6.到着
軽い振動の後、徐々に速度を落として次元渡航船が止まる。
ドアが開くとレンジャーが4名、いずれも張り詰めた雰囲気で銃を構えながら入ってくる。だが何事も無かったかのように話しているアッシュとアイリを見て、銃を下ろして「あれ??」と声を上げた。
その中のリーダーらしき男がアッシュ達に歩み寄り、話しかけてくる。
「シャドウが渡航船内に侵入したとの通報を受けて来たのだが……」
「倒しちゃいました」
そう言ってアイリはシャドウが消滅した後に残った、半分になった核を指差す。レンジャーはそれを拾い上げて確認すると、アッシュ達に向き直る。
「討伐ありがとうございます。お名前と所属ギルドを伺ってもよろしいですか?」
「私はアイリ。ギルドは今から登録しに行くところ」
「アッシュです。同じくギルドには今から登録に行きます」
それを聞いて、後ろで控えていた他のレンジャー達が顔を見合わせる。アッシュも心の中で「そりゃそうだ」と苦笑いする。
アイリの勢いに乗せられて討伐してしまったが、ギルドのサポート無しでレンジャー活動を行うなど、普通に考えれば無謀が過ぎるというものだ。
傭兵団というギルドに所属しないフリーのレンジャー集団の存在はアッシュも知っているが、行き先の選択肢として最初から除外していた程度にはレンジャーとして活動していく上でのリスクが高すぎるのだ。
そしてそれは決してアッシュが消極的という話では無く、傭兵団に志望するのは余程の変わり者というのが養成所の生徒達の認識である。
「……そうでしたか。でしたら登録を済ませた方が良いですね。お二人は先に降りていただいて結構ですよ」
色々と聞かれると思っていたアッシュに対して、レンジャー達はあっさりと道を開けた。
「じゃあお前ら。他にシャドウがいないか、さっさと船内調べて引き上げるぞ」
リーダー格のレンジャーが出す指示を後ろに、アッシュとアイリは渡航船の出口へと向かった。
ホームはとても静かであった。
本来ならば乗り込む客で賑わっているはずだが、船内にシャドウが出たために避難しているのだろう。当然、降りる方も安全確認が取れるまではシェルターからは出られない。
誰もいないホームを改札に向かって歩いていくと、途中で分厚い防護チョッキを身に着けた係員とすれ違う。アッシュ達に気付いた係員は、驚いたような表情で2人を見てくる。
また何か聞かれるのだろうかと思ったアッシュであったが、係員はすぐに何かに気付いたように視線を正面に戻して横を通り過ぎて行った。
アッシュは係員の様子を怪訝に思い視線を向けていた先を追って隣を歩くアイリに見て、その手に剣の柄が握られていることに気付く。
アイリが剣を持っていたおかげで足止めされずに済んだのだろうが、他に誰もいないとは言え一応は既に一般の者も行き交う場所なので、さすがに剣を持って歩くのは憚られる。
「アイリ……さすがに剣はもうしまった方がいいと思う……」
「あ、忘れてた」
アイリは端末を開くと、器用に剣の柄を手の中で一回転させながら収納した。
改札を出てすぐに”ポータルエリア:直進100メートル”と書かれた電光掲示板を見つけて、アッシュは案内に従って進む。
「……ここ来たことあるの?」
先を歩くアッシュにアイリが尋ねる。
「無いけど。どうしたの?」
「道わかってるみたいだったから」
「わかってるわけじゃないけど、どこの街でもギルド関連の建物なら、ポータルエリアