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92.ランクアップ試験【1】②

「さて……まずSランク試験からですね。担当は私です。今回の受験者は……ベレさんのみですね。ゼノさんはお休みですか?」


「はい」


 初めて聞くベレの声は思っていたよりも高いものだった。ベレは緊張した面持ちで歩み出る。


「では皆さんは、そちらの土の箇所までお下がりください」


 そうニーナが言うと、芝生にいたベレ以外のレンジャー達が部屋の前の土が広がっている箇所へと集まって来る。そしてニーナはベレの前へと進み出ながら、その両手に鉤爪を装着する。


「AランクからSランクへと上げるためにギルドが求めるものは、ただ1つ。実力のみです。ということでベレさん。内容はいつも通り、私に武器での防御をさせることが出来たら合格です。ただし途中で数回私から仕掛けますので、それはしっかり防御なり回避なりをしてくださいね」


「!」


「……はい」


 そのあまりにもシンプルな条件、そしてそれをSランク一歩手前であるベレが何度もクリア出来ずに終わっているという事実に、アッシュは驚くことすら出来なかった。


「ベレさんのお好きなタイミングで始めてください」


「……」


 笑い掛けるニーナに対して、ベレは硬い表情でハルバードを構える。


 ベレから殺気が溢れ出る。本気で殺しに行きそうなベレの気迫に、誰もが沈黙して両者を見つめる。


「……はぁっ!!」


 掛け声と共にベレのハルバードが突き出される。


 武器自体の重量など関係ないかのような疾い刺突。アッシュであれば、攻撃が来たことに思考が追いつく前に貫かれているであろう速度の一撃。


 だがそれは最早”回避をした”という認識すらさせない程のニーナの流れるような体捌きによって、真横を掠めるだけに留まる。


 ベレはすかさず右斜め上方向へと斧部の刃を振り上げるが、ニーナは身体を少し傾けるだけで避ける。


 空を切ったハルバードは、その速度を一切落とないままベレの首筋を軸にしながら回って右手から左手へと渡り、左上からニーナに向かって振り下ろされる。


 しかしそれも軽い横方向へのステップによって躱される。


 僅か数秒の間に3度の攻撃。養成所の上位者でも、短剣でどうにか出せる速度だ。それを本来は機体に乗りながら扱うために造られているハルバードでやってのけているのである。


 馬の下半身によってブレない体軸、片腕でも振り回したハルバードを制御出来る筋力、そして何よりこれだけの大振りにも関わらず精確に狙いに刃を向ける手先。


 全てが合わさったことで実現している武器捌きであって、決してベレの実力が低いということは無い。


 それにも関わらず左右への最小限の移動だけで回避されているのは、単純にニーナがベレを遥かに上回っているというだけの話なのである。


 ベレは更に柄を右腕に当ててハルバードを急回転させ、ニーナの腹部を狙う。一瞬ではあるがハルバードを掴んでいた手を離して回転している辺りは、ほとんど曲芸の域である。


「!」


 これにはニーナも一瞬驚いたような表情を見せ、後ろに1歩下がって避ける。


 だがベレはそれを狙っていたとでも言うかのように、前に踏み出しながらの刺突を繰り出す。


 武器による防御をさせるという点では、完璧とも言える程の一撃。しかしニーナはそれを、消えてしまったのかと思う程の速度で屈んで回避してしまった。


 そして姿勢を低くしたニーナから凄まじい殺気が放たれる。


「っ!!」


 最高のタイミングでの刺突の勢いで若干前屈みになっていたベレにとって、回避された今は逆に最悪とも言える状況である。それでも左前脚を蹴り出して、攻撃を遮ろうと努める。


 —— おそらく大半の相手は、それで阻止出来たであろう。


 だが今の相手はニーナである。その姿が消えたかと思うと、次の瞬間にはニーナはベレ馬部分の背に立って首筋へと鉤爪を振り下ろしていた。


「……」


 後数ミリの所で鉤爪が止まる。ベレは項垂れながら、突き出していたハルバードの先を地面に落とした。それを見てニーナはベレの馬部分から素早く降りて、その前へと歩み出る。


「残念ですが、今回も合格とはいきませんね」


「……はい」


 戦闘自体は僅か数秒であったが、それでも合否を判定するには十分であったようだ。


「基本技能、ブラフの掛け方、誘導、多くの点で向上が見られます。今回の指摘は”考えが足りない”でしょうか」


「……」


 ベレはニーナに頭を下げると、アッシュ達のいる方へと戻ってくる。そしてそのままベースの部屋へと入っていった。どうやら試験が終わった者は、勝手に帰ってもいいようである。


