8.依頼の受注
ギルド『魔王軍』。
様々な動植物の特性を身体に持つ『魔族』という種族が暮らす領域『パンデム』を管轄するギルドである。
パンデムは『魔神』と呼ばれる7名の魔族を頂点とする支配構造になっており、領域はそれぞれの魔神が支配する7つの次元によって構成されている。
魔王軍という名は本来、魔神達の代表役である『魔王』をトップとする軍の名称であり、ギルドはあくまでもその中の”レンジャーが所属する一師団”に過ぎない。
とはいえ根本的に戦闘を好む傾向がある魔族達にとって軍に所属しているかどうかは然程大きな意味は無く、元々軍という括り自体が大雑把なものでしかなかったこともあり、対外的には魔王軍と言えばギルドの名前となっている。
魔王軍の本部はD2の『セードル大陸』の北部にある『エレーネク』という都市にある。
エレーネクはD0やパンデムの他の次元への渡航船乗り場を周囲に持つ、パンデム領域の全体におけるハブという役割を任された超巨大都市である。
この点から、領域全体のレンジャーを管理をするという位置づけを持つギルドの本部を置く場所として、うってつけだったのである。
アッシュが魔王軍を選んだ理由は単純だった。
これから更に強さを磨いて次元開発の最前線に立っていきたいと考えた時、それに最も適した環境が得られると考えられたのが魔王軍だったからだ。
周りの動きを見て覚えて自身の技にしていくという性質上、周りに強い者が多い環境ほどアッシュ自身も強くなれる可能性が高くなるため、戦闘能力においては最強と言われる魔王軍を選ぶのは至極当然と言えた。
またパンデムに暮らす魔族は遥か昔から争いと共に文明を構築してきたため、全住民の約1割がレンジャーになれる程度の力を有するという戦闘種族である。
このため簡単なトラブルや依頼であれば、わざわざギルドに依頼せずとも住民で解決できてしまうため、寄せられる依頼の難しさが足切りされているのだ。
もっとも、そんな環境でずっと生き抜いてきたためか、野生動物も他の領域と比べて強力な個体が多くなっているのだが。
ともあれこれらの理由から、パンデムにおけるレンジャーの仕事のレベルは他の領域よりも若干高いというのが、養成所の学生達の間では比較的知られていた話であった。
この点も、更なるステップアップを目指したいと考えているアッシュにとっては魅力的に映ったのである。
***
受付の前にある椅子で待っている間に、アッシュはレイに軽く自己紹介をすることにした。
「えーと……レイ、でいいんだよね?」
「……」
レイはアッシュの方を見つめると頷きで返す。
「僕はアッシュ。これからよろしくね」
「私はアイリ。よろしく」
「……よろしく」
ワンテンポ遅れてレイが口を開き返したところで、加入の手続きを進めていた先程の女性がアッシュ達の前に来る。
「お待たせしました。私は当ギルド『魔王軍』でギルド加入や依頼の案内などを行っておりますニーナと申します」
ニーナと名乗った女性が少し深めにお辞儀をすると、肩の下辺りまで伸ばした髪が滑り落ちて顔が隠れる。ニーナは頭を上げつつ髪を肩に掛けて微笑む。
「よろしくお願いします!」
アッシュは立ち上がって元気良く返事をする。
「……」
立ってみて気付いたが、ニーナはハイヒールであることを除いても、アッシュと同じくらいの身長がある。隣にいるレイも高身長なこともあって、アッシュは一瞬実は自分の背が低かったのでは無いかと感じる。
「どしたの?」
「……いや、なんでもないよ」
だがすぐにアイリに目を向けて、そんなことは無いと思い直しながら安心感を覚える。
「……? まいっか」
アイリを誤魔化したアッシュは、再びニーナに目を向ける。
ニーナは魔王軍のギルド職員であることから魔族の可能性が高いのだが、一見しただけではそれらしい特徴は見当たらない。
白い長袖のブラウスに黒い手袋まで付けているため、何か理由があって隠しているのかもしれないが、少なくとも見える範囲には魔族的な特徴は出ていない。
「ギルドの施設に関しては後日案内致しますので、本日は最も重要な依頼の受注方法についての説明をさせていただきますね」
