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68.ワヌホート収穫祭

 少し待っていると階段席もどんどん埋まっていく。だが最上段は外部から収穫作業に参加した者の席なのか、空席が目立つ。アッシュ達が座っている席の両脇も他に誰もいない。


 アッシュがふと縁側に目を向けると、そちらも徐々に席が埋まりつつあった。


 わかる範囲では先程の初老の黒エルフとガープが赤い顔で庭を眺めているのと、左側にモレクとレラジェが手を繋いで縁側から脚を投げ出すように座っているくらいであるが、その面子からして魔将用の席なのだろうと推測される。


 とその時、会場となる庭に表にいた妖狐種の巫女達が並んで入ってくる。それぞれ手に楽器を持っていることから、いよいよ祭事が始まるのだろう。


 巫女達は庭の両サイドに広げてある赤い敷物の上に正座で並んでいく。ざわついていた参加者達もピタリと静まり返る。


 アッシュ達を案内した巫女が肩に担いだ鼓を1つ叩くと、それを合図に他の巫女達も演奏を始める。


 演奏が一区切り付いたところで、今度は大幣を持った巫女がゆったりとした歩調で庭の中央へと進み出る。


 周りの巫女達が紅と白の服に対して、唯一青と紫と基調とした服を身に着けていることから、彼女が祭事の主催であるアスタロトなのだろうとアッシュは推測する。


 後ろ姿しか見えないが、腰の辺りから生える9本の尻尾も他の者とは一線を画する輝きを放っており、それだけで神々しさが伝わってくるようであった。


 アスタロトの後ろには2名の巫女。左側の髪を腰の辺りまで伸ばした方は正面に何かを抱えており、右側の頭の上で1つに結った方は布に包まれた棒状の物を抱えている。


 庭の中央まで来た3名が正面に向かって深く頭を下げた後、その後ろから先程収穫したと思われる稲が入った籠を持った巫女が現れる。


 その中に金色の混じった赤い髪、ニーナの姿もあった。


 竜種に襲われたあの日以来に見る魔族としての姿であることも勿論だが、普段見ているギルドの制服から紅白の巫女装束に着替えた姿は、とても新鮮に感じられた。


 ニーナはゆっくりとアスタロトの前に進むと、籠を置いてそのまま後ろ向きに下がっていく。


 アッシュはそこでふと気になって、目を凝らしてニーナの尻尾を数える。7本だ。続いてアスタロトの後ろの2名の巫女に目を向ける。こちらはどちらも8本である。


「やっぱり尻尾の数が多い方が格上なのかな?」


 アッシュは小声で左に座っているアイリに話しかける。


「え、と……あ、たしかにそうかも。ニーナさんは7本だね。9本より多くなるのかな」


「どうなんだろう」


「妖狐種の尻尾は9本が一番多いよ」


 突然アッシュの右隣から声がする。驚いて振り返ると、誰もいなかったはずの席にいつの間にかアッシュより少し年上くらいに見える青年が座っていた。


 青年はアッシュ達に笑顔を向けてから、収穫祭の方へと目を向ける。


 黒い髪を短くまとめ、Tシャツに短パンとラフな格好をしている。魔族の要素は見当たらないためヒト族のように見えるが、ニーナのように隠している可能性もあるので断言は出来ない。


「ごめんよ。聞こえちゃったものだからついね」


「いえ、そんな。魔族のことに詳しいんですか?」


「そこそこだけどね。終わったらもう少し教えてあげるよ」


「お願いします」


 ニーナは役割は終わったのか、階段席手前の柵越しに頭が少し見える位置で待機しており、別の妖狐種の巫女がニーナと同じように稲穂が入った籠を持ってアスタロトの前へと運んでいる。


 アスタロトは置かれた籠にお辞儀をしてから大幣を三度振る。どうやら籠を1つずつ運んではこれを繰り返しているようだ。


 参加者達が見守る中、祭事は何事もなく進んでいった。


***


 最後の籠に大幣を振るうと、アスタロトを含む3名の巫女達も後ろ向きにゆっくりと下がっていく。アスタロトの姿が消えると同時に演奏も止まる。


「祭事が終了しましたので、参加者の方にはお膳をご用意させていただきます。お席でもう少々お待ち下さい」


 放送が流れると、参加者達も再びざわつき始める。


「じゃあ、約束通り教えてあげよう」


 4人の視線が青年へと集まる。


「君が考えてた通り、妖狐種は最初は尻尾が1本だ。そして魔族としての力を磨いていって、神前での正式な手続きを経て尻尾の数を増やしていくんだ。当然ながら尻尾が多い程に数は少なくなって、特に7本以上は努力でどうにかなる域を超えると言われるね」


 力を磨いて手続きを経て格を上げていくというのは、レンジャーのようであるとアッシュは考える。


「この祭事では6本の中で選ばれた者だけが奏者になれて、7本になると稲穂を神前に置く役割を与えられる。そして8本以上は神器を持つ役割を任される」


 つまり横で演奏していた巫女達ですら、多くの妖狐種の中でも選ばれた存在ということのようだ。


「妖狐種は魔族の中でも特に強い存在でね。尻尾が8本になると魔将入りはほぼ確実。ちなみに今いる8本は鏡を持っていたサルガタナスと太刀を持っていたフォラスだけ。そして最高位の9本は大幣を振っていたアスタロトだけなんだ」


 アッシュ達には見えなかったが、左側で何かを前に抱えていたのがサルガタナス、長い物を持っていたのがフォラスなのだろう。


「ニーナさんってやっぱり凄いんだね……」


 アイリから感嘆のような声が漏れる。


「ニーナは色々特殊なんだけどね。でもまあ凄いことに変わりはないよ」


 シャリィが呼び捨てにしているのは理解が出来るが、青年もそれ並の仲なのだろうかと考えたところで、アッシュはふと違和感を覚える。


 この青年はニーナどころか、魔将であるアスタロト達ですら同じようにしていた気付いたのだ。


「待たせたな。これで仕事は終わ ——」


 そこへシャリィが階段を登ってやってくるが、途中でアッシュ達の方を見て口を開けたまま固まってしまった。


「あらら、シャリィも来てたんだ。それじゃあねー」


 青年はシャリィの方をチラリと見ると、それだけ残して突如として消えてしまった。残されたのは固まったままのシャリィと何が起きたのかわからないアッシュ達。


 数秒してシャリィはハッとしてから慌てたようにアッシュに詰め寄る。


「おい! 今あの方と話してたのか!?」


「えーと……そう、ですけど……」


 困惑するアッシュに、シャリィは大きな溜息を付く。


「……お前ら。今のがアース出身の元ヒト族にして、現在魔族最強の”怠惰の魔神”ベルフェゴール様だ」


 魔族最強の魔神。


 今の今まで何事もなく話していた相手がとんでもない存在であったことに、今度はアッシュ達が驚きで固まる番であった。

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