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79.【B-狩猟】イースライ雪原①

「……たしかに私はどこでもいいと言ったわ」


 アッシュを先頭に、森の中の一本道を歩く一行。後ろから掛けられたキアラの声に、アッシュは振り向いた。


「言ってたね」


「でもね、なんでよりによって雪原なわけ?」


 キアラはいかにも不満そうな声だ。辺りを見渡せば木々には真っ白な雪が少し積もり、道の両脇にはかき集められた雪の壁が出来ている。


「……服、着てきて良かったでしょ」


「それはそうだけど、そういう事じゃなくて! というかもしかして、最初から寒い所に行くつもりだったの!?」


 キアラは白い息を吐きながらも、顔を紅く染めて怒り爆発寸前といった様子だ。


「僕とレイは、後少しで月末のランクアップ試験を受けられるようになるから、狩猟依頼をやっておきたくてさ。でもちょうどいいのがここくらいしかなくて」


 この理由自体は紛れもない事実だ。


 キアラは戦闘には慣れていると言うので遠慮せずにB難易度の狩猟依頼を選ぼうとしたのだが、依頼が来ていたのがセードル大陸の北、ケラン大陸の東部に広がる雪原しか無かったのだ。


「ふん……それならしょうがないわね」


「後フォルネウス様から『最初は寒い所に連れて行ってみろ』って言われたし」


「やっぱりしょうがなくない!!」


 キアラの怒りの声が、広い森に響き渡った。


***


 無事にレンジャー試験に合格し、晴れてレンジャーとなったキアラの初依頼の日。


 キアラはキレブルの時と同じ、必要最低限の箇所を覆った上から透けた赤い布を羽織るという格好でエントランスに来た。


 キアラはフォルネウスからメデューサ種として必要な”目を経由した呪術”をベースに多くを学んでおり、法術使いとしても既に十分な実力を持っている。


 それにも関わらずキアラは、あくまでもフォルネウスが切り捨てようとしていた”メデューサ流格闘術”で強くなりたい —— つまりレンジャーのクラスとしては、余程のことで無ければメイジではなくハイランダーで活動したいとアッシュ達に言ってきた。


 キアラがそう言ってくることはアッシュも想定しており、また現状メイジが必要な場合はアイリが担当することになっているので、アッシュはそれを快く了承した。


 ハイランダーは蹴りのための脛当てやブーツなどを基本として、ナックル、トンファー、釵の3種類を用いる超近距離クラスである。


 武器の特性上、素早い動きが攻撃にも回避にも重要な要素となるため、防御用の装備を削る傾向があることはアッシュも知っていた。


 だがそれにしても、キアラの格好は度を超えていると言わざる得なかった。魔族の基準というのもあるかもしれないが、キアラほど肌の露出が多い者はパンデムに来てから見たことはない。


 渋るキアラに、せめて依頼の行き先まではしっかりと服を着るように言って、なんとか薄着の範囲に収めさせたのが20分程前のことだ。


 もっとも薄着であっても、寒さ自体は全く問題は無い。現にアッシュ達も敢えて厚着をするようなことはせず、普段と同じ格好で来ている。


 というのもケラン大陸は東部と西部に分かれており、山が多い西部や間に広がるヨイヒム山脈は標高や天候のせいで装備がそれなりに必要になるが、東部は低地で吹雪くことも無いため装術があれば普段着でも十分なのだ。


「これが雪か! おお、冷たい!」


 ダンは雪を見るのは初めてらしく、元気に走り回っている。


「ダン! 雪は食べちゃダメだからね」


「そうなのか」


 アイリに言われたダンは、手に持って眺めていた雪玉を残念そうにどこかに投げると、今度は道の横に作られた雪の壁へとダイブする。


 道が分岐しているわけでも無いので、好きなように遊んでても大丈夫だろう。


「あああもう! やっぱ無理! こんな鬱陶しいもの着てられない!」


 突然、キアラは着ていた服を脱ぎ始め、エントランスに集まった時の格好に戻ってしまう。


「……寒くない?」


「この程度じゃ着てたって大して変わらないわよ。それより発熱の法術使ったり身体動かしてる方がよっぽど効果があるわ」


 そう言ってキアラは、その場で軽くジャンプしたりジャブを打ったりし始める。


 たしかにキアラくらいの法術能力があれば、発熱で全身を温める程度のことは余裕でこなせるだろう。だが上に何か着ていた方が熱が逃げづらいのは自明だ。


「僕としては何か着てて欲しいんだけど……」


「あら? もしかしてアッシュ、恥ずかしがってるのかしら?」


 キアラが目を細めて、意地悪そうな表情をアッシュに向ける。


「い、いや! そういうんじゃなくて! 僕はフォルネウス様からキアラを預かっている立場だから、もっと場を弁えた格好をして欲しいというか」


「ふん、どーだか」


 実際のところキアラは言動こそ少し幼い印象を受けるが、フォルネウス譲りの整ったパーツ、きつく釣り上がった目と金色の瞳に縦長の瞳孔、女性としては高い身長に発育の良い身体、スラリと長い手足、地面に届きそうなほど長い絹糸のような黒髪 —— 先端は蛇になっている —— 、どれを取っても美しい以外の感想は許さないとさえ言えるほどの美貌の持ち主だ。


 大人しくさえしていれば、余程特殊な好みでも無い限りは魅了されないことは無いと思わせる辺りは、さすがメデューサ種の王族の血筋だと感じる。


 アッシュも出会う前に写真を見せられて好きかと聞かれたら、間違いなく頷くだろう。


 だが今のアッシュにとってキアラは、フォルネウスから信頼されて預かっている大切なチームメンバーである。本心から下心は無いと誓える。


「でもキアラさ。せっかく綺麗なんだから、もっと色々と着てみた方がいいと思う。服でオシャレできるのは女の子の特権でしょ」


 口籠るアッシュに、アイリがすかさずフォローを入れる。アッシュは心の中でアイリのナイスフォローに拍手を送った。


「う……ん。まあそう、ね。でも私、オシャレな服ってわからないのよね」


「キアラって三姉妹だよね。お姉さん達の服を参考にすればいいんじゃないの?」


「お姉様達を参考にした結果がこれよ」


 つまりあの家には、少なくとも後2名は同じようなのがいたということなのだろう。フォルネウスは真っ当だったが、娘たちはかなり感性がぶっ飛んでいたようだ。


「うーん、じゃあさ! 今度の休日に一緒にエレーネクで行ってみようよ。私がどういうのがいいか教えてあげる」


「……そう。ありがと」


 アイリの提案にキアラは素っ気なく答えるが、アイリと反対側の手で横髪を弄りながら目を逸らしている。相変わらず本心がわかりやすい。

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