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86.【B-狩猟】イースライ雪原⑧

 マップ上でガラルドの動きを見ながら、アッシュ達はゆっくりとその後を追った。


 ガラルドは雪原の中央を通り過ぎて真っ直ぐ移動していた。


 アイリによるとその辺りでは森から出てきたヘリストなどが彷徨いていたとのことだったので、傷を癒やすために再び食事をしようとしていることが伺えた。


「そろそろ見えてくる頃だから注意してね」


「私はもう見えるよ」


 この雪原でのガラルドの白い鱗は保護色となっており見つけづらいはずだが、視力が良いアイリには既に見えているようである。


 今は位置を確認できるので大きな問題にはならないが、アッシュは改めて先程のような形で接敵出来たことをありがたく思った。


 そのまま少し滑っていくと、アッシュにもガラルドの姿が見えてくる。


 ガラルドはその場で何かを探すように辺りを見回していたが、アッシュ達が後ろから近付いて来ることに気付いたようで、振り向いて低い体勢になる。


「みんな止まって。この辺りで板はしまおう」


 アッシュはガラルドの飛び掛かり範囲に入らないであろう位置で4人に声を掛けて、スキー板をしまう。そして端末から鋼線を取り出して、どう動くかを考えていく。


 鋼線はただ刃の面を振り下ろすだけでも、双剣と同程度の斬れ味を出すことが出来る。接近せずに攻撃するという点で言えば、その使い方でも問題は無いだろう。


 だがそれでは”尻尾を切断する”には足りない。或いは時間を掛けて何度も攻撃を加えれば切れるかもしれないが、現実的な話とは言え無かった。


 鋼線の斬れ味を最大限に活かすには、どこかに巻き付けて固定した上で引っ張ることが刃を強く押し当てる必要がある。しかしこの広い雪原では、巻きつける場所など存在しない。


 自然と巻きつけることが出来る場所はガラルド自体ということになる。これもあって成功するかどうかは、良くて五分といったところであった。


「さっきと同じくダンを先頭にして、両サイドはレイとキアラで。アイリと僕は距離を取って、それぞれの役割に集中させてもらうよ」


「わかったぞ」


 ダンはランスとシールドを構えてガラルドに向かっていく。


 その左後ろ —— 先程までアッシュがいた位置 —— にレイ、右後ろは変わらずキアラが付いていく。アイリとアッシュはその更に斜め後ろに付ける。


 ガラルドはアッシュ達の方を睨みつけたまま動かずにいたが、ダンが後5メートル程に近付いたところで、突然その4本の脚で雪を撒き散らしながら凄まじい勢いで突進をかましてくる。


「!!」


 頭から突っ込んできたガラルドのタックルをシールドで防ぎ、ランスで応戦しようとするダン。


 だがそこに即座に噛み付きが入ったかと思うと、更に鋭い爪の生えた前脚の振り下ろしも飛んで来る。攻撃に移る余裕が無い。


「ぐっ! ……この!」


 その左右からレイとキアラも攻撃に移ろうとしているが、暴れ回る前脚より奥に行けずに攻めあぐねている。この状況ではいつ尻尾の振り回しが来るかがわからないため、迂闊に出ることが出来ないのだ。


 アッシュもガラルドから少し離れた真横まで移動したが、そこから攻められないでいた。


 鋼線は相手の身体に弾かれてしまうと制御困難に陥る場合があるため、味方も含めた混戦中には安易に攻撃に移らない方が良いのだ。


 そして今が正にその状況であり、下手に動いてタイミングを逃すことも考えると、もどかしさを覚えつつもジッとしていることしか出来ないのである。


 と考えていたところに、キアラから声が掛かる。


「アッシュ! 準備!」


 ガラルドがレイを狙って前脚を振り上げたところで、ダンを挟んだ反対側にいたキアラが、その顔面に向かって跳躍する。


 ガラルドは噛み付くようにキアラの方を向いて口を開く。アッシュはその隙にガラルドに少し近づいて、鋼線を後脚と尻尾の付け根に飛ばした。


 キアラが作ったほんの僅かな隙。だからこそ失敗しないように、アッシュは素早くも慎重に鋼線を操って固定していく。


 キアラは髪の先端の蛇をガラルドに押し当てて少し浮き上がるように噛み付きを避けると、今度は首に巻き付けて身体を引っ張り、顔側面に両脚で踏み付けるような蹴りを放つ。


「ギュ!」


 ガラルドは奇妙な呻き声を上げながら、バランスを崩すようにアッシュの方へと少し蹌踉ける。だがその弾みで固定していた部分が少し弛んでしまう。


(まずい……!!)


