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83.【B-狩猟】イースライ雪原⑤

 雪原を凄まじい速度で滑るアッシュとダンとキアラ。


 その速度はブーツの踵に付いたエーテルブースターのおかげで、平面でも時速90キロメートルに達する。


 だが衣服も普段と変わらず、ビュンビュンと音を立てて吹き抜ける冷たい風から身を護る物も無いため、装術があってもさすがに寒さを感じざる得なかった。


(後でキアラに怒られるな……)


 そんな考えが頭を過るが、ビーコンの反応元を出来るだけ早く確かめることの方がアッシュとしては重要だった。


 と、その時だった。前方から何者かがアッシュ達の方へと向かって来ることに気付いた。


「ダン! キアラ! 一旦止まるよ!」


 アッシュはそう叫ぶとブースターを止めて速度を落としていく。相手もアッシュ達に気付いたようで、そこから両手を振りながら小走りで近寄ってくる。


 アッシュも滑りながら近付いて行き、目の前で止まる。


「まさかこんなにも早く……て、あれ? 君はヒト族? それに武器を持ってるってことは……レンジャー?」


 肩で息をしながらそう言った男は、青い半透明の身体を持つ魔族であった。イースライ雪原の北部に住む精霊系の一種、氷の身体を持つグラキエス種である。


「ええ、そうですよ。この辺りを縄張りにしたガラルドの狩猟依頼を受けて来ました」


「なんてこった! 私はとても運が良いな。エイワンス様の思し召しかもしれない。実は今ちょうどそのガラルドに襲われてしまって、逃げて来たところなんだ」


「!! ちょうど今ですか!?」


 今最も欲しかった情報に、アッシュは思わず食い気味になって聞いてしまう。


「そ、そうだよ。積荷のアザラシに夢中になっている間に逃げて来たんだ。結構な量があったし、まだいると思うよ」


 そこへダンとキアラが到着する。男はキアラ —— 正確にはその地面に付きそうな程の髪の先端の蛇 —— を見て「ひょえ……メ、メデューサ種……」と呟いた。


「あなたはグラキエスね。何があったのかしら?」


「は、はい! アザラシの運搬中にガラルドに襲われて、命からがら逃げて来たところであります!」


 男は背筋を正して、少し上擦った声で言う。


「そう畏まらないでくださいな。今は私もただのレンジャーですもの」


「はぁ、わかりました」


 これが魔族間の格差というものだ。種族によって持つ能力の差は大きく、メデューサ種はその中でも特に上位の存在であり、戦闘教育を受けていなくても —— 魔族においてはあり得ない話だが —— 並の魔族よりは遥かに強い。


 そのため個の強さを重視する魔族の間では、キアラがこのような扱いを受けるのも至極当然のことであった。


「アッシュ、聞いた? つまりガラルドがすぐ近くにいるってことよね」


「しかも運搬中だったアザラシを食べてるらしいから、まだそこにいるかもしれないって」


「おお! なら逃げる前に早く行くぞ!」


「あ、ちょっと待って」


 そう言って男が来た方へと行こうとしたダンを呼び止め、アッシュは男に向き直る。


「それで……これからどうされるんですか?」


「え、私? そうだなぁ。ソリも壊されちゃったし、村に戻るしか無いけど……」


 男はそこで言葉を止めた。男が来たのは北部の集落からだろう。当然ここから戻ろうとすれば、ガラルドがいる辺りを通ることになる。


「北の方を通るのは危ないので、別の街で2日くらい待ってもらえると安全なんですが」


「それが……私達精霊系は食糧だったりが必要無いので、お金を持つ習慣が無いんです。今回もアザラシを売ったお金で何か適当な物を買って帰るつもりで出てきたので、手持ちが無いんですよね……」


 とんでもなく呑気な話だが、これもパンデムという領域の特徴である。


 アースと繋がって300年という長い年月が経っているが、少し奥の方に行けばこのようにお金を持つ習慣すら無い暮らしを営む者達もいるのだ。


 とは言えアッシュ自身も現金はほとんど持って来ておらず、男に渡せるような状態では無い。


 そもそも会ったばかりの相手にお金を渡して「解決した」というのも、あまりにもレンジャーらしからぬ行為な気がしてならない。


「まあ私達グラキエスは水のエーテルさえあれば生きることは出来るから、そのくらいはどうってことはない。寒さとは無縁だし、夜まで待ってから戻るよ。ああ、でもソリだけはどうにかしなくちゃだな……」


 男が少し肩を落としながら言ったところで、キアラが徐ろに端末から財布を取り出してディル札を突き出した。


「え……いや、それは貰えないです。命があっただけでも幸いだったんですから」


「誰もあげるなんて言ってないわよ。これは取引よ」


 キアラはニヤリと笑いながら告げる。だがそれは偶に見せる相手を弄ろうとしている時の笑みとは違うことにアッシュは気付いた。


「でも私は今、取引出来るようなものなんて……」


「アザラシたくさん積んでたんでしょ。で、ガラルドはアザラシの肉だけを食べる。ならばその場所にはアザラシの革がたくさん残ってるはず。だから私達はそれを買い取るわ」


「!?」


 男は驚いたように目を見開いてキアラを見つめると、手を伸ばしてディルを受け取った。


「アザラシの肉の分までは私達も払う気は無いわよ。でもそれくらいあればソリ1つには十分に足りるわよね」


「ありがてえ……これでソリを買わせていただきます……」


 男は何度も頭を下げてお礼を言う。


「……アッシュもそれでいいでしょ?」


「うん。いいと思う」


 アッシュはキアラの機転に感心しつつ、深く頷いた。


 これならばアッシュ達もただ代金を支払っただけであり、男も無くなったと思っていた物を売ってソリを買えるだけの金を手に入れたことになる。


「さてと、僕達はガラルドがいなくならないうちに向かいますね」


「はい。この恩は忘れません」


「何言ってるの。魔族同士、正当な取引よ。恩なんて言ったらエイワンス様に叱られるわよ」


 再び耳にした”エイワンス”という名前にアッシュは興味を覚える。キアラも口にした辺り、パンデムの諺のようなものなのだろう。


「あはは、それもそうかもしれないですね。でも今だけはお礼を言わせてください」


「……まあ、そこまで言うなら好きにするといいわ」


 男は最後にもう一度だけ頭を下げて、東の方へと歩いて行った。アッシュ達もガラルドを見つけるため、男が走ってきた北の方へと再び滑り始めた。

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