69.祭りの後
全ての行事が完了した後、アッシュ達はシャリィとニーナと共に次元渡航船に搭乗していた。
「まさかベルフェゴール様が客席側にいたとはな……。ただあの方が表に出てくることは滅多に無いから、今回会話する機会があったのは奇跡と言えるかもしれないな」
シャリィの溜息はそういう意味だったのだろうとアッシュは考える。
戦闘能力が権力に直結するパンデムにおいて、魔族最強の称号は最高権力者と同義である。もっとも、知っていたところで何か出来たというわけでも無いのだが。
「ベルフェゴール様は8名の奥方に次元の支配も含めて全て任せて、アイネスの居城から出てくるのですら年に数回と言われてますしね」
ニーナの言葉にアッシュは、その後縁側に現れたベルフェゴールの様子を思い出す。
アッシュ達までお膳が回ってきた頃にふと見ると、祭事が始まった時に空いていた席にベルフェゴールが座っていた。
そしてその両脇をアスタロトやアラクネ種の貴婦人、黒い鎧を纏った騎士がぴったりとくっついて固めており、遠目で見ているこちらが恥ずかしくなってくる程に仲良さそうに話していたのだ。
「席で周りにいた方々ですよね」
「そうだな。あそこにおられたのは”一騎”ブネ様、”二祈”アスタロト様、”六貴”マルバス様だったな」
指を折りながら調子よく二つ名も含めて名前を挙げていくシャリィ。
「そういえば……ベルフェゴール様が元ヒト族って聞こえたんですけど、どういうことなんですか?」
アッシュは先程から抱えていた疑問をシャリィに投げる。
「ベルフェゴール様は300年前にアースと繋がったばかりの頃に、パンデムに探索に来ていたヒト族のレンジャーだったそうだ。それがなぜか魔族化したら最強の魔神になってらしい。原理的には朝言った堕天使種と同じようなものだろう」
「は、はぁ……」
にわかには信じられないような話だが、かと言って疑う要素があるわけでも無い。
「信じられないのも無理はないです。私も初めてお会いした時は、思わず耳を疑ってしまいました。ですが実際あれだけ個性のある方々全員を妻にされていますし、魔族の頂点というのは疑いようが無いですからね」
ニーナはその辺りは詳しいようである。やはりベルフェゴールとは見知った仲なのだろうかとアッシュは考える。
「魔族になると強くなるのか?」
ダンが興味津津といった様にニーナに聞く。
「そういうわけでも無いと思いますが……そもそも私も、どのような原理で魔族になっているかを知らないので、なんとも言えませんね」
ニーナでも知らないということは、本当に原理や仕組みが何もわかっていないということなのだろう。
或いはそう言うしかないような機密情報なのかもしれないが、いずれにせよ深く聞いても仕方がないことである。
アッシュは話題を切り替えるようにシャリィに続きの質問を投げる。
「他にいたのはどのような方々なんですか?」
「モレク様とレラジェ様はもういいな。とすると後は……ベルフェゴール様の向かいにいたのが、第五魔界の主の”暴食の魔神”ベルゼブブ様だったな」
ピンク髪の活発そうな女性と甲斐甲斐しく世話するようなゴーレム種などが目に入ったのは覚えていたが、まさか魔神の一柱であったということにアッシュは心底驚かされる。
ベルフェゴールもそうだったが、パンデムの頂点であるはずの魔神の割にそのような雰囲気が欠片も無かったためである。
「あの方はお膳目当てに毎年来られるな。食事の用意が大変だとか巫女達がぼやいていた」
「今年は10人前を召し上がってましたね」
そしてあの細身で10人前を平らげていたことにも驚きを覚えるが、すぐ横にも大概なのがいたことを思い出す。アイリもその半分くらいの回数はおかわりを貰いに行っていたはずだ。
「ベルゼブブ様の横にいたのが”執事長”フルーレティ様と、”農耕長”アガレス様だったな」
「執事長に農耕長……?」
随分と役職ばった二つ名に、アッシュは少し違和感を覚える。
「第五魔界はベルゼブブ様に食事を用意するために、全ての魔将が働いていますからね。配下の魔将の方々は、皆さんそんな感じの二つ名なんですよ。ですがそのおかげで、第五魔界はパンデムでも食文化がとても豊かです。機会があれば是非一度行ってみてください」
「美味しい物いっぱいあるの!? 行きたーい!」
案の定アイリが食いつく。アッシュも食文化と言われると興味が湧いてくるので、いずれ依頼があれば行ってみてもよいだろうと考える。
「後は……ガープ様と話されていたのが”長老”ビフロンス様だったか。ビフロンス様もレンジャー資格を持っていて、D8のレンジャーの取りまとめをしている」
魔将でもレンジャー資格を持っている者がいるということだ。
D8で大きな案件になれば、会うことになる可能性は高いだろう。アッシュはビフロンスのことをしっかりと覚えておくことにした。
「さて……そろそろ到着するが、何か聞いておきたいことはあるか?」
「僕は大丈夫です」
「無いぞ!」
「私も」
レイも特に無いというように頷く。
「よし。では魔将についてはちゃんと復習しておくように。今日は色々とあったが、私からは合格を出しておいてやろう」
「ありがとうございます」
何が合格なのかはよくわからないが、鼻高そうなシャリィに礼を言いつつ、アッシュは今日というパンデムでの貴重な体験を改めて噛み締めた。