 鋼線の固定は無数の刃の隙間を噛み合わせて行うため、単純に緩んだ分だけ引っ張れば済むものでは無い。


 そして今しっかりと固定出来ている分だけでも尻尾を切れないことは無いが、その場合アッシュの膂力への依存が大きくなってしまうのだ。


 決して力が強いわけでは無いアッシュとしては、そうなるのはできるだけ避けたいところであった。


 その時だった。尻尾の付け根辺りに突如として氷塊が現れる。


 ハッとして見やると、アイリが尻尾にロッドを向けて法術を使っていた。試しに引っ張ってみると、弛む前よりは少し弱いものの固定の強度はかなり増していた。


 アッシュは覚悟を決める。


「今!」


 そこへ更にキアラの声が響く。キアラは蹴りの反動で再び跳び上がり、ガラルドの右脇に着地していた。その場所にいるキアラは、ガラルドから見れば格好の標的であった。ガラルドが身体を反転させようと動く。


「っ! ダン!」


「わかってる!」


 キアラの意図を察しつつ、アッシュはダンに向かって叫ぶ。ダンがキアラの方へと走る。


 アッシュはそれを確認すると、身体の周囲へとエーテルを全力で展開しながら鋼線を強く引っ張る。


 レイから教えてもらったこの身体強化術はまだ練習中ではあるが、徐々に使えつつはあった。そして今こそそれを使うべきタイミングであった。


 追い討ちを掛けるように、レイがガラルドの前脚に峰打ちを加える。ガラルドは回転の軸脚を強打されて、たまらず転倒した。


 その結果、尻尾を振り回すための回転の勢いがアッシュとは反対側に向きつつも制御不能となり、鋼線は尻尾の鱗をあっさりと切断していった。


「ギョアアァァァァァ!!!」


 ガラルドが凄まじい咆哮を上げると同時に、尻尾が切断されて飛んでいく。


 キアラは倒れ込むように後方へと跳躍し、駆け付けたダンのシールドの背面に入る。


「ふんっ!」


 ダンはシールドを斜めに傾けて、飛んできた尻尾を後方に受け流すように弾き飛ばした。


 ガラルドはその勢いのまま、アッシュの左方を転がっていくように駆け抜けていく。


「アッシュ! 逃げてっちゃうよ!」


「待って」


 慌ててその後を追いかけようとしたアイリを、アッシュが止める。


「えーなんでよ」


「この尻尾、置いといたら危ないでしょ。だからまずはこれをギルドに届けないと」


「あ、そっか。ここ私達以外も通るもんね」


 アイリは納得したように頷きながら、尻尾の方へと向かっていく。アッシュは固定のために輪を作った部分が絡まないように慎重に鋼線をしまいながら、その後に付いて行く。


「みんなありがとう。全員の力が合わさったおかげだったね」


 集まった他の4人にアッシュはお礼を言う。数分の中で全員が瞬間でやれることを判断し、行動した結果であった。


 アッシュはきっとこれはガラルド自体を狩れた時以上に嬉しいのでは無いかと考えながら、転がった尻尾を眺める。


「これでガラルドとの戦闘も楽になるな」


「そうだね。飛び掛かりとか噛み付きは危険だけど、その後を気にしなくてもいいから攻撃しやすくなったと思うよ」


 一番の危険部位にして戦いづらい部分を取り除けたので、場合によってはマカクエンより楽な可能性すらある。


「とりあえずこれをギルドで処理してもらって、ガラルドはその後にしようと思うんだけどいいかな?」


「ま、それがいいでしょうね」


「ん」


「……なあ、これ食えないのか?」


 そう話していたところで、ダンが尻尾を指差してアッシュに訊ねる。


「え? うーん、食べられないことも無いと思うけど、それも含めてまずはギルドに預けてからにした方がいいかな」


「わかった。食べられるといいな」


 ダンは目を輝かせながら尻尾の断面を覗き込む。狩猟生活を営むモンク族であるダンからすれば、これを食べる方が当たり前のことなのだろう。


 尻尾は筋肉が多いせいか断面からは血は滲む程度にしか出ておらず、食料として見ると硬そうな印象がある。


 ガラルドは獣竜という区分であることを考えると、鶏の胸肉に近いのだろうかとアッシュは考える。


「……とりあえず! ギルドに連絡してみるから、ちょっと待っててね」


 食べてみたいという気持ちは一旦置いとくことにして、アッシュは武器端末を開いてギルドへと尻尾の回収を依頼する旨のメッセージを送った。


***


 ギルドから西の街の前まで運ぶように指示を受け、アッシュ達は尻尾を持って移動した。


 正確に言えば鋼線を巻き付けて引っ張って行くしか方法が無かったため、運んだのはアッシュ1人だったのだが。


 尻尾だけとは言え重量もかなりあり、途中何度か休憩を挟みながらの運搬となった。


 それもあって想定以上に時間が掛かってしまい、結局ギルドの飛行船に尻尾を積み込んだ時点では既に陽が落ち始める時間になってしまった。


「今から追うのは時間的にも厳しいし、野宿の準備に入ろうか」


「お肉も貰えたしね」


「だな! 食べよう!」


 嬉しそうに言うダンが手に持った袋には、ガラルドの尻尾から切り取った肉が入っていた。やはり鱗や棘がメインの納品物のため、肉は持って行ってもいいと言われて受け取ったのだ。


「木があった方がいいよね」


「だねー。その方が色々とやりやすいし」


「ん。なら森まで行く」


「街……近いのに……」


 キアラはガクリと肩を落として、ブツブツと呟いている。


「今回は体験だから。それにこれもあるから、大丈夫だよ」


 そう言ってアッシュは、立方体の線で構成された機械を取り出す。


 この機械が法術で作り上げるエーテル障壁の中は擬似的なセーフティエリアとなり、雪原であろうと問題なく過ごせるようになるのだ。


 レンジャーとなって数ヶ月。初めての野宿に胸を躍らせながら、アッシュは南に広がる森へと滑り出した。

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