7.ギルド加入
扉が開くと、空調の効いた涼しげな風がアッシュの横を通り過ぎる。
ギルドの窓口は幾つか並んだ受付の手前に椅子が並べられた造りで、雰囲気はアースの役所によく似ていた。
一番右端に『レンジャー用/クエスト受注・ギルド加入』と書かれた札が天井から吊るされており、そこがアッシュ達が行くべき受付であることがわかる。
受付には先客がいた。
腰まで届く長い黒髪、それとの対照さが相まってやや病的にも見える白い肌。綺麗という言葉を形にしたような、整った容姿の女性だ。
身長は男の平均程度の身長があるアッシュよりも若干低いくらいなので、女性としては高めである。
スラリと長い手足もそうだが、背中の長い得物を背負うために肩から下げているのであろう紐で強調された胸のラインなど、思わず見惚れてしまうほどに良いスタイルである。
先輩レンジャーだろうかと思いつつ後ろから様子を伺っていると、カウンター越しでパソコンに向かっていた職員が振り返った。
職員もまた驚く程に綺麗な容姿をした女性であった。目尻と眉が上がった意思の強そうな琥珀色の瞳、肩より少し長い程度に伸ばした髪は先の方が赤く染まった金というやや目立つ色。
カウンターの前にいる女性とは対照的に全体的に明るい雰囲気で、キャリアウーマンという印象を強く与えてくる。
職員がカウンター前の女性に声を掛ける。
「困りましたね。レイさんのギルド加入の手続きは完了しましたが、アッシュ・ノーマンさんという方は、当ギルドには登録されていないですね」
「……」
レイと呼ばれた女性は、何も言わずに職員の方を見ている。
その後ろでアッシュは、あまりに不可解なことに混乱していた。まだ登録をしていないはずの自分の名前が、話したことすら無い2人の会話に出てきたのだから当然である。
訳が分からず呆けていると、それに気付いたアイリがアッシュの脇腹を肘で突いてくる。
我に返ったアッシュは職員に話しかける。
「あの……アッシュ・ノーマンは僕ですが」
職員は驚いたような表情で問いかけてくる。
「え、あなたが……もしかしてアッシュさんも、紹介状で当ギルドに加入予定ですか?」
「はい、先日スカウトの方から渡されたので」
アッシュは持ってきた紹介状を渡す。職員はその封を切って中身を取り出す。
「拝見します……そういうことですね、わかりました」
職員は納得したように何度が頷くと、顔を上げてアッシュに目を向ける。
「まずアッシュさんレイさん、当ギルドへの加入ありがとうございます。アッシュさんはスカウトの方からの推薦で、C1ランクからのスタートになります。Cランクですので、チームを作ってリーダーになることが可能です」
レンジャーにはEからSまでの6段階のランクと、各ランクで1から4までの格付けがある。
一般枠のレンジャーはE1からスタートとなるが、アッシュのようにスカウトからの紹介状で実力が保証されている場合は、高いランクからのスタートになる場合もあるのだ。
続いて職員はレイの方に向き直る。
「次にレイさんはスカウトの方からの推薦で、B1からのスタートになります。レイさんも同様にチームを作ってリーダーになることが可能です」
それを聞いたアッシュは思わずレイを見る。
紹介状でBランクスタートとなるのは、ディーバ全体の養成所でも年に2人いれば多い方とされている。今年のイザーク養成所の主席ですら、Bランクからは無理だと言われていたほどだ。
更に感情が伺えない落ち着いた横顔からは年上としか思えなかったが、紹介状持ちということは同い年ということであり、そのことにも驚かされたのである。
「アッシュさんもレイさんもチームを作ることができますが……紹介状でレイさんがアッシュさんのチームに入ることを勧められていますので、それでよろしいでしょうか?」
「えっ……」
立て続けに理解が追い付かない情報を投げ付けられたアッシュは混乱する。
「そ、それは僕がリーダーということですか……? 僕は構わないですが……」
そう言いつつ、アッシュは改めてレイの横顔を伺う。
現時点でのレイの実力がアッシュより遥かに上ということは、スタートのランク差から既にわかっている。
それにも関わらず紹介状では、アッシュがチームを作ってリーダーとなり、そこにレイが加わることを勧められているらしい。
そもそもアッシュは自分でギルド選んでここに来たのである。アッシュがここを選ぶとわかってていなければ、レイの紹介状は成り立たないのである。
考えれば考えるだけ謎が出てくる。だがそれと同時に、おそらくこれが考えても無意味なことなのだろうということも感じ、アッシュは途中で思考を放棄した。
「……」
「……」
レイの黒い瞳がジッとアッシュの顔を見つめる。アッシュは思わず固唾を呑む。と、レイが職員の方を振り向く。
「構わない。でも1回だけ、試合」
「えっ!? それは、その……」
レイの予想外の申し出にアッシュは困惑する。落ち着いた雰囲気に対して、かなり好戦的である。
もっともイザーク養成所の上位陣も —— 自分を除いて、とアッシュは思っている —— 大概変り者だったので、レイも何かしら変わったところがあることは予想はしていたのだが、それをいきなり叩き込まれたのである。
「大丈夫。私に勝たなければリーダーと認めないわけではない。でも受けないなら、認めない」
アッシュは職員に助けを求めるように目を向ける。だが職員は「当然受けますよね」とでも言うかのように、アッシュを見つめ返してくる。
「うっ……わかった、わかったよ」
「ん。なら私は、今からあなたのチームメンバー」
それを聞いた職員は、再び笑顔になって案内を続ける。
「ではお二人はレンジャー登録もありますので、情報入力をお願いします。」
アッシュとレイは渡された端末に名前とIDを入力して、付属のカメラで虹彩認証を行う。
「ありがとうございます。……こちらがレンジャー情報を入力したカードになります。重要な物ですので、必ず持ち歩くようお願いします。この後また説明がありますので、それまでそちらのお席で少々お待ちください。では次の方」
「はーい。昨日連絡したアイリです」
アッシュとレイの間にアイリが1歩踏み出してくる。
「アイリさんですね、お話は伺っております。アイリさんは既にレンジャー資格をお持ちとのことなので、ギルド加入の手続きだけですね。チームのご希望はありますか?」
アイリはアッシュの方をチラリと覗いてくる。同じチームでいいよね、という意味であろうと考えてアッシュは頷きで返す。
「んーじゃあせっかく知り合ったし、アッシュのところがいいです」
「承りました。チームは最低3人からになるためアッシュさんのチームには後から1人加える予定でしたが、ご希望ということであればアイリさんに加わっていただきましょう」
「やったー!」
アイリは手を上に広げて喜ぶ。職員はそこで改めて3人を見ながら立ち上がる。
「ではアッシュさん、アイリさん、レイさん。改めまして、ギルド『魔王軍』にようこそ!」