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65.ワヌホート

 遠くに大きな朱塗りの門が見えてくる。


 レイ実家の本家があるD0やD1のとある地域では広く知られている”鳥居”というそれを、アッシュは知らない。


 鳥居の奥には茅葺屋根の平屋の建物。全体を窺うことは出来ないが、見えている部分だけでも非常に大きく立派そうな雰囲気である。


 おそらくそれがニーナが言っていた”総本社”の建物なのだろうとアッシュは考える。


 鳥居へと続く深緑の木々を両脇に置いた石畳の道は、どこを見ても魔族だらけだ。肌が青い者、黒い巻角を生やした者、背中に生えた翼で飛んでいる者、多種多様である。


 エレーネクという土地に慣れていると、これだけ魔族が多いことに違和感すら覚えてしまいそうになる。だが本来的には、魔族の住むパンデム領域ではこちらの方が当たり前の光景なのだ。


 ふと横に目を向けると、木々の間から風に揺れる黄金色の稲穂が見えた。その風景にアッシュはD0の故郷を重ねる。


 アッシュがいた施設の周辺は葡萄一色であったが、少し歩くと広大な麦畑が広がっていたため、収穫の季節には似たような雰囲気になっていたのだ。


「どうした? ぼーっとするな」


 いつの間にか立ち止まって見入っていると、前方から厳しい声が飛んでくる。アッシュはハッとして再び歩き出した。


「は、はい! すいません……」


 声の主は黒いショートヘアに釣り気味の眼をした、凛々しい顔つきの女性。


 レンジャーとして初めて迎えた休日にバーガーショップで遭遇したニーナと一緒にいた、ワーキャット種のシャリィである。


 パンデムの勝手を知らないアッシュ達にはガイド役が付くことになったのだが、ニーナは前日から準備のために向かわなければならないため、代わりにギルド本部でレンジャーの教官を務めるシャリィがその役目を受けたのである。


「ガッハッハッ! そうキツくしてやるな。エレーネクなんぞにいたら、この辺りの風景は珍しくて仕方がなかろう」


「ガープ様がそう仰るならよいのですが」


 そのシャリィの前を歩く白い髭の男が、振り向きざまに豪快に笑う。


 ガープと呼ばれた男もノーム種という魔族であり、更に”土精”の二つ名を持つ魔将である。


 しかも魔将としての順位はセーレよりも上、第一魔界では魔王アスモデウスに続くナンバー2という超が付く程の大物だ。


 ノーム種を含む精霊系は気まぐれで自由な者が多い魔族の中でも特にその傾向が強い。


 このためガープも普段から単独で行動していることが多いらしく、今日も副官にD8に行くという言伝だけを残して来たため付き添いが誰もいない。


 それもあって渡航船乗り場に魔将がいるなどと思ってもいなかったアッシュは、目が合っただけで気迫に腰が抜けそうになってしまった。


 もっともガープは中身は気さくな好々爺だったため、すぐに話せるようになったのだが。


 結果アッシュ達4人は、ガイド役のシャリィに加えて途中で会ったガープを加えた6名で、ワヌホートの首都であるフーレアへとやってきたのだ。


 ワヌホートは全域で農業が発展しており、他の地域で行われている畜産業の飼料という点も含めれば、D8の食の全てを担っているとさえ言われている。


 この地域がそれだけの力を持っている理由として、この地域を支配するアスタロトという妖狐種の魔将が”豊穣”の権能を持っていること、そしてその配下の妖狐種達が全域に住んでいるということが挙げられる。


 そして今日はワヌホート全域で収穫が始まる日にであり、妖狐種達の神社の総本社でパンデムで信仰されているエイワンス教の神に今年の収穫報告と来年の豊穣祈願を行う、通称”ワヌホート収穫祭”の日なのだ。


 ガープもまたD2の食の基盤を支えるエストラ地方の魔将として毎年この収穫祭に参加しているとのことで、アッシュはガープの話から何故ニーナがワヌホート収穫祭の準備を行っているのかも合点がいった。


