75.【B-特殊】キレブル大黒森の捜索⑥
リーアは森を出たところで黒エルフの里へと戻って行った。キレブル大黒森はパンデムの自然研究にはとても良い場所らしく、訪れる研究者相手のガイド役はなかなかに忙しいらしい。
キアラを連れたアッシュ達は、ポータルでアイネスを経由してミシケの首都であるフォンセーヌへとやって来た。
フォンセーヌの街並みは一言で言うと”中世”であった。
道路は全てレンガで整備されており、そこを行き交うのは自動車ではなく馬車である。
建物も全て石造りの上にどれもせいぜい2階建てから3階建てで、高い建物と言えば少し離れた所に見えるフォルネウスの物と思われる居城くらいである。
画像でしか見たことが無かったアースの古い時代の風景が目の前に広がっていることに、アッシュは思わず感動を覚える。
「なかなか古風で味のある町並みだね」
「だねーたしかヨヌもこんな感じだって見たことあるよ」
キアラについて歩いきながら、フォンセーヌ観光を始めるアッシュとアイリ。
とそこへ、後方から馬車が走ってくる音が聞こえる。だがアッシュそこでは、馬の蹄の音に何やら聞き慣れた音が混ざっているような気がして車道へと目を向ける。
「……? ……!!」
そして馬車が近付いてくるに連れ、それがエンジン音であることに気付いて、驚きのあまり馬車を凝視してしまう。
「馬車に興味がある? まああんた達にとっては珍しいわよね。ちょうど空いてるみたいだし、乗っていきましょうか」
キアラが手をヒラヒラと振って御者に合図を送ると、アッシュ達の横で馬車が停まる。
だがアッシュが興味があったのは、馬車に乗ることよりもそれが搭載しているエンジンの方だった。車体の横に空いた小さな穴。それはエーテル駆動式の機械で広く用いられているエーテルを取り込むために部分だ。
つまりこの馬車は、最近開発されたというエーテルで動くクリーンエンジンを搭載した自動車なのだ。おそらく馬は引いてるフリをしているだけなのだろう。
「ここから真っ直ぐシス通りまで。……何してるの?」
「あっごめん……」
キアラに飽きれたような声で言われて振り向くと、既にアッシュ以外の全員が乗っていたため慌てて飛び乗る。
馬車に揺られながら —— もっとも揺れは殆ど無いのだが —— アッシュは注意深く街を観察してみることにした。
夜には道路を照らすことになる街灯も、目線の高さが上がったためにエーテルランプであることがわかる。
観察する程に至る所に最先端技術が散りばめられていることに、アッシュは気付く。
アースの街は”未だに”科学技術の恩恵が色濃く残っており、エーテルを軸とした街づくりというのは実現出来ていない。
その点フォンセーヌという街は一見するだけでは古風であるが、今まさに最先端になりつつあるエーテル機械技術をこれでもかと詰め込んでいるのだ。
今後ディーバの発展が向かう先を考えれば、どちらの方が発展しているかは明白であった。
「凄いな……発展していないように見えて、どこも最新の機器ばかりだ」
「あら? 見て気付くなんて驚いた。ミシケは芸術の最先端にして、D8のいろんな技術が集まる場所。その首都であるフォンセーヌはお母様直々の芸術作品なんだから、発展してないなんてありえないのよ」
自慢げにフォルネウスの実績を語るキアラ。つまりこの街並みはフォルネウスの趣味ということなのだろう。
「そうなんだ。でもD8の技術が集まるってどういうこと?」
「D8はお父様の方針で、色々な分野の学術研究施設が集まってるの。内容はアイネスみたいな基礎学問もあれば、ヘクトリストみたいな機械工学まで色々」
アッシュはそこでふと、以前ニーナから”現魔王はヒト族の誘致に積極的で、それに賛同する魔神はそれぞれ独自の方策を行っている”という話をされたことを思い出した。
