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80.【B-狩猟】イースライ雪原②

「そういえば……キアラのお姉さん達って、どういう感じなの?」


 アッシュはふとキアラの姉について聞いてみる。フォルネウスとの会話の中で妙に引っ掛かっていたところがあったのを思い出したのだ。


「何? 今度はお姉様達に興味が湧いたの?」


「言い方!? まあ間違ってはいないんだけどさ。なんとなくだけど、フォルネウス様はキアラに凄く期待してるような印象があったから、なんでかなと思って」


「……アッシュ、ほんと勘が良いのね」


 キアラが少し驚いたように言う。そして少し間を置いてから、徐ろに口を開く。


「……長くなるけどいいかしら?」


「話しづらいことなら、無理はしなくていいよ」


「別に話しづらいことではないわよ」


 アッシュはキアラの口調の雰囲気が変わったのを察したが、懸念していたようなことでは無いらしい。


「まず上姉様……サーシャ姉様はね、変異体なの。しかも変異体の中でも更に稀な、アルビノ型ってやつ」


 変異体は魔族の中で稀に生まれる、先天的に特異的な体質を持った者達の総称である。


 変異体は種としての性質に依存した能力に加えて特異的な体質に依存した能力を持ち合わせており、種の平均的な戦闘能力を大幅に上回ることが知られている。


 現に変異体である魔族は数万名 —— 割合で言えば魔族全体の0.01%にも満たないとされているが、7名の魔神のうち3名が変異体である他、魔将を含めた軍の上層部における変異体の割合は3割に上るとされている。


 変異体のほとんどは能力が上乗せされるだけであり、摂取しなければいけないエネルギー量が膨大に増えるなどを除けば、基本的に種の他の者と比べて何かしらで劣ることは無い。


 だが稀に、日常生活にすら支障が出る程の欠点を持ち合わせている者が出ることがある。


 その1つがキアラ姉妹の長女、サーシャが該当する”アルビノ型”である。アルビノ型は肌や髪が真っ白なことに加えて瞳が血のように赤いことから、ひと目でそうだとわかるのだ。


 そしてアルビノ型が抱える欠点というのが、”日差しに非常に弱い”というものだ。


 この特性のためかアルビノ型は、”暗い場所で能力が極めて高くなる”という性質を持っており、その高さは他の変異体ですらも遥かに凌ぐとされている。


 ただし現在ではアースの技術が広く浸透しているため、塗り薬や服装に気を使うことで全く問題なく屋外で活動できるようにはなっている。


「そのおかげでサーシャ姉様は、250歳手前で後少しで魔将ってくらいに強いのよ。ただ……」


 キアラが口籠る。


「ただ?」


「外に出る時は全身を遮光性の布で覆わなくちゃいけないのだけど、その分と言って城の中では絶対に何も着ないって言うの」


 まさかの城内素っ裸に、アッシュは思わず頭を抱えてしまった。最低限は隠している分だけ、キアラの方がマシということになってしまう。


「それに比べたら私はちゃんと”着てる”わよ」


 そう言ってキアラは胸を張る。


「いやぁ……さすがにそれは比べる対象が……」


「冗談よ、真に受けないでちょうだい。……で、次が下姉様ね。今はアムドゥスキアスなんて厳つい名前になっちゃったのよね」


「あれ? ということはもしかして……魔将?」


 アッシュはD8 —— 第二魔界に所属する魔将一覧にあったその名前を覚えていた。フォルネウスの副官であり、かつアンドレアルファスと並んで長い名前だったので、印象深かったのである。


「よく知ってるわね。ま、それはともかく。私はまだ魔将としての名前に慣れないから、姉様って呼んでるわ。姉様は生まれつきの目が見えなかったの。私達メデューサ種の能力上、それがどれだけ重いことかはわかるわよね?」


「……戦闘の主軸になる法術の大半が使えないってことだよね」


「そういうこと。視界自体は私達にはこれがあるから、問題ないんだけどね」


 同時にキアラの髪の先端の蛇の1匹が首をもたげ、キアラの手に収まる。


「それって見えてるんだ」


「触覚とかもあるわよ。普段は意識の範囲外にあるけど、意識を向ければ頭に入ってくる感じ。でも”見える”ことと”見る”ことは別なの。だから法術の類はこっちからは使えない。普通ならね」