 おそらく妖狐種が暮らすここワヌホートがニーナにとっての故郷のようなものなのだろう。


 勿論ニーナは次元渡航が理論として構築される以前の生まれであるため、本来的な意味での故郷では無い。


 だが同族や旧知の者が多く暮らしている場所というのは、そうでなくても馴染み深く感じられるのであろうと推測出来た。


 ガープは木々の間から見える稲穂へと少し目を向けてから、アッシュ達の方へと向き直る。


「さて……お前さん達は収穫の手伝いがあるのだろう? ならワシはここで一旦お別れだ。祭事の前にアスタロトと話さないといかんからな」


「色々と教えていただき、ありがとうございました」


「なに。お前さん達こそ年寄りの暇潰しに付き合ってくれて、ありがとうよ。じゃあの」


 ガープはそう言うと総本社の方へと向かって行った。その姿が見えなくなるのを待って、シャリィが口を開く。


「今日の予定だ。これから12時半まで作業した後、13時からの式典に出席する。式自体はそれほど掛からないが、収穫祭の食事はその後になる」


「はーい。ごはん楽しみ!」


「収穫作業者はこれを着ることになっている。作業中は必ず身に着けるように」


 シャリィが渡してきたのは番号の付いた羽織るタイプのユニフォームであった。


 それぞれに15から18までの数字が書かれていることから、少なくとも他に14人は収穫作業の手伝いがいるのであろう。


 と、渡されたユニフォームを着ようとしていた時だった。視界に異質な姿が目に入る。


 純白の羽根を背中から生やしたその姿は、天使族のそれである。だがその頭には牛の頭蓋骨という、おおよそ天使族には似つかわしくない物を被っているのだ。


 牛頭の天使は何やら不安そうに周囲をキョロキョロと見回している。身長はアッシュ達より一回り小さいアイリよりも更に低い。顔は見えないが、もしかしたらまだ幼いのかもしれない。


 連れ添いか誰かを探しているのだろうかと考えつつアッシュが様子を伺っていると、突然その牛頭の天使が声を上げて泣き始めた。


 それに気付いた周囲の魔族達がサッと身を引いていき、混雑している通りに突如として空間ができる。


 アッシュはその突然の出来事に驚きつつも、誰もが避けるような様子を見せていることに少しばかり憤りを感じる。


 だが"誰も手を差し伸べ無いならば自分が"考えて近付こうとしたアッシュも、後ろからシャリィが腕を思い切り引っ張ったために近付くことは出来なかった。


「おい、何をしようとしてる」


「え、困って泣いてるみたいだったので……」


 それを聞いてシャリィが大きな溜息を付く。


「どこまでお人好しなんだ。……まあ知らないなら仕方がないか。とにかく、泣いている時のあの方には近付くな。我々の手に追えるようなことでは無い」


「あの方……?」


 どうやらシャリィは牛骨の天使を知っているようである。その上で近付くなとまで言われると、さすがに何か事情があることは理解できた。


 そこへ今度は総本社から高速で飛行してくる女性が見える。どうやら同じ天使族のようである。


 だがそちらの天使は羽根が灰色に染まっており、頭の上には何故かナースキャップを被っている。こちらはこちらで異様な雰囲気である。


 ナースキャップの天使は身長がアッシュよりも高く、ニーナと同じくらいはありそうに見える。彼女が牛骨の天使の連れなのだろう。


「ごめんねーモーちゃん。時間間違えちゃってた」


「ううっ……レラちゃん……」


 声からして牛骨の天使も女性のようだ。


 聞こえてきた会話から、どうやらナースキャップの方が待ち合わせに遅れたために、牛骨の方が泣いていたようである。


 2名の天使達は二言三言会話した後、総本社の方へと飛んでいった。


「シャリィさんは今の方を知っているんですか?」


「ああ。先にいた方が”涙牛”モレク様、後から来た方が”恋煩医”レラジェ様、どちらも魔将だ」


「魔将……? あれ? 天使族じゃないんですか?」


 アッシュの問いにシャリィは一瞬怪訝そうな表情を見せるが、すぐに理解したように応える。


「あの方達は堕天使種という魔族だ。たしかに元天使族だがな」


 シャリィの言っている意味が理解できず、アッシュは驚いて聞き返す。


「元天使族……ですか?」


「詳しいことは私も知らん。パンデムとエデンはアースと繋がるよりも以前から繋がっていて、よく戦争をしていたらしい。その時にエデンの天使族の一部が何かの影響で魔族化したのが堕天使種だそうだ」


 そもそも”魔族化”という言葉自体が初耳である。種族が変化することなど聞いたことも無い。


 もしかしたらヒト族等も魔族になることがあるのだろうか。そう考えると少し不安な気持ちにもなる。


「モレク様は第三魔界、D11の”傲慢の魔神”ルシファー様に仕えているが、レラジェ様はここワヌホートでアスタロト様の副官として仕えている。天使族の頃から仲が良かったらしく、パンデムの色々な場所に一緒に行っているそうだ。たまにD2でもお見かけする」


 つまり魔族になったとしても、本質は変わらないということだ。


 それを聞いて安心しつつ、パンデム旅行を楽しんでいるという背の低いモレクと背の高いレラジェの組み合わせを想像して、少しだけほっこりとした気持ちになる。


「アッシュー! 早くー!」


 呼び掛けられた方を見ると、既にアイリとレイとダンはユニフォームを来て背中に籠を背負っていた。


「どうしたのそれ」


「そこで貸してくれたぞ。これに入れてもいいって言われたけど、特訓だからこっちにした」


 アッシュが尋ねると、ダンが道端に設置されたテントを指差して言う。


「そうなんだ。なら僕も使おうかな」


「早く早く! 終わらせてごはん食べよ」


 食事は祭事が終わってからなので今急いでも早く食べれるわけではないのだが、どうやらアイリは楽しみにし過ぎて忘れているようだ。


 アッシュはそれに笑みを見せつつ、籠を受け取りに建物へと向かった。

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