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94.ランクアップ試験【1】④

 とその時、アッシュの隣にいたアイリが手を挙げる。


「ん? なんだ? ……たしか、アイリっつったか」


「えーと、私今回飛び級でCランクを受験するつもりだったんですけど、やっぱりBランクに変更してもいいですか?」


 その言葉にアッシュは少し驚かされる。少なくともアッシュ自身に勝るとも劣らない実力を持つアイリならば、当然Bランクを受験するだろうと思っていたためである。


「あー……どうなんですかね?」


 ウェルドも判断が出来なかったようで、部屋の扉の近くにいたニーナへと振る。


「システム上の話であれば、受ける前なので問題はありません。ですが飛び級受験が出来るのは最初の1回のみです。今回落ちた場合、次はDランク受験しかできません」


 ランクが上がれば当然合格のハードルは上がる。そして不合格となった場合には、せっかくのチャンスをふいにすることになるのだ。


 そうなるとEランクからCランクへの1段階飛ばしはリスクがあってもやるべきだろうが、Bランクへの2段階飛ばしは考え物ということになる。


「んーランクってイマイチ実感が湧かない基準だし、私は特には気にならないかなー」


 アイリの言いっぷりに、他のレンジャー達が少しざわつく。


 レンジャーのランクはあくまでもギルドでのシステムである。6年もの間ランクとは無縁のレンジャー生活を傭兵団で送ってきたアイリにとっては、たしかに実感も湧かないのだろう。


 もっともそんなアイリの経歴を知らない —— そして養成所の頃から常にランクを意識し続けてきたであろう他のレンジャー達にとっては、到底理解し難い感覚でもあった。


「わかりました。ではアイリさんは今回の最後……ちょうどアッシュさんの後ですね。そこでBランクへの受験をいていただきましょう」


「はーい」


「んじゃ、始めるか。名前を呼んだやつから前に出てこい。まずは……ルカ」


 ウェルドの呼び掛けに、ライフルを抱えたエルフ種の男が出てくる。アッシュはそちらを少し見てから、アイリに訊ねる。


「でもランク気にしないのに、なんでBランクに変えたの?」


「レイが落ちちゃったからね。Bランクが3人いれば、A難易度の依頼を受注出来るでしょ」


「あーなるほど……」


 言われるまですっかり忘れていたが、確かにそんなシステムだったとアッシュは頷く。


 A難易度の受注にはレイがAランクに上がるのが最短ルートと考えていたので頭の片隅にも置いていなかったが、そういう方法もあると最初の時に考えていたことアッシュは思い出した。


「もしかしたらレイにとってはB難易度でも足りてなかったのかもしれないから、もっと難しいのが出来るようになれば”足りないもの”もわかるかもしれないなって思ったんだ」


「そうだね。レイにはもっと上の難易度にチャレンジしてもらったほうがいいよね」


 B難易度でも狩猟であれば良い刺激にはなるが、それも常にあるという訳ではない。


 A難易度であれば、掃討だったり内容によっては調査でもかなり要求が高い依頼もあるため、気付くきっかけになり得るだろう。


「うん。というわけで……私は勿論だけど、アッシュが落ちても条件達成できないから、絶対に合格してね」


「う。た、たしかに……」


 Bランク3名という条件には自分の合格も見越してのことであったことに、今更ながらアッシュは気付く。だがいずれにせよ最初の一歩からコケるようなつもりは、アッシュも毛頭無い。


 合格しなければならないという思いに理由が付いただけと思い直し、アッシュは始まったBランク試験へと目を向けた。


***


「次。アッシュ」


「はい!」


 いよいよアッシュの番が回ってきた。


 どうやら試験は受験回数が多い —— 同じ試験を何度も受けている者ほど先に順番が回ってくるようになっているようだ。都合良くアッシュとアイリが最後に並んだのも、そのためであった。


 現時点での合格率は5分の1程度である。低いと言えば低いのだが、正直な所アッシュから見ても技能が低いように感じた者が多かったのも事実だ。


 逆に合格を貰った者達から判断すると、今の自分なら十分に合格出来る可能性は高いだろうと考えられた。


 だが正直なところアッシュは、未だにこの試験方法自体に困惑を感じていた。


 防具をしっかり付けて刃を落とした武器を用いる模擬戦であれば、養成所の頃から何度もやっている。


 しかしこの試験では防護手段はほぼ身体強化のみ、武器は普段のレンジャー活動で使う本物を用いるのだ。模擬戦とは訳が違う。


 勿論エーテル体という仮の身体を使っているため、万が一にも重傷を負っても死ぬことは無いのだが、それでもやはり同じ言葉を喋る相手に刃を向けるのは少しばかり気が引けるのだ。


