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70.【B-特殊】キレブル大黒森の捜索①

 ワヌホートでの収穫祭から数日後のこと。


 ギルドの窓口へと行くと、何やら職員達が慌ただしく走り回っていた。ニーナは何時も通り受付のカウンターに座っているが、その表情は若干固いように見える。


 アッシュはリレイクの救援に向かった日を思い出す。あの時も職員全員が慌ただしく駆け回っていた。


 今回はリレイクの救援程では無いようだが、いつもと違うのは間違いないだろう。


「何かあったんですか?」


 依頼リストの端末に向かう前に、アッシュは受付へと行ってニーナに尋ねる。


「ええ、実は……」


 そこでニーナはハッとしたように言葉を止めてアッシュを見るが、すぐに首を横に振って言葉を続ける。


「……いえ、躊躇うことでもないですね。実は以前アッシュさん達が遭遇した竜種が、エレーネクにほど近い場所に現れてしまいまして。ですがちょうど本部所属で出られるレンジャーの方がいらっしゃらなくて、その対応しているところなんです」


 竜種に襲われた時のことは今でもはっきりと覚えている。呼吸をすることも出来なかったあの感覚を思い出すと、今でも胸が苦しくなったような気さえする。


 しかしそうなると、アッシュ達の出る幕では無いようだ。


 ニーナの話ではS難易度相当の討伐に該当するため、アッシュ達では受注条件を満たせていない。もっとも、満たしていたとしてもニーナに止められたであろうが。


「……ということは、今回もニーナさんが出られるんですか?」


「あの時は色々と事情もあったので特別です。私はあまりここを空けることはできませんし、竜種は飛行能力があるためどうしても時間が掛かってしまいます。なので空中戦が出来る方をお呼びすることになったのですが、魔将が来られることになってしまって……」


