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アルバート・サクリエル編④

 「アル。お前も騎士見習いとして、入隊できる年になった。今日からお前も俺と共に来い。疑惑の当人であるお前が率先して魔族を討ち滅ぼし、その疑惑を払拭させるんだ。」

 十五歳になる年を向かえてすぐの事、アルバートは次兄にそう告げられた。兄がサクリエル家再興のため、率先して部隊を率いて魔族狩りを行っていることは知っていた。汚名を返上し、王の信頼を取り戻すため。そう信じて、それに心血を注ぐ兄を、アルバートは受け入れることができなかった。そんなことエルは望んじゃいない。そうは思うが、それを口に出すこともできなかった。それに目が眩んでいる兄も、兄だけでなく悪い妄想に取り憑かれている民衆や城内の者達も、誰もが噂を信じ、そして王が魔族の弾圧を望んでいると思い込んでいた。そんな中、それに反するようなことを口に出せば、反逆者として捕まってしまうことは明白で。それは自分が処刑されるだけではすまず、家の復興のため心血を注ぐ兄の努力をふいにし、今度こそ家は断絶。それどころかこの兄までも糾弾され、責任をとらされ、自分と一緒に処刑させられてしまう危険をはらんでいた。だから、アルバートは何も言うことができなかった。それでも心の中ではずっと、エルはそんなこと望んではいないと叫び続けていた。そして、苦しくて、苦しくて仕方がなかった。

 そんなアルバートの様子をどう受け取ったのか、兄はアルバートを臆病者と叱責し、サクリエル家の男として責務を果たせと捲し立てた。それを受けて、アルバートはいくしかないのかと辛くなった。こんなことは間違いだと解っている。なのに、俺は、罪もないと解っている魔族の血を引く者達をこの手にかけなくてはいけないのか?それが俺の責任なのか?俺がしなくてはいけないことなのか?そのようにあれと言われたらそのようにあるべきだ。そう教えられ、今までずっとそのようにしてきた。でも今は、それを受け入れることがどうしてもできなかった。いきたくない。そう思ってアルバートは、逃げ出せるなら今すぐ逃げ出してしまいたいと言っていたエリオットの姿を思い出した。そして、今俺はまさしくそんな気分だよ、と思った。でも、自分が逃げてしまったら。ここからいなくなってしまったら。その責任をとらされるのは兄だから。兄の命を引き替えにしてまで逃げ出したいとは思わない。それに、自分がここからいなくなってしまったら、エルの理解者は誰一人ここにはいなくなってしまう。本当はエルがこんなことを望んでいないと解っているのは俺だけだ。本当のエルの心を理解できるのは俺だけだ。王となってしまった今、どんなに辛くてもエルはもう逃げ出すことはできない。誰にも理解されず、こんな場所にただ独り在り続けなきゃいけない。もう以前のように一緒にはいられないけど、それでも、あいつを独りにはさせられない。そう思って、アルバートは決めきれない覚悟のまま、兄に連れられて、兄の率いる部隊と共に魔族討伐のため、王国の端、まだ多くの魔族の血を引く者達の村が残る一帯へ撃ち出る事となった。

 そしてその遠征で、アルバートは才能を開花させることとなる。

 最初の集落襲撃で、アルバートが見たのはとても受け入れがたい現実だった。平穏な村に突如として武装した王国軍の兵士達がなだれ込む、そして逃げ惑う人々を襲い虐殺の限りを尽くし、家は壊され燃やされて。それを自分の兄が率先して行っていた。容赦なく、命乞いの言葉に耳をかすこともなく。それをアルバートはただ呆然と見ていることしかできなかった。そして、人々の目に宿るものが恐怖から怒りと憎しみに変化して、その途方もない憎悪の炎が自分に襲いかかってくるのを目の当たりにして、アルバートは咄嗟に自分の命を守るための行動をとっていた。そこから先はただただ生きるのに必死だった。ただ必死に襲い来る人々をなぎ倒し、殺して、殺して。ひたすらに殺し続け。気が付けばそこは人々が暮らす家も、生きる者もいない、以前集落があったというだけの跡地となっていた。

 「初陣にしては上出来だ。」

 そんな兄の言葉にどう応えるのが正解なのかアルバートには解らなかった。目の前に広がる惨状。これに自分も関わった。それを受け入れることができなくて、そして、どうして?と叫んでいた。

 「エリオット国王陛下は、虐殺なんて指示していない。魔王配下ではない無害な魔族は、奴隷とし保護し、共存していくことを明言しているはずだ。なのに、どうして。なんの布告もなく集落を襲って、皆殺しになんて・・・。」