魔王のいるD2は観光関連とのことだったが、D8は学術ということなのだろう。
「で、ミシケは芸術が専門だから科学っぽいことは何も無いんだけど、住んでいるヒト族が多いから実用化前の最終実験も兼ねて他のどこよりも一歩進んだ技術が提供されてるの」
「へーヒト族が多いんだ」
そう言われて見てみると、たしかに魔族的特徴を持つ者はフーレアより少ない。エレーネクに慣れていると、こういう点は見落としてしまうなとアッシュは感じる。
「魔族には芸術的なことはまだ無理なの。アースと繋がる前はそんなこと考える余裕なんて無かったって言うし、私みたいにそれ以降に生まれたのもまだ少ないから。さて、着いたわ」
キアラがそう言うと同時に馬車が停止する。アッシュ達は馬車から降りて再び歩き、そこから2店舗隣へと行った所でキアラが立ち止まる。
どうやらキアラのお気に入りの店に着いたようだ。
見るとなかなかに高級そうな店構えである。そもそもカフェのような場所を考えていたアッシュだが、これはどう見てもそういう雰囲気ではない。
「あれ……ここ?」
「そうよ。お茶って言ったけど、そろそろいい時間だからご飯にしましょ」
たしかに時間は既に昼に近い。いざ気付くと腹も減るもので、キアラが開けたドアの向こうから漂う良い香りもあって、アッシュは店に入ることを決めた。
店内は少し薄暗く、外から見た以上に高級感が満ちている。普段着で入ってしまって大丈夫なのかと一瞬心配になるが、先頭にいるキアラの格好を考えればおそらく問題は無いのだろう。
「5名よ。いつもの席でよろしく」
「かしこまりました」
出てきた店員にキアラが言うと、店の奥の方へと案内される。そして扉を開けて部屋へと通される。そこには少し大きめのテーブルが1つあるだけだ。つまり完全な個室である。
キアラは慣れたように、そのテーブルの手前側にある席に座る。アッシュ達はどうにも落ち着かなさを覚えながら、それに続いて席に着く。
テーブルの上にはメニュー表と思われる物が置かれていた。アッシュはそれを手に取って開いて、その瞬間に頬を冷たい汗が走ったような感覚を覚える。
メニューにはコースが3種類書いてあるだけであり、値段は普段アッシュ達が外で食べる時よりも0が2つ多いのだ。
「アッシュ! これヤバいって!」
隣に座ったアイリも、メニューを開きながら声を抑えてアッシュに訴えかけてくる。たしかに払えないことは無いが、さすがに1食にこれだけの額はどうかと思う。4人分で武器を何個かは買える値段だ。
と、テーブルの正面に座るキアラがニヤニヤしながらこちらを見ているのに気付く。
「なーに? もしかして値段に驚いちゃった?」
どうやら知ってて店を選んだようだ。キアラはそのニヤけを得意げな顔に変える。
「安心しなさい。あんた達に出させるような真似はしないわよ」
アッシュとアイリは驚きの表情でキアラを見る。
「え、でもさすがにこの値段は」
「私を誰だと思ってるの? この次元の支配者、魔神ベルフェゴールの娘よ」
そう言われればたしかにそうである。数百億ディルの絵画を買ってしまうような家なのだ。遠慮の気持ちは持つべきだが、相手の支払う能力も考慮しつつ程々にしておくのもマナーというものだ。
「じゃあ、そういうことなら……」
キアラは満足げにアッシュを見てくる。
「話が早くて助かるわ。私は肉で」
「僕も肉!」
「魚」
「私も肉かな」
アッシュはメニュー表を改めて眺める。肉、魚、野菜からメインの料理を選び、それに合わせて他のコースも決まっているようだ。
「野菜にしてみようかな」
「かしこまりました」
いつの間にかテーブルの横にいたシェフのような格好をした男は、注文を確認して部屋から出て行った。




