使われてきただけだったのかもしれない。でも、そんなことはもうどうでもいい。全部終わった。魔族狩りの聖騎士、アルバート・サクリエルも、冷酷非道の残虐王、エリオット・シャルマーニももうこの世にはいない。いないから。サヤを縛る者はもうどこにもいない。だから、これからは自由に。誰もサヤのことを知らない何処か遠い土地へ行って、普通に幸せになってくれたら良いと思う。全部忘れられなくても。忘れないまま、過去に縛られない新しい人生を歩んでくれたらと思う。


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