91.ランクアップ試験【1】①
ガラルドの狩猟から帰ってきた2日後 —— ランクアップ試験当日の朝。
「すぐに身体を動かすことになるし、こういうのがいいわよね」
昨日届いたガラルドの肉はキアラによってシチューへと姿を変えていた。
素材の特徴を活かしつつ朝に食べるにも重すぎない。アッシュ自身が考えられる限り、最良と言える選択である。
しっかりと煮込まれた肉に全員で舌鼓を打ち、その後少し休憩を挟んで出発となった。エントランスから外へと出たところでアッシュはキアラとダンに訊ねる。
「僕達はクラスアップ試験だけど、キアラとダンはどうするの?」
「昨日ギルドから、同じチームのメンバーが受ける場合は見学が出来るって連絡があったの。だからせっかくだし見に行かせてもらうわ」
「僕も!」
本部にはAランクレンジャーが在籍するチームも数多くあるため、昇格試験となればSランクへの昇格試験も行われることも他より多い。
制限を付けなければ見学者の数が膨大になってしまうことは予想出来るため、その対策としてチームメンバーが受ける場合に限定しているのだろうとアッシュは推測する。
「次回辺りは受けることになりそうだし、どんな試験の様子を見ておけるのはいいかもね」
そう言ってからアッシュは、自分が試験の内容を全く知らないことに気付く。
なんとなく養成所の試験でシミュレーターを利用したタイムトライアルをイメージしてはいたが、試験を受けることにばかり意識が向いて肝心の中身を調べてみることを忘れていたのである。
とは言え調べて出てくるのかと問われると、際どいところであるとも感じる。
或いはそういう時こそ本部の建物3階のラウンジを活用して、他のレンジャーに聞いてみればよかったのかもしれない。
そんなことを考えているうちに拠点のポータルの前に着く。
「……よし、行こう」
アッシュは腹をくくってポータルへと入った。
エレベーターに乗ったところで、アイリがアッシュに訊ねてくる。
「そういえばアッシュはクラスは何にするの?」
「スレイヤーでいこうと思う。ガラルドの時も含めてここ数回で色々試した感じだと、なんとなくスレイヤーの武器……というか双剣が他のよりも馴染む気がするんだ」
スレイヤーの武器は双剣、鉤爪、鋼線の3種類である。そのうち双剣は手数の多さと癖の少なさ故に、スレイヤーというクラス自体の選択率の高さを1種類で支える程に人気が高い武器である。
アッシュとしても、武器自体の癖の少なさがメイン武器としてちょうどよく感じられたという点は大いにあった。
一方の鉤爪は双剣よりもリーチが若干長いものの、跳躍することが多かったり回避主体だったりと動作にかなり癖がある。
鋼線に至ってはそもそも安易に使用出来る武器では無いため、どちらもメイン武器にはしづらい点が目立つのである。
「お! ついに得意武器が決まりそうなの?」
「そうだね。もうしばらくは色々と試してみるけど、いずれはスレイヤーに絞ってみてもいいかなくらいには思ってる」
「ん。いいことだと思う」
レイもそう言いながら頷く。相変わらず表情は変わらないが、その言葉の端には少しだけ期待がこもっているようにアッシュは感じた。
エレベーターで上りきり、アッシュは窓口の前で立ち止まる。
体調は万全。昨日ダンと軽く運動しておいたのと朝のシチューのおかげか、心なしか身体も軽いように感じる。
最後の確認をし終えて、アッシュは中へと入り受付へと向かう。
「お待ちしておりました。ランク昇格試験ですね」
ニーナはアッシュ達の姿を見つけて準備を始めていた。
「会場は練習場となりますので、アッシュさんとアイリさんとレイさんは、こちらでクラス選択後に変換機へと向かってください。ダンさんとキアラさんは別途職員がポータルへと案内しますので、これをお持ちの上で少々お待ち下さい」
そう言ってニーナはダンとキアラに札を渡す。見学者にはその札が配られるという仕組みのようである。
そしてアッシュ達受験者はエーテル体になるということから、試験が怪我を負う危険が少なからずはある内容なのだと考えた。
「アイリはグラディエーターでいいんだよね」
「うん。入力任せたよ」
アッシュはアイリとレイの分も合わせてクラスを入力した。
「では変換機へお願いします」
「ダンとキアラもまた後でね」
「おう」
いよいよ試験会場入りだ。期待と緊張が入り混じった気持ちを抱え、アッシュはカウンターの奥へと向かった。
***
以前来た時と同じ窓付きの狭い部屋に着く。外には試験を受けるのであろうレンジャー達の姿も見える。
もし模擬戦のような形式だった場合、そこにいる者達と戦うことになるのだろうかと考えながらベースの部屋から出たところで、アッシュ達は声を掛けられる。
「お! アッシュじゃねーか! てことは……アイリとレイもいるな!」
驚いて3人が振り向くと、そこにいたのはリレイク救援作戦で指揮を取っていたスライム種のバッカスの姿があった。
「あ、お久しぶりです」
「バッカスー! ってあれ? バッカスってSランクじゃなかったっけ? なんでここいるの?」
アイリの言葉にアッシュもそのことを思い出す。
