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ニト・ラルム編①

 その日、ニトは青空を駆ける黒い流星群を見た。

 「黒いお星様が沢山。キラキラとても綺麗だね。」

 そんな呑気なサヤの言葉を受けて空を見て、流れるそれのいくつかが自分達に降り注ぐのを、ニトは目を見開いて受け止めるしかなかった。


 ハッとして目が覚める。何度見ただろう、あの日の夢を。子供の頃の夢。自分達の平和で穏やかな日々が終わりを告げたその日の夢を。それでもこの夢はまだマシな方だと思う。よく見るいくつかの夢の中でも、まだ平和で、和やかな夢だ。夢から覚めて苦しくなっても、夢を見て叫びながら飛び起きるほどのものじゃない。だから、自分が見る悪夢の中でも、今日の夢はマシな方だとニトは思った。

 「サヤ。もうすぐ終わる。もうすぐ終わるから。」

 そう呻いて、ニトは自分の胸のペンダントをギュッと握った。

 あの日。魔王の封印が解けたその日。降り注ぐ黒い流星を浴びて倒れたニトとサヤは、目が覚めると強大な魔力を手に入れていた。自分達が魔族の血を引いていることは知っていた。でも、自分が魔力を使えるようになるなんてニトは思っていなかった。魔族と人間が共存をはじめて久しく、純粋な魔族も、純粋な人間もいないのではないかと思われるほど、魔族と人間の間に隔たりはなくなっていた。強いて言うならば、王都に近ければ近いほど人間の血が濃い者が多く、田舎の方に行けば行くほど魔族の血が濃いものが多いという程度の差。魔族の血が濃いと身体が丈夫だったり、身体能力が高かったり、多少不思議な力を使えたり。その程度の差で、それは大した差ではなかった。ちょっと人より身体能力に秀でていたり、異能が使えると、あの人は魔族の血が濃いんだねと称されるだけ。別にそこに蔑むような響きも、羨むような響きもなく、ただ当たり前にそれがあっただけだった。誰もが皆、純粋な魔族も純粋な人間も存在することは知っていたが、それがどのように自分達と違うのか良く解らなかった。混血かそうでないか、その差が何処にあるのか解らなかった。それがそれまでの当たり前だった。魔族の血を引いていても、魔力を使えない者も多かった。魔族の血の濃い、辺境の村で生まれたニトもまたそうだった。村の中には多少魔力を使いちょっとした奇跡を起こせる者もいたが、自分には関係のないことだった。幼馴染みのサヤには才能があったようで、彼女は小さな奇跡を起こすことができたが、それも本当に小さな事。夜、足下を照らす小さな灯をともしたりできる程度。ちょっとだけ便利、でもだからといってなんてことのない奇跡。起こせるのはそれくらいだった。なのにあの日、あの黒い流星を浴びて、その当たり前が当たり前ではなくなった。ニト達は強大な奇跡を起こせるようになってしまった。ニト達だけではない。あの流星を浴びた多くの魔族の血を引く者達が力に目覚め、そして多くの人間が死んだ。それを知らなかった当時のニトには、自分達に大いなる力を与えたその出来事が後に自分たちの身に起こる悲劇に繋がるなんて、想像すらできなかった。ただ目が覚めて、今まで自分になかった強大な魔力の本流を自分の中に感じ戸惑って、今までできなかった大きな奇跡が体現できることに高揚した。同じように目が覚めて、それまで以上の力を手に入れたサヤが、何かに恐怖し震えているのを見ても、それがどうしてか理解しようともせず、ただ怖い思いをしたからだろうと決めつけて、笑い飛ばして。これで自分も色々できるようになったのだと、何も解っていなかったニトは笑っていた。あの日にはもう、自分達の平穏は終わっていたのに、それに気付かず笑っていた。

 あの時サヤが震えていた意味をニトが知ったのは、村が魔族狩りに遭ったときだった。その前から、魔族狩りの噂は辺境の地に在るニト達の村までも届いていた。魔王復活により、魔族への扱いが急変。魔族の血を引く者は皆魔王の手先、ないしは次代の魔王候補なのだと。魔力に目覚めた魔族は皆、人間を襲い、根絶やしにしようとしている。今魔力に目覚めていない者もいつ目覚めるか解らない。魔族の血を引く者は危険だから、根絶やしにしなくてはいけない。そんな噂がまことしやかに囁かれ、王都では魔族に対する差別が横行し、多くの者が殺され、多くの者が決して逆らうことができないように呪印を刻まれ奴隷にされたという。そして、魔族殲滅のため、王命の下、王国軍の中に魔族殲滅部隊が編成され、多くの村が襲われ、魔族の血を引く者達が狩られているのだと。だからこの村にも王国軍が責めてくるかもしれない。魔族の血が濃い村は特に危険だ。魔族の血を引いていることを隠して逃げたほうがいい。そんな旅人の話しを聞いても、ニトの村の者達はさほど気にもとめなかった。流石にこんな辺境の地までわざわざ国を挙げて魔族を狩りになんてこないだろう。そんな噂は尾ひれがついたもので、実際はそこまでじゃないだろう。王都からあまりにも遠く離れ、黒い流星群が流れた後もそれまで通り穏やかに過ごしてしまってきた彼らは、あの時王都で何が起きたのか、今王都で何が起きているのか実感をもって知ることができなかった。今まで長期にわたって当たり前だった人間と魔族との距離が当たり前でなくなってしまったなど、到底理解することも受け入れることもできなかった。何かの間違い。そんなことがあるはずがない。そう不穏な噂話を笑い飛ばす大人に混じってニトも笑っていた。でも、そんなニトの裾を掴み、サヤはいつも震えていた。