 そう考えながら歩み出たところで、見学席にいたダンとキアラが目に入る。そこでアッシュはふと、先日のキアラの言葉を思い出して口に出してみる。


「チャンスをものにするために手段は選ばない……」


「ん?」


「いえ。なんでも無いです」


 アッシュは双剣を強く握り締める。


 ここまで来れているのは、決して自分だけの力では無い。そして今回はチームのためにアイリが危ない橋を渡ろうとしてくれている。自分の気持ちの揺らぎで、それを無下にすることは許されない。


 覚悟を決めて、アッシュはウェルドと対峙する。


 ウェルドは右手に建築作業で使いそうな槌 —— 武器としてはメイスに分類されている —— を、左手にはアッシュから見るとやや大きいように感じる盾を持っている。


 土地開発担当と兼任というのも妙な納得感がある装備である。


「ふぅ……っ!」


 アッシュは短く息を吐いて気を静めてから、一気にウェルドとの距離を詰めて双剣を振るう。ウェルドはそれをメイスと盾で的確に防御していく。


 数十度目かの斬り付けのタイミングで、アッシュはレイから教えて貰った身体強化術を用いて、強烈な一撃をウェルドの盾に叩き付ける。何度も練習を重ねた結果、瞬間的であれば攻撃に用いることが出来る程度までにはなっているのだ。


「ぬぉ!」


 突然の強い剣撃にウェルドの体軸がブレる。


 アッシュはその間に、少し屈むように姿勢を低くしながら身体を回転させ、武器を鉤爪へと切り替えてウェルドへと突き出す。


「っっ!!」


 当然双剣が振られると思っていたウェルドは、双剣とのリーチの差に防御のタイミングを見誤り、後ろに大きく跳躍する。


 だがそれこそがアッシュの真の狙いであった。アッシュは更に武器を鋼線へと切り替えつつ、その刃面をウェルドを包み込むように伸ばした後、その包囲を一気に収縮させる。


「やっべ……」


 ウェルドが思わず声を漏らす。そして何を思ったのか、突然身体を丸める。


「!!?」


 アッシュの困惑を余所に、ウェルドは突然身体を高速で回転させると、迫ってきていた鋼線をその長い尻尾で巻き取ってしまった。


 まさか身体の一部で受けてくるとは思わなかったアッシュは、鋼線の刃面をなんとか別方向に向けようと操作する。


 しかし一部は既にウェルドの尻尾にしっかりと巻き付いており制御が効かず、鋼線はそのまま刃面を向けたまま締め上げる。


 そしてブチッという嫌な音と共に、ウェルドの尻尾が切断された。


「ってぇ!」


「っ……ウェ、ウェルドさん!」


 転倒しつつ苦悶の表情を見せたウェルドに、アッシュは思わず攻撃の手を止めて駆け寄ろうとする。だが、


「アッシュ! 今の俺はまだ敵だぞ!」


「!!」


 ウェルドに大声で怒鳴りつけられてアッシュは脚を止める。


「いてぇ。……だが、その程度だ。とりあえず試験はこれで終わりだ。規定上だとそうなりますよね」


 ウェルドが立ち上がりながらニーナに問い掛ける。


「ええ。試験官に明確なダメージを与えられた場合は、方法を問わず合格となりますね」


 随分と乱暴な規定ではあるが、魔王軍というギルドらしいと言われればそうとも言える。


「アッシュ。まず言っておくと悪いとは思うな。俺らの尻尾はこういう時のために簡単に切れるし、すぐ生えてくるようになってんだ。……そもそもエーテル体だから無かったことになるしな」


 そう言われて見ると、たしかにウェルドの尻尾から血は一切出ていない。


 ウェルドはアッシュに近付きつつ、更に小声で続ける。


「それともう1つ。あまり大きな声では言えんし、Bランクはまだその手の話が来ることはねえがな。Aランクに上がると依頼として俺らのような魔族……だけじゃねえが、こういう武器を持つ者同士の戦闘が起こり得る所に送り込まれることもある」


「!?」


 その言葉にアッシュは驚いてウェルドを見る。


「レンジャーの活動目的は”次元の開発と維持”だ。草を取ったり野生動物を狩ったりするのは、手段ではあるが目的じゃあねえ」


「……」


「少なくともAランクに上がる時には、その甘さは確実に枷になる。さっきのレイってやつは、その点は問題無かったようだがな。慣れろってのも変な話だが、必要な時に非情に徹することが出来ない奴は本来ならBランクにも上げられねえ。覚えておけよ」


 そう言ってウェルドはアッシュの肩を叩くと、再度エーテル体を作り直すために部屋へと戻って行った。


「……」


 合格を貰えて、本来なら飛び上がって喜ぶべきところであることは理解している。だがそれでもアッシュは、どうにも煮え切らない思いを腹に流し込まれてしまったような感覚に陥る。


 非情に徹する覚悟。上位のレンジャーになるには絶対に必要とまで言われてしまった。果たして自分がそのようなものを持てるのか、アッシュは戸惑いながら元いた場所まで戻って行った。

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