「やっぱな。ベレは上手く自分の”流れ”が作れると、ついその”流れ”に乗り過ぎる癖があんだ」


「うわっ! ビックリした!」


 突然聞こえてきたバッカスの声に、アイリとアッシュが振り向く。だがその姿はどこにも見当たらない。


「ここだここ。おめえの肩だ」


 その言葉にアッシュが自分の肩を見ると、手乗りサイズ程のバッカスがそこに立っていた。


「ちっちゃい……」


「分体だ。スライム種なら、少し鍛えりゃ誰でも出来る。しかしまあ、俺の予想通りか。その辺りはベレ自身が気付かにゃならねえけど、俺からも少しヒントを出してやるかね」


 そこでアッシュは先程の”指摘の意味”という言葉を理解する。つまり試験では、改善点のヒントは与えられても、具体的には教えてもらえないということなのだ。


「指摘ってああいう感じなんですね」


「低ランクで何度も落ちてる連中は、別で指導受けたりするけどな。ランクが上がる程に、ヒントはくれてやるが意味は自分で考えろってスタンスになっていく」


「ランクが上がる程、ですか……」


 アッシュはベレとニーナの模擬戦を頭の中で反芻しながら、自分だったらどうするかを考えてみる。


 ニーナはヒト族と比べると肉体的な衰えが皆無と言える魔族であるため、自分もいずれこの壁を乗り越えることを求められる。


 果たして今目の前で行われてきたレベルの戦闘を行い、落ちた時に自分で答えを見い出せるのか、アッシュは言い様の無い不安に駆られた。


「さてと。今回はSランク試験はベレだけだったな。てーことは、次はAランク試験だぜ」


「あっそうか。じゃあレイの番だね」


「……ん」


 レイが少し間を置いて返事をする。表情は変わらなくても、緊張はしているようであった。


 と、そこでアッシュ達の右方から誰かが前に進み出る。


「ではAランクの昇格試験を始める。担当は私だ。試験の合否は、私が相応だと認めるかどうかで決まる。私の独断であり、異論は認めない」


 凛とした声に目を向けると、収穫祭で共に行動していたワーキャット種の女性、シャリィの姿がそこにあった。


 幼い頃にニーナに引き取られて戦闘訓練を受けたことはその時に聞いていたが、やはりそれ相応の実力者であったようだ。


「今回は……アーロンのチームからアーロンとジェラルド。アッシュのチームからレイ。この3名だな。前に出ろ」


 シャリィの言葉にレイが前に歩み出る。他の2名はどちらも男で、片方は大剣を背負ったウェアウルフ種、もう片方は鎖の付いた鉄球 —— フレイルを引き摺っている筋骨隆々のヒト族である。


「貴様ら程度、まとめて相手にしても構わないが……試験である以上は公平性は必要だ。名前を呼んだ者から1名ずつ相手をしてやる。エーテル体も毎回作り直すから、疲労も期待はするなよ」


 収穫祭の時にも端々には見えてはいたが、仕事モードのシャリィは軍の教官という役職が様になっていた。


 もっともアッシュとしては、そうでない時の —— 軽率な発言でアイリにツッコまれている時の —— 姿がチラついてしまうために、逆に可笑しさに近い違和感が込み上げてくるのだが。


「お前らもだ。この中のどれだけが私の元まで辿り着けるかは知らんが、上位の壁は今のうちに目に焼き付けておけ!」


「は、はい!」


 収穫祭の時のシャリィを思い出していたアッシュは、唐突な自分を含めた中位以下のレンジャー達への呼び掛けに、思わず上擦った大きな声で返事をしてしまう。


「返事だけは大きいな。だが、嫌いでは無いぞ」


「……」


 シャリィはチラリとアッシュの方へと見ながら言う。アッシュは赤面しつつ目線を天井へと向ける。


「ではまずは、アーロン! こちらに来い!」


「はっ!」


 威勢のいい声と共にウェアウルフの男が更に1歩前に進んで、シャリィと共に芝生の方へと歩いていく。


 今回で受かればアッシュが次に相手にするのはシャリィということになる。見れるものは見ておこうと考え、アッシュは真剣な眼差しをシャリィへと向けた。

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