「はーい」
アイリの元気の良い返事に、ニーナは笑顔で返す。
「ギルドでは領域内で発生した問題や住民からの依頼を仕分けし、レンジャーに発注しております。この依頼にはチームとは別に、3名から5名のグループを作って受注していただくことになります。ただし他のギルドの方とグループを組む場合は、報酬の支払い形体が違うことがあるので、予めお知らせください」
「わかりました」
「続いて発注された依頼ですが、そちらの端末から一覧を見られるようになっております」
ニーナは窓口の右の壁に沿って数台設置されている映像端末 —— 黒い小さな立方体 —— を指して向かう。ニーナが手をかざすと、端末が起動して宙に文字がずらずらと並んだ画面が形成される。
「どうぞ」
ニーナが一歩横にずれ、アッシュは画面の前に出て画面をスワイプしていく。
依頼はパンデムのどこかの森や山であろう場所の名前が大きく表示されており、その左にはCやDといった難易度の表記、そして”採取”や”狩猟”などの区分が書かれている。
難易度はギルドが受領した依頼に対して付与しているもので、最も簡単なEから最も難しいSの6段階で分けられている。
受けられる依頼の難易度には制限があり、基本的にグループ内で最もランクの高いレンジャーと同じ表記までと決まっている。
ただし現在はシャドウ討伐作戦の対応で各領域共上位レンジャーが不足していることから、A難易度以上の依頼は1つ下のランクのレンジャーが3人いれば受注可能になっているというのを養成所の最後の説明会で聞かされた。
つまり今アッシュ達のチームで最もランクが高いのはBランクのレイのため受注出来るのもB難易度までということだが、アッシュとアイリがBランクになればA難易度の受注も可能になるのだ。
そして”採取”や”狩猟”などの区分。こちらは依頼の大凡の内容を表したものである。
区分は『調査』『採取』『掃討』『狩猟』『討伐』の5つが主となっており、稀に内容上これらに区分出来ない『特殊』が出ることがあるが、そういったものはギルドが直々にレンジャーを選んで斡旋することが多いので一覧に出てくることは殆ど無い。
また一般的には『調査』は難易度が低く『討伐』は難易度が高い場合が多い。
教科書で習った知識を思い出しながら一通り眺めたアッシュは、依頼の中にルーズで行われているシャドウ討伐作戦関連のものが無いことに気付く。
ルーズでの討伐作戦自体は全ギルドで管轄している案件であると聞いたことはあるが、シャドウ討伐も依頼リストに掲載されると養成所では習ったので、ルーズ関連の依頼もこの中にあるのではないかとアッシュは考えていたのだ。
「あの、シャドウ討伐作戦に参加するには何か条件が必要になりますか?」
「全員がAランク以上である必要があります。加えて討伐作戦はルーズの手前のD10に出向いて頂くことになる都合、同じチームのメンバーのみでグループを作ることも条件になります」
「つまりは最低でもAランクが3名……」
かなり先の長い話である。条件を満たす頃には、ルーズの探索は終わっている可能性も高い。だがアッシュにとってそれは、諦める理由にはならなかった。
レンジャーとして今ここにいることすら奇跡であり、諦めなかった故に身に付いた力によって紹介状も得てきたアッシュに、諦めるという選択肢は無いのである。
「アッシュさんもルーズ探索にご興味がお有りですか?」
「へ? あ、はい……」
自身の決意を改めていたところに図星を突くように飛んできた質問に、アッシュは思わず間抜けな声を出してしまう。
「目標があるのは良いことです。その目標を忘れないでください」
顔を赤らめて少し恥ずかしげに返答したアッシュに、ニーナはニコリと笑みを浮かべる。
「さて。こちらで受注する依頼を決めて仮受注を選択した後、窓口にいる職員に伝えて手続きを済ませれば受注完了となります。今回はギルドの練習場を仮の依頼として、体験していただきますね」
そう言ってニーナは受付の中に入ると、カウンターに据え付けてある端末に何かを入力し始めた。