 「ただの噂じゃないよ。本当に、この村も襲われる。皆で何処かに逃げようよ。この場所を捨てて、見つからないように隠れて暮らそう。」

 そう言うサヤをニトは臆病だと笑った。そんなに怖がらなくても、その時は俺が守ってやるよなんて。当時の自分は自分が手に入れた強大な力を過信しすぎていたと思う。自分の手に入れた力の強大さに、今まで村の中でも強力な魔力使いだった者よりずっと自分の方が優れているのだと。使い方をちゃんと学べと言われても、そんなものは自分には必要ないとちゃんと学ぶこともせず、ただ無意味に過信していた。基礎的なことだけ、根気よく自分に伝えてきたサヤに教えられて覚えただけで、魔力のコントロールの仕方など、何一つ覚えようとすらしなかったのに。今になって思うと、それでいったい自分に何ができると思っていたのかと思う。言い訳をすれば子供だった。何も解っていない、なんの力も持たないただの子供だった。どれだけ強大な魔力を手に入れたとしても、そのちゃんとした使い方も、ましてや戦い方も知らなかった自分が、王国軍相手にどうこうできるわけがなかったのに。それを理解していなかった。あいつらは、数多の村を襲い、数多の魔族を屠ってきた。その中には自分と同じようにあの流星を浴びて力を得た者だっていたのだ。でも勝てなかった。かつて魔王を倒した勇者の血を引く、純粋な人間でありながら魔力を行使し、強大な奇跡を起こせる人物。王国の聖騎士、アルバート・サクリエル。そんな人物が率いる軍隊に、ただ強大な力を得ただけの子供が足下にも及ぶはずがなかった。ニトだけじゃない。村の多くの大人達も同じだった。だから、そんなことも解らなかった田舎者達は、ただ蹂躙され、虐殺され、居場所を焼き払われることになった。

 サヤは知っていたのだ。あの日。強大な魔力を手に入れて。サヤは未来を視る力を得ていた。だから怯え震えていたのに。逃げよう、隠れようと言っていたのに。そんなサヤの言葉を本気にせず笑い飛ばしてしまった。そして、本当に村が襲われたあの日。結局、大人達が殺され村が焼かれていく中、自分は何もできなくて、それでもサヤだけでも護りたくて。サヤを草陰に押し込めて、隠れてろと言い聞かせて、自分は囮になって逃げながら、必死に戦って、できるだけ多くの騎士を返り討ちにして。でも、アルバート・サクリエル。あの男にだけは足下にも及ばなかった。そして殺されそうになった時、隠れてろと言ったのに、あんなに怯えて震えていたくせに、サヤが飛び出してきて、自分を庇って・・・。その日のことを思い出して、ニトは頭を抱えた。

 王国軍に自分達が暮らす村が襲われたあの日。魔力を持ってそれに刃向かい、アルバートに殺されそうになったニトをサヤは突き飛ばした。その時目の前で起きたことが、ニトにはスローモーションのようにゆっくりと見えた。さっきまで自分の居た場所に居るサヤの口が何かを言っていた。それが、逃げてなのか、生きてなのか。でも、そのようなことを言っていたことだけは確かだった。そしてそんなサヤにアルバートが振り上げた大剣が振り下ろされるのを見た。瞬間、生暖かい液体が自分の顔に飛び散ったその感触を、ニトは今も鮮明に覚えている。そして・・・。気が付くとニトは知らない場所に横たわっていた。サヤが魔力を使って自分を逃がしたのだと解った。自分の頬を撫で、その手についた赤い血が、サヤが自分を庇って死んだのだと物語っていた。

 赦さない。アルバート・サクリエル。あいつは。あいつだけは・・・。俺から全てを奪った、あの男だけは絶対に赦さない。自分達、魔族の血を引く者が虐げられ殺されるのが当たり前の時代。今をこんな時代にした現王、冷酷非道の残虐王、エリオット・シャルマーニの首は、反乱軍のリーダーであるハンスにくれてやる。でも、現王の右腕、魔族狩りの聖騎士、アルバート・サクリエルの首は俺がもらう。

 「サヤ。もう少しだ。もう少しで全てが終わる。俺達の手でこんな時代は終わりにしてやる。今の王を打ち、ハンスが王におさまれば、平和になるんだ。ようやく。もう苦しまなくて良い。こそこそ逃げ隠れして、息を潜めて生きなくてもいい。ようやく俺達は、俺達の自由を取り戻せる。そうしたら、帰るから。村に帰って、お前の墓をちゃんと建ててやるから。ちゃんと敵はとったぞって報告して、それで・・・。」

 そう自分に言い聞かせるように口にして、ニトはペンダントに泣きそうな顔で笑いかけた。

 「だからサヤ。もうあと少しの間、俺に力を貸してくれ。」

 ニトの手の中にあるペンダント。それはサヤの形見だった。幼い頃、サヤが魔力を使う媒体として使用していた石。ニトが強大な魔力を手にしたときに、サヤがこれに魔力を集めるイメージで使うと良いよと、自分にはもう必要ないからとくれた石。魔力を上手くコントロールできない子供が、その練習用に使う基礎訓練のための石。その石をニトはペンダントにして、片時も離さず身につけていた。それが唯一の自分に残された物だから。全てを失った自分に残されたたった一つの思い出の品。自分を支える唯一の物。それを握りしめニトは、その胸に復讐を誓い、最終決戦へと臨む決意を固めた。


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