 そう吐き出すアルバートを兄は甘いと叱責した。魔力を持たない自分達が魔族に打ち勝つには奇襲をかけるしかない。無害かどうかなど選別している余裕なんてない。実際、奇襲を仕掛けても魔力を扱える者がいれば一気に形勢逆転されることもある。降伏すると見せかけて襲いかかってくる者もいる。だからこうするしかない。そんなことを言われてもアルバートにはそれを受け入れることができなかった。こちらが奇襲などかけなければ。虐殺などしなければ。あからさまに戦うことができない年寄りや女子供まで、容赦なく殺す必要なんて何処にあるんだ。そんな憤りが全身を駆け巡ったが、とりつく島もない兄の様子に何を言っても無駄だと言うことが痛感できて、アルバートはキツく拳を握りしめ、言葉を呑み込んだ。そんなアルバートの肩を兄がポンと叩く。

 「じきにお前も慣れる。」

 そう声をかけられて、こんなことに慣れたくなんかないとアルバートは心の中で叫んだ。

 その日の夜、アルバートは眠ることができなかった。こっそりと野営を抜け出して、昼間のことを思い出して、嘔吐する。そして、一人ただ泣いていた。泣いたところでどうにもならない。そんなことはどうしようもないくらい理解しているのに、現実を受け止めることができなくて、ひたすら嘔吐を繰り返しながら、泣き続けていた。

 そんなものに慣れたくはない。どんなにそう思っても、そんなことを繰り返していれば、慣れざるを得なかった。集落を襲う度、戦歴を重ねる度、アルバートの心は冷えていき、夜吐くことも、泣くこともなくなった。そしてある集落で、初めて強大な魔力を持った者と対峙した時、アルバートはその真価を発揮することとなった。

 強大な魔力を持った相手に抵抗され、強大な力を持った敵を前に右往左往する兄達を見て、アルバートは兄が言っていた言葉の意味を理解した。しかし、アルバートには、兄達歴戦の兵士が苦戦する敵が大したものには見えなかった。魔力の使い方が解っていない、ただ強大なエネルギーを放出するしかできないそんな相手。散々エリオットに付き合って魔力研究を行ってきたアルバートには、それはとても稚拙なものにしか見えなかった。そして、相手の魔力に呼応したように、自分の中にも魔力の本流があることを感じ、アルバートはどうしようもないような気持ちになった。あの時、誰よりも近くで誰よりも多くの魔王の魔力を浴びてしまった。もしかするとそれ以前から、あそこに入り浸ることで、漏れ出ていた魔王の魔力の影響を受けていたのかもしれない。だから自分もエルもアレを受けて生き延びることができた。そしてその強大な魔力を受け入れて、自身の体内で魔力を生成し蓄積する能力に目覚めてしまった。自分達はただの人間だった、でも、今は魔族のように魔力が扱える。しかも、現代のほとんど魔力を失っていた魔族の誰よりもきっと、自分達はこれの扱いを熟知している。いったい、これはどういうことなんだろうな。こんな俺達は、虐殺されてきた魔族の誰よりも、魔王に近い存在じゃないのか?そんな思いが頭を過ぎって、アルバートは泣きたいような気持ちになった。そして、自分自身を、兄や仲間達を護る為、自分が手に入れていた力を覚醒させて、アルバートは目の前の敵を殺していた。

 それ以降、魔族狩りにおいてアルバートは主力として戦わざるを得なくなった。部隊の先頭に立ち、率先して人々を殺す。なんで自分はこんなことをしているんだろう。自分達が生きるためしかたがない。こうしなきゃいけないんだ。いつしかアルバートは、拒絶したはずの兄の言葉を頭の中で反芻し、そうするしかないと自分に言い聞かせるようになっていた。悪夢だった。本当にただの夢だったなら。目が覚めて、そこにかつての日常があったなら。そうなら良いのに。そんなことばかりを考えていた。ただただ辛くて苦しくて。でも、そこに兄がいるから、それに自分は帰らないといけないから。生きて、帰らないと。こんな地獄の中に、エルを一人きりにさせてしまう。だから帰らないと。それだけを思って、アルバートはひたすらに戦い続けていた。それでも強大な魔力を得た者に会う度、こいつが自分を殺してはくれないかと思ってしまった。誰か俺を殺して止めてくれ。こんなことしたくない。したくない。だけど、するしかない。するしかないから。誰か俺を殺してくれ。強い敵と戦う度、心の中でいつもそう願っていた。でも、誰も殺してはくれなかった。強大な魔力を持ち、その使い方を熟知したアルバートの敵になる者など、誰一人として現れなかった。そして、その現実に、終わることのない悪夢の連続に、アルバートは絶望し、いつしか殺してくれと願うことをやめた。

