76.【B-特殊】キレブル大黒森の捜索⑦
順番に出されるコース料理は、どれもが聞いたことがない高級食材を使ったものばかりであった。盛り付けも芸術の最先端を行く地域というだけあると思わされる独創的なもので、目でも楽しめるそれらにアッシュ達は心を躍らせた。
料理に舌鼓を打ちながらキアラと雑談をし、それぞれのメイン料理が終わってデザートを待っている間に、アッシュは本題をキアラにぶつける。
「そういえばキアラは、なんでレンジャーになりたいと思ったの?」
キアラは驚いたように目を見開いてアッシュを見つめるが、すぐに不満そうに目を細めた。
「……私、レンジャーになりたいって言った覚えないんだけど」
「あっ! いや、レンジャー呼んだらって話とか」
「いいわよ隠さなくても。お母様から聞いたんでしょ」
話の振り方を完全に間違えて、机の下でアイリに足を踏まれる。
「……私は強くなりたい。そしていつか必ず、お母様を超えるの」
キアラがぽつりと呟く。
強くなりたい。それはレンジャーになる者達に多い理由だ。ダンは正にその通りであり、アッシュやアイリもSランクレンジャーになりたいというのも、結果を見れば同じと言える。
もっとも強くなってどうするのかという目的は様々であり、そこまで語る者は意外と少ない。現にアッシュもダンとアイリの目的までは知らない。
そういう点で言えば、キアラがあっさり目的まで話してくれたのは僥倖だった。結果オーライである。
しかしただ喜ぶわけにもいかない。フォルネウスからの依頼は、キアラがどれだけ本気なのかを確かめることだ。
「それはレンジャーじゃないとだめなの? キアラのいる環境なら、その目的を達成するには十分過ぎると思うけど」
「だめ。少なくともここじゃ絶対に。お母様と同じ所にいて、同じことをやっていくんじゃ超えられない」
キアラが強い口調で答える。それなりに考えてはいるようだ。
だがレンジャーという新しい環境に行ったから強くなれるというわけでもない。
メデューサ種という魔族の中でも強力な種族に生まれたのだから、それをしっかりと伸ばしてから新しいことに挑戦するというのが筋だろう。
「でもそれなら、もっとここでフォルネウス様に色々と教えてもらって、それからでもいいんじゃないかな?」
アッシュの問いに、キアラは訝しむような表情をする。
「何言ってるの? お母様の血を引いてるんだから、そっちは何の心配もしてないわよ」
さも当たり前であるかのように言うキアラに、アッシュは思わず笑いが漏れてしまう。
結局、何かと反抗したり口喧嘩したりしているようだが、それはフォルネウスに対する絶対的な信頼あってこそなのだろう。
フォルネウスはキアラが心配で止めようとしていて、キアラはフォルネウスを信頼しているから進もうとしている。けれども互いにかなりの意地っ張りなせいで相手に伝わっていない。その辺りは改めて親子だなと感じさせられる。
「じゃあ最後の1つだけ。レンジャーになるなら、今までみたいな生活はできないと思う。野宿をすることもあるし、簡単な料理は出来ないとだよ。それでも大丈夫?」
キアラは再び不満そうな表情になる。
「そのくらい知ってるわよ。だからその……お母様がミシケにいない時に、野宿の練習したりアルファスに料理を教えてもらったりしたわ。あ、アルファスのことは秘密だからね!」
決してレンジャーの生活を侮っているわけではなく、影でこっそりと練習はしているとのことにアッシュは小さく頷く。勝手なイメージではあるが、アンドレアルファスに仕込まれているというのであれば、料理の腕も期待ができる気がした。
レンジャーになりたいと思うのであればなるべきという立場であるアッシュ視点ではあるが、それでも十分ではないかと感じた。
「うん。僕はレンジャーになっていいと思うな。レンジャーに向けて色々とやってるみたいだし。それに一番大事な”なって何をしたいのか”って目的もしっかりあるみたいだし」
「ま、私は最初からそういう考えだしね」
「僕もいいと思うぞ!」
レイも黙って頷いている。全員の肯定に、キアラは意外そうな表情になる。
「……あんた達、お母様に頼まれてレンジャーを目指すのを諦めさせに来たんじゃないの?」
「逆だよ。フォルネウス様からは、キアラがどれだけ本気なのか知りたいって頼まれたんだ」
「そうそう。それにレンジャーがレンジャーになりたいって気持ちを否定しちゃだめだと思うしね」
キアラは呆けたようにアッシュとアイリを見る。
「で、フォルネウス様にはその報告をって言われてるんだけどさ。その前にキアラの気持ちをフォルネウス様にちゃんと伝えてよ。そうすれば僕達も援護するから」
キアラが焦ったような表情で勢いよく立ち上がる。
「そ、そんなの無理よ! 話なんて聞いてもらえる訳がないもの」
「今までレンジャーになりたい理由とか、色々やってきたこととか、素直に話したことある?」
「っ! ……無い」
案の定である。お互いもう少し素直になって話せていれば、もっとスムーズに話も進んだだろうにとアッシュは感じる。
「それに直接話さなくちゃいけないこともありそうだしね。一緒に話しちゃおう」
「……わかったわよ」
キアラは力が抜けるかのように椅子に座る。
そこへ店員がデザートを運んできて、それぞれの前に並べていった。ワイングラスのような皿に盛られたシャーベットを口に入れたアッシュには、その味に覚えがあった。
「あ、これって……」
「ミズサボテン」
コー荒原にアイリとレイと共に採取に行ったものだ。高級食材とは聞いていたが、こういう形でまた見ることになるとは思いもしなかった。
「へぇ。ミズサボテンは知ってるのね。……えっ、もしかして採ったことあるとか?」
「うん。D2のコー荒原での採取依頼を受けたことがあって、その時に切れ端を貰ったんだ。濃厚過ぎて、そのまま食べるのは僕にはキツかったけどね」
アッシュは苦笑しながら応える。
「……ふーん」
「?」
だがそれ以上キアラは何も言わなかったため、アッシュは敢えて聞く必要も無いかと考えつつシャーベットを口に運んだ。




