81.【B-狩猟】イースライ雪原③
ガラルドは寒冷地に生息する四足歩行の野生動物である。
白い鱗と毛に覆われた身体に棘の生えた長い尻尾を持つ竜の仲間だが、飛行能力は遥か昔に失っており移動は両手両足で行う。
ディーバには数種類このような特徴を持つ竜が確認されており、一般的に”獣竜”と呼ばれているのだ。
その中でもガラルドは雪や氷に覆われた土地に生息しているために爪が発達しており、また巨体を歩行で移動するための筋力も凄まじい。
飛び掛かられた場合は爪に当たらずとも、腕や身体にまともに当たってしまえば即死するレベルのダメージを負うことになる。
ガラルドの見た目の最大の特徴は、長く鋭い2本の牙である。この牙で主にヘリストやムーンベアの仲間であるホワイトベア、海辺であればアシカなどを襲って食糧にしてしまうのだ。
そして場合によっては魔族もその餌食になることがあり、当然のように危険指定が成されている。
ギルドの基準ではガラルドは最低でもB難易度、つまり討伐にはBランクのレンジャーが必要となる。
平均的な戦闘能力が高い魔族でも、Bランクのレンジャー以上の実力を持つのは1%にも満たない程度である。ほとんどはガラルドと相対しても逃げるので精一杯だ。
そしてイースライ雪原はアッシュが見た通り広いだけの雪原なのだが、南部の森にはギルド支部があるヘルンという街がある他、東西にもそれぞれケラン大陸西部の主力観光業である天然スケートリンクの拠点となっている街があるため、ここに陣取られるのは大きな痛手なのだそうだ。
***
「みんな、ビーコンの用意は出来てるね」
アッシュは4人に声を掛ける。
「大丈夫。この真ん中のボタンを強く押せばいいんだよね」
アイリが手に持ったビーコンをアッシュに見せながら言う。レイ、ダン、キアラもそれぞれ手に持っていることをアッシュは確認する。
狩猟をする上で最初にやらなくてはいけないのが、当然ではあるが"対象と遭遇すること"である。実は狩猟や討伐の依頼において最も苦労することになるのが、この"遭遇"なのだ。
一度遭遇すれば発信機を付けることで追跡することが可能だが、最初はそうもいかない。地道に対象の残した跡を探して、場合によっては遭遇する前から追い詰めるように動かなければならない。
今までアッシュ達が受けてきた狩猟の依頼は対象が現れやすい場所がわかっていたこともあって早いうちに遭遇することが出来たが、今回はそうも行かないだろうとアッシュは考えていた。
なにせこの雪原全体がガラルドの縄張りだ。そして何も無いということは、特に現れやすいポイントも無いということでもある。
このためアッシュは二手に分かれて捜索しようと提案したのだ。
相談の結果、直近で数回の目撃情報がある東側にはアッシュとダンとキアラ、西側にはアイリとレイが向かうこととなった。
そして武器端末のマップでは離れすぎると互いの位置を捉えきれなくなってしまうため、より強力な発信ができるビーコンをギルドから借りてきたのである。
「後これね。もう森を抜けたから使っていいと思うよ」
アッシュは更に小物端末からブーツを取り出すと、その爪先と踵の下の金具を引っ張り出す。
それはブーツ付きの折り畳み式のスキー板であった。踵にはエーテル駆動式のブースターも付いている。これもギルドからの借り物である。
イースライ雪原の周辺は東西南の大きな街に加えて、北部に精霊系という区分がされている魔族の小さな集落が点在している。
大きな街はポータルでの移動が可能だが、北部の集落は —— 他種族との交流を好まない者が多いという理由もあって —— ポータルは設置されていない。
とは言え全く関わらずに暮らすことも時代の流れ的に難しいということもあって、ギルドなどでは主に北部との行き来のために、このようなスキー板を常備しているのだ。
これがあれば約数十キロメートル四方はあるらしいイースライ雪原でも、最高速度で飛ばせば端から端まで20分で辿り着くことができる。