 ニーナが言葉を濁す。


 無理とは言わない辺り飛ぶ相手に対しても何らかの手段を持ち合わせているのだろうと思いつつ、アッシュはニーナの様子に疑問を感じる。


「何かダメなことでもあるの?」


 アイリが首を捻りながら聞く。立て続けに魔将や魔神と話す機会があったアッシュ達にしてみれば、それに対して何故そこまで気を揉んでいるのかよくわからなかったのだ。


 ましてニーナは普段から魔将と頻繁に接する立場にいる分、アッシュ達よりも慣れているはずである。


「今回来られる方が、先日の収穫祭でアッシュさん達もお見かけした”一騎”(アインス)ブネ様でして……」


 収穫祭で魔神ベルフェゴールの隣にいた、真っ黒な鎧を身に着けた騎士のことだ。


 ニーナはそこで少し目を泳がせて言うか悩むような素振りを見せたが、すぐに周囲を見渡しながら立ち上がって右手を口の横に当てて囁く。


「正直なことを申し上げますと、私ドラゴン種の方が苦手なんです」


 4人は顔を見合わせる。苛烈な者が多い魔族らしからぬ優し気な雰囲気や、常に笑顔で対応するニーナを以てして苦手と言わしめる種族というのが想像出来なかったのだ。


 そこへカウンターの奥から男性職員が大声を上げて走ってくる。


「ブネ様が変換機に入られたとのことです!」


 それに合わせて他の職員達が立ち上がる。ニーナも表情が更に緊張したようにこわばる。


「わかりました。対応は私が行います。……ということなので、申し訳無いですが依頼の受注は少々お待ち下さい」


「わかりました」


 アッシュ達はカウンターの横の壁際へと避ける。


「ドラゴン種ってどんなんだろうね」


「会ったこと無い」


「戦いと財宝が好きって聞いたことあるけど、どういう感じなのかは僕も知らないな」


 そう話していると、変換機のある部屋へと続くカウンター奥の扉が開き、真っ黒な鎧で全身を覆ったブネが出てくる。


 その背中には、大剣の中でも大きいサイズのものを背負っており、その大剣を挟むように翼が伸びている。


 職員たちが一斉に頭を下げる。アッシュもつられて下げる。だがそれは正確に言えば”下げさせられた”という方が正しいかもしれなかった。


 以前マキナウスで、セーレに逆らうようなことを言った直後に感じた重圧が思い出される。緊張で心拍数が跳ね上がる。


「表を上げよ。私は接待されるために来たわけではない。……それともニーナ、貴様が”接待”をしてくれるのか?」


 それだけ圧を放っていて無茶を言うとアッシュは感じるが、ブネがそう言うと少しだけ圧が軽くなる。アッシュ達も職員も頭を上げる。


「御冗談を。私では相手は務まりません」


「……お前が本気を出せば、どうだかな」


「いえ、そんな……。ブネ様、本日はお越しいただき感謝致します」


 無理やり話題を切り替えてブネに笑いかけるニーナだが、明らかに顔が引きつっており、アッシュは思わず同情してしまった。


「問題ない。どのような相手だ?」


「今回はギルドでここ最近、追っていた竜種で」


「前置きはいらん。相手の種類と大まかな位置だけでよい」


 説明をしようとしたニーナをブネが遮る。本当に戦闘にしか興味は無いといった様子である。


「申し訳ありません。ではこちらに……」


 ニーナがカウンターのパソコンにマップを映してブネに見せる。


「……わかった。向かうとしよう」


 そう言ってブネは、ガシャガシャと鎧の擦れる音を立てて外へと繋がる扉の方へと歩き出す。


 そのままブネは外へと向かう ーー はずだった。


 一瞬アッシュが目を向けたタイミングで、ブネがアッシュ達の方を見る。目が合ったような気がしたが、如何せん顔が見えないので判断が付かない。


 目を逸らすこともできずに困惑していると、突然ブネが方向転換してアッシュ達の前へとやってくる。


「……若いな」


 ブネはアッシュに続いてダン、レイ、アイリと順番に観察するように視線を向けていく。4人に緊張が走る。


「ニーナ。この者達は今年入ったのか?」


「はい。今年の紹介状持ち2名、及びそれに並ぶ実力の2名です」


「ふむ……」


 ブネは何かを考えるように、鎧の顎の辺りに手を当てる。


「ではすぐにフォルネウスに連絡を取れ。やつが今朝から若い優秀なレンジャーを探していた。この者達なら適任だろう」


 ブネはそれだけ言うとアッシュの横を通り過ぎて、窓口から出ていった。


「緊張したぞ……」


「ほんとだよ……」


 ブネの重圧から解放されたダンとアイリは、任務前から疲れたような声を出す。


 同じく緊張から解かれて座り込みそうになるのを堪えて、アッシュはニーナがいるカウンターに向かった。


 ブネからニーナへの指示を聞く限り、どうやら自分達に仕事が振って来たということになりそうだと感じたためだ。


「えーと、フォルネウス様というのはたしかD8の……」


「はい。”三姫”(ドライ)フォルネウス様はD8のミシケを領有されている方ですね。皆さん、どうされますか?」


 どうするも何も、実質的にブネから指名を受けたような形だ。


 もっとも依頼主はフォルネウスになるのだろうが、いずれにせよ受けないわけにはいかない。ちょうどD8に行った直後ということもあるので、活動範囲を広げる良い機会でもある。


 だが具体的な内容を何も知らないで頷くのは、リーダーとしては些か気が引けた。


「内容はこれからなんですよね? とりあえずそれを聞いてみることはできませんか?」


「そうですね。ただフォルネウス様はブネ様を一方的に嫌っていらっしゃるので、お話が通じるかどうか……」


 ニーナはそう言って、カウンターの端に置いてあった端末を取り出して起動する。宙に画面が出てくる。


「……ニーナです。先程ブネ様から」


「ブネだと!? あやつの名なぞ聞きとうない!!」


 端末越しでも聞こえるような怒声に、アッシュだけでなく周りの職員達もビクリと身体を震わせる。


 どうやらニーナの予想通りだったようだ。フォルネウスは一方的に通信を切ってしまったようで、出ていた画面が消える。


「はぁ……」


 ニーナが困り顔で溜息を付いて、端末をカウンターの端に置こうとする。だがその直前で端末が鳴り始める。今度はニーナへと通信が来たようだ。


「はい、ニーナです。実はフォルネウス様が若手のレンジャーを探していると聞きまして……ええ、ブネ様からです。もし問題ないようなら、こちらで選ばせていただこうかと思いまして、可能であれば内容を……は言えないと。はい、ではそのようにフォルネウス様にお伝えください」


 今度は随分と落ち着いた相手だったのか、話ができたようである。ニーナはアッシュ達に笑顔を向ける。


「フォルネウス様の副官の、アンドレアルファス様と連絡が取れました」


「良かったです。あの……ニーナさん、大丈夫ですか?」


 アッシュの心配に、ニーナは苦笑で返す。


「フォルネウス様は今、機嫌が悪いとのことでした。いきなりブネ様の名前を出したのは失敗でしたね。依頼内容は口外できないとのことだったのですが、もしそれでも受注するようなら皆さんのデータを送らせていただこうかと思います。どうされますか?」


「僕は大丈夫です。みんなはどう?」


 そう言ってる振り向くと、3人共カウンターへと歩いてくる。


「ああ言われちゃったらねー。それにわざわざ私達みたいなレンジャーをってことは、そんなに大変じゃないだろうし」


「たしかにね」


 通常であれば重い内容ほど、経験を積んでいるレンジャーに依頼するのが筋というものだ。どうやら今回は何かしら事情があるようだ。


「ん。私も構わない」


「いいぞ。竜種でも何でも来い!」


「ありがとうございます。では送らせていただきますね」


 ニーナが端末を操作する。だが大丈夫とは言ったものの、やはり口外出来ない内容というのは不安が残る。


 加えてリレイクの時のようにやることがわからなくても目的が明確だったり、他にレンジャーがいるわけでも無い。


「どんな内容なんだろうね。口外できないって言ってたけど」


「何かの採取とかかなぁ? あ、でもトラブルとか言ってたし……」


 そう話していると再びニーナの端末が鳴り始める。


「ニーナです。はい、ではフォルネウス様も了承ということで。……わかりました、では失礼致します」


 端末を切りつつ、ニーナがアッシュ達に向き直る。


「では皆さん、ご用意を。今回の行き先はアイネスのギルド支部とさせていただきます。アンドレアルファス様が城門前でお待ちとのことなので、支部で案内を受けて向かってください」


「わかりました。では」


 そう言ってカウンター横へと向かおうとしたアッシュに、ニーナが言葉を続ける。


「それと1つだけ。アンドレアルファス様からの内容の伝達で済む直接可能性もありますが、もしフォルネウス様にお会いする場合は、くれぐれも失礼が無いようにお願いします。フォルネウス様はかなりわがま……気難しい方なので」


 我儘もとい気難しい性格の魔将。かなり厄介だとアッシュは感じる。いつかそのような相手からの依頼もあると考えてはいたが、想像以上に早かった。


「……気を付けます」


 もしそうなった場合は余計なことは喋らず、出来るだけ少ない会話で済ますこと。そしてブネの名前を出さないこと。そう心に決めて、アッシュは変換機の部屋へと入っていった。

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