「受注が完了しましたら、次はエーテル体使用のためのクラスの選択です」
エーテル体は機械を用いた法術制御の成果の1つである。
行き先にエーテルで構成された仮の身体を作成して意識だけを移す遠隔操作ロボットのようなものであり、どれだけ深い傷を負ってもエーテル体が解除されるだけで本当に死ぬことは無いという代物だ。
これによりレンジャーが依頼中に負った怪我はエーテル体の解除によって消える他、多少の傷ならその場で専用の薬 —— エーテル修復薬や法術で即座に回復することも可能となる。
そして“エーテル体の作成”という大規模な法術の実現には、その制約として”クラス”という概念が導入されている。
エーテル体を作成する前にクラス選択をすることで、レンジャーは決められた3種類の武器しか持って行くことができないのである。
クラスは「グラディエーター」「ファイター」「ナイト」「ウォーリア」「スレイヤー」「ハイランダー」「ガーディアン」「ハンター」「ガンナー」「ソルジャー」「メイジ」「ライダー」の計12種類となっている。
そして各クラスの武器は概ね似たような傾向を持つ種類が当てられている。例えばグラディエーターならば”片手武器・剣”という区分で剣・短剣・細剣の3種類といった感じだ。
ただし全てがそういうわけでも無く、例えばファイターは”片手武器・他”という区分で、手斧・メイス・フレイルと毛色が異なる3種類が当てられている。
この辺りは養成所の基礎科目で習う他、レンジャー資格試験では武器区分の問題が必ず出るため暗記している。
ニーナは画面をクルリと回して3人の方に向ける。
だがそんな2人の横で、アイリが食い入るような表情で画面を見ていることにアッシュは気付いた。
「どうしたの?」
「え? あ、いや別に……とりあえず私はグラディエーターでお願いします」
アイリが慌てたように画面から目を離して、ニーナにクラスを伝える。
「僕もグラディエーターで」
「ナイト」
3人がそれぞれのクラスを告げるのに合わせて、ニーナが端末を操作して入力していく。
「クラスの登録が終わりましたね。そうしましたら、こちらの武器収納端末を腕に取り付けて、奥にお入りください」
ニーナがカウンターに収納端末を3つ並べる。
「え、これ貸して貰えるんですか?」
アッシュはその収納端末を手に取りながらニーナに訊ねる。
「はい。レンジャー活動をする上では必需品とも言えますからね」
「凄い……」
この武器収納端末は仕組み自体は一般に出回っている収納端末と変わらないが、主にレンジャー向けに画面操作のみで手に持った武器を変えることができる仕様に変わっているものだ。
その代わりに収納スペースが3つしか無く、また小物端末以上に手が出しづらい値段ということもあって、養成所時代のアッシュは指を咥えて見ていることしか出来なかったのである。
アッシュ達は武器収納端末を腕に取り付けると、ニーナの案内でカウンターの横を通って奥の部屋へと入る。
部屋の中には、壁から伸びた沢山のコードに繋がれた細長い楕円球のカプセルが幾つも立ち並んでいた。そのうち半分ほどは、扉が閉まった状態で傾いている。
「こちらのカプセルがエーテル体への変換機になります。中に入ると扉が閉まり起動しますので、そのままお待ち下さい。目的地などはレンジャーカードと同期して自動的に設定されます」
アッシュはニーナに促されるまま、それぞれエーテル変換機へと入っていく。すると自動で扉が閉まり、変換機の起動音と共に機械音声が聞こえてくる。
「—— 転送の準備をしています。……目的地設定、レンジャー用練習場……完了。肉体情報をスキャン……完了。エーテル体、作成中……ランク、C1……選択クラス、グラディエーター……武器指定、無し……」
外から別のエーテル変換機の扉が閉まる音がする。アイリとレイも入ったのだろうとアッシュが考えていると、急に身体が浮いたような感覚に襲われる。
「エーテル体、作成完了。意識を遊離、情報変換……完了。これよりエーテル体への転送を開始します」
だがその浮遊感も一瞬のことで、すぐにアッシュの視界は暗転した。