 そうやってアルバートがすり切れていく中、度重なる戦闘に、一人、また一人と共に戦ってきた仲間達も死んでいった。少なくなった兵で、それでも僻地の魔族殲滅を果たすまで帰れないと、兄が指し示す指針に従って、アルバートはただ殺戮を繰り返す兵器と化していた。地図上にある最後の村。そこを襲撃する頃には、アルバートはすっかり何も感じなくなっていた。ただ目の前で起きることが、自分がしていることが、現実感もなく通り過ぎていく。もう自分の意思さえ何処にあるのか解らなくなっていた。ただ条件反射のように、兄の号令に従って戦いに身を投じ、そして自分に牙をむく全てを蹂躙していた。もう、仲間が倒れるのを見ても、兄や自分が傷つくのにさえ何も感じなかった。だから最後の村で、たった一人の少年に部隊が壊滅させられても、目の前で兄が殺されても、アルバートは何も感じなかった。ただいつものように、少年が憎悪のままぶつけてくる強大な魔力を自分の魔力をもって相殺し、追い詰めて。そして、ただ目の前にいる敵を殺すため、自分の持つ大剣を振りかざしていた。

 憎悪の表情で自分を睨み付けていた少年の目が、驚いたように大きく見開かれるのを見た。その口が、なんでと言っている様に見えた。そして、

 「ニト。逃げて。」

 そんな女の子と声と同時に、少年がいたはずの場所に少女の背中があった。それを見た瞬間、それまで凍り付いていたアルバートの感情が一気に目を覚まし、苦しくなった。でも、振り下ろした手を、もう止めることができなかった。

 血しぶきが上がる。少女が倒れた向こう側で、少年が絶望に凍り付いていた。そしてその姿が一瞬で消える。それを見て、少女が少年を逃がすために魔力を行使したのを、アルバートは理解した。そして目の前で起きたその出来事に愕然とし、そして叫んでいた。

 違う。この子達は敵じゃなかった。敵なんかじゃない。ただ力を持っていただけの、ただの子供だった。抗うことができない現実に考えることを放棄した。ただ言われるがまま、指示されるがまま虐殺を繰り返し、それを直視することを避けていた。でも、知っていた。解っていた。こんなのは間違ってる。最初から間違っていた。こんな幼い子供でさえ、戦わないと生き残れないと、大切なものを護る為には命がけで抗うしかないと、そう思うのが当たり前になってしまっているなんて。自分達の襲撃を受けて、村が壊滅状態となって、少年が何故、一人目立つように魔力を行使しながら、村を離れるように逃げたのか。それはきっとあの村に、まだこの子が残っていたからだ。この子だけでも護る為、あの少年は自分を囮にしてここまで自分達を誘導して、必至に抵抗して。そしてこの子は、あの少年を護る為、隠れていた場所から飛び出してきて、そして・・・。それはただ互いを護る為。そこに反逆の意思も何もない。純粋にただ大切な者を護る為に行われた行為だった。なのに、俺は、何をした。何をしてきた。こんなこと。こんなことしたくなかったのに。部隊も壊滅して、兄さんも死んで。俺は、俺は・・・。そんな思いに苛まされて咆哮するように泣き叫ぶアルバートの目にふと、横たわる少女の手がかすかに動いた様に写った。

 生きている?まだ息がある?それが、アルバートには希望に見えた。少女を抱き起こし、その息を確認する。まだ息がある。まだ生きている。そう確信した瞬間、アルバートは自身の魔力を行使して、致命傷となるはずだった少女の傷を自分に分けていた。それでだいぶ浅くなった少女の傷を、魔力を行使して必死に塞ぐ。少女の傷を受けとり自分の背中が裂けるのを、そこに焼けるような酷い痛みが走り多量の血があふれ出すのを感じながら、アルバートは、自分はどうでもいいから、この子だけでも助かってくれと願った。傷は塞いでも、出血した血は戻らない。こんなことをして意味があるのか、そんなことはアルバートには解らなかった。それでもただ必死に、必死に、願い続けていた。お願いだ。死ぬな。死なないでくれ。お願いだから。自身が多くの血を失い、朦朧としてくる意識の中、アルバートはずっと少女が助かることを願い続けていた。


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