「なんでってそりゃあ見学に決まってんだろ。ま、今回試験を受けるベレの応援ってのもあるけどな」
そちらが後付けなのかと思いつつバッカスが指差した方を見ると、救援作戦では陽動班を率いていたケンタウロス種の女性、ベレがいた。
「ベレとゼノはAランクだからな。何回か受けてはいるんだがパス出来てねえ」
「ということはゼノさんも……」
ゼノはバッカスのグループメンバーと紹介されたデュラハン種である。ベレと共に陽動班を率いていたため直接の面識は無いが、アッシュは名前を覚えていた。
「あいつは前回落ちた時の指摘の意味が理解できてねえから、今回は受けねえんだとよ」
「指摘の意味……?」
アッシュはバッカスの言い回しに違和感を覚えて聞き返す。
「そうか。お前らは初めてだったか。まあいずれにせよ、俺が口で言うより実際のを見た方が早えだろうな」
そう言ってバッカスは再びベレの方を見る。それはまるで、ベレが今回も落ちると思っているかのようにアッシュは感じた。
ベレは先端に斧の刃が付いた武器を持ってフォームの確認をしている。
それはガーディアンのクラスが用いるパルチザンのように見えたが、すぐにその先端に細長い刺突部が付いている —— つまりはハルバードである。
「ベレさんはライダークラス……なんですか?」
ライダークラスは専用の乗り物に乗り込んで戦闘を行う、極めて特殊なクラスだ。だがそれ故に馬の半身を持つベレがライダーというのは不思議に感じられたのだ。
「あ? ちげーよ。ガーディアンクラスだ。……あー、ハルバード持ってっからそう思ったのか」
アッシュの推測に納得したというようにバッカスが頷く。
「はい。ガーディアンクラスならパルチザンじゃないかなと思ったので……」
「はは。アッシュはまだ頭が硬えな。あの状況でランチャーを空に向けて撃ったやつは、俺も初めて見たけどな」
アッシュはその時のことを思い出して赤面する。シャドウ相手にクラス選択を誤って役立たずになるところだったが、機転によってランチャーを当てることに成功した時のことだ。
「武器の種類ってのは、ありゃ取引上の話だ。剣つったのに短剣出されても困るから規格も決まってる。だが別に武器が『私は剣です』なんて言うわけでもあるまいし、それを何として扱うかは持ち主の自由だ」
「そう。だから私が太刀を片手で持って、グラディエーターをやることも出来る。……やらないけど」
レイはその辺りを把握していたようで、追加の説明を付け加えてくれる。
太刀を片手にもう片方の手で盾を持つレイというのは、両手で扱う姿を見慣れているアッシュには想像すら出来なかったが、その意味は理解が出来た。
「へーじゃあベレさんはハルバードをパルチザンとして扱ってるってことなんだ」
そしてベレの場合はアイリの言った通りなのだろう。
ハルバードとパルチザンでは刺突部以外にも柄の長さなどに差があり、例えばライダーがパルチザンを用いると車両からは微妙にリーチが足りず、逆にガーディアンがハルバードを使うと振り回すには重すぎたりと、互いに使いづらくなる傾向がある。
だがその点で言えば、単純な筋力がヒト族より遥かに高いケンタウロス種であるベレであれば、使用する上では然程問題とはならないことが推測できる。
更にリーチや刺突部などの特徴を活かす使い方を出来るならば、ガーディアンクラスでハルバードを用いる理由には十分である。
「そういうこった。ベレは身体もでけえし半分馬だから、ハルバードの重量でもパルチザンみてえに扱えるからな。……ってかアイリ、おめえ俺は呼び捨ての癖にベレには”さん”付けかよ」
「えー、じゃあバッカス”さん”」
「……ダメだな。落ち着かねえ。しゃーねえ、許してやる」
バッカスが笑いながらそう言った時だった。ベースの部屋の扉が開いてニーナが出てくる。
ニーナは無骨な鉤爪を片腕に抱えており、服装も先程とは異なり動きやすさを意識したようなものに着替えている。
レンジャー達の視線がニーナに集まり、離れた場所にいた者達が集まってくる。
「っと。ギルド長が来ちまった。俺は見学席に退散するぜ」
その言葉にアッシュが振り向いた時には、既にバッカスの姿は見当たらなかった。
「皆さん、お集まりのようですね。では只今よりランクアップ試験を始めます」
ニーナは全体を見回しつつ試験の開始を告げた後、アッシュ達の方に少しだけ視線を向ける。
「今回は初めての方もいらっしゃいますので試験方法を説明させていただきますが、特に難しいことはありません。魔王軍では担当の試験官と普段使用している武器で1対1の試合を行い、力量を測定するという手法を取っています」
「!?」
アッシュはニーナの説明に絶句する。模擬戦のような斬れない加工がしてある武器では無く、普段から依頼に持っていっている武器を使う —— つまりは試験官に向かって刃を向けるということである。
「なお試験官もエーテル体ですので、万が一があっても心配はいりませんよ。……もっとも、万が一があるような試験官ではありませんが」
そう言いつつニコリと笑うニーナを見てアッシュは思わず身震いをすると同時に、ニーナも魔族であることを改めて思い知らされた気がした。