「普通なら……?」


 キアラの言葉に、アッシュは聞き返す。


「姉様は表には出さなかったけど、ずっと辛い思いをしていたわ。そんな時、もしかしたら八忌(アハト)が行ってる研究を利用すれば治せるかもしれないという話をお母様が聞いてきた。そして姉様は被験者に志願したの」


八忌(アハト)の研究……? でも今魔将になってるってことは、成功したんだよね?」


「そうね……結果は大成功と言ってもいいくらいだったわ。姉様は見えなかった目の視力を得た上に、音を視覚で捉えるなんて能力まで手に入れた。おまけに(へび)の目を通して法術が使えるようになった。そして姉様は、その能力でもって魔将になったわ」


「……」


 キアラの口調は言っている内容に反して、決して良いと思ってはいないように感じられた。


「結果は別にいいのよ。姉様は今の身体に満足してるみたいで、普段は私と同じくらいの薄着で出歩いてるんだから。でもね、死ぬ危険すらあった被検体に志願したのも、終わった後に『もう泣いて夜を過ごす必要も無い』なんて言ったのも、私は……」


「キアラ……」


 キアラの声は少し震えているようだった。これまで誰にも言ったことは無かった本音を、初めてアッシュ達に吐き出したのだろう。


 そのキアラに、アッシュはどう声を掛けたらいいのかわからなかった。キアラが歩みを止めないのでそのまま少し見守りながら歩いていると、キアラは目を擦って顔を上げる。


「……そんなところよ。姉様達はとっても強いのだけれど、普通ではない。だからお母様が”普通の娘”である私を後継者にしようと考えているのは、手に取るようにわかった」


 キアラは快晴の空をキッと睨みつけるように見る。


「でも私は、それが悔しかった。普通で弱くて何も出来ない私が望まれて後継者になるなんて、絶対に受け入れられなかった。だから私は強くなる。それが後継者になる上で私が自身に課した条件よ」


 キアラは強い口調で決意を語る。


 これまでの一連の行動はフォルネウスに対する反抗心から来るものかと思っていたが、どうやら見当違いだったようだ。


 キアラが本当に反抗しているのは、弱い自分自身に対してなのだろう。アッシュはそれを知れて、少しだけ安心した。


 と、キアラはハッとしたようにアッシュを見て、少しバツが悪そうな表情になる。


「ちょ、ちょっと喋り過ぎたわね。忘れなさい」


「忘れないよ。キアラの気持ちがよくわかったし。僕達と一緒に頑張っていこう」


 アッシュの言葉にキアラは顔を真っ赤にする。


「……! そうやって真っ直ぐに言われたら、どう返したらいいのか……」


「そうだ。キアラはハイランダーだよね。ならレイ、この前の強化術を教えてあげようよ」


 横髪を弄りながらモジモジとしていたキアラの言葉を遮るように、アッシュが声を上げる。


「ん。わかった」


 アッシュの提案にレイが頷きながら応える。


「特訓か? 僕も一緒にやるぞ!」


 更にどこから聞いていたのかわからないが、ダンが雪の壁を飛び越えてアッシュ達の前へと躍り出てくる。キアラは一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、すぐにくすりと笑った。


「へぇ。なにかいい方法があるなら、是非ご教授願うわ」


「僕とアイリも練習中なんだ。筋力も防御力も格段に上がるみたいなんだ」


「気温の影響も受けづらいらしいから、キアラにはいいかもね」


「ん。私は後10度くらいは低くても、この格好で平気」


 レイの言葉にキアラの目が輝く。


「それ、やるわ」


 アイリと同じような動機に、アッシュは思わず笑みが溢れる。


 と、道を曲がった先に森の出口が見えてくる。アッシュは端末を開いて時間を見る。ギルド支部を出てから大凡20分くらいといったところだろう。


「着いたね。ここがイースライ雪原みたいだ」


 森を出ると一気に視界が開ける。アッシュは反射する光に、目が眩みそうになる。ただひたすらに、どこまでも広い雪原だ。


 今回の対象はこの雪原を縄張りにしている、ガラルドという獣竜である。

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