砂漠などでも用いることからスキーは養成所の必須科目であり、アッシュとレイは問題無くできる。
アイリも戦闘時に跳んだり回ったりしてるだけあって、予想通り装着してすぐに辺りをスイスイと滑り出した。
問題はダンとキアラだった。
ダンは装着したはいいものの、慣れないスキー板になんとかバランスを取ろうとしているようで、生まれたばかりの子鹿のように震えている。
キアラに至ってはブーツの装着の時点で悪戦苦闘している有様だ。
「えーと……キアラ? スキーの経験は無い?」
「あるわよ! バカにしないでよ!」
同情するように言ってしまったのが悪かったようで、キアラはアッシュを睨みつけてくる。
「ごめんごめん。でもブーツは……」
「……だってブーツの固定なんて、召使いの仕事だったし……」
キアラは目を逸らしながら、ぶつぶつと呟く。予想の斜め上のことに、アッシュは思わず苦笑が漏れる。
「ん。じゃあ私がやって見せる。次は自分で」
レイがキアラに近づき、その足元の金具を弄る。
「ここをこうして、次はここを留める。最後にここ。わかった?」
「……わかった」
レイの有無を言わせないかのような指導に、キアラは少したじろぎつつもおとなしく従う。キアラの指導係にはレイが付いた方が良さそうだ。少なくともアッシュが教えるよりは、話を聞いてくれそうである。
ブーツの固定が終わると、キアラは数歩前進しながら感触を確かめた後、ブースターにエーテルを注いで滑り始める。スキーの経験があるというのは間違いないようだ。
(とすると、後はダンか……)
だがアッシュの心配は既に必要無くなっていた。ダンの横にアイリが付いて、姿勢の取り方を教えていた。
「脚にグッと力を入れて! そこでガッと雪を押して!」
「グッとしてガッ……出来たぞ!」
「やるじゃん。次はエーテルブースターを使ってみなよ」
「わかった。……と、うわああ!!」
ブースターが勢いよく噴射され、ダンは前に脚を持っていかれて背中から落ちる。雪なので大怪我にはならないだろうが、危ないところではあった。
「もう……ダン、いつもエーテルを0か100かでしか使ってないでしょ。もっとこう……ふわぁっとした感じで出すんだよ。後動くときは少し腰を落とした方がいいよ」
「ふわぁー」
立ち上がったダンが腰を落としながら口に出すと、踵のブースターが弱く噴いて身体が少し前方に進む。
「いいよ、出来てるじゃん。今のが一番弱い出力だから、後は出したい速度に合わせてちょっとずつ増やしていけばいいよ」
所々で擬音が入り、一般的に言えば良いとは言えないアイリの教え方だが、ダンもアイリと同じく”感覚で掴むタイプ”のようで、教えたことが次々とものになっていく。
「2人共ありがとう。……準備は万端だね」
「ん。問題ない」
「うん。見つけたらビーコンで連絡して、発信機を付けるんだよね」
アイリは端末を開いてビーコンをしまうと、ガムボールを取り出して手に持った。
「そうだね。発信機は2人じゃ厳しかったら、無理しなくてもいいからね。位置が大きく変わりそうなら、またビーコンを頼むよ」
「りょーかい。じゃ、東側の探索は頼んだよ」
「また後で」
そう言ってアイリとレイは雪原の西側へと滑って行った。
「さて……ダンとキアラも準備はいい?」
「おう! もう大丈夫だぞ」
「いつでもどうぞ」
アッシュの掛け声にダンとキアラが応える。
「僕たちはこれから東端の街の方に向かうけど、途中で北に進路を変えて雪原の東半分の中央を渡っていくよ。何か気になるものを見つけたら伝えてね。じゃあ、出発しよう」
アッシュは先頭を切って東端方向へと滑り出す。その後をキアラ、更に少し遅れてダンと続く。
初めての別行動という判断に対する不安を感じつつ、またレンジャーとなって以来常に一緒だったアイリとレイがいないということへの新鮮さも感じながら、アッシュは雪原を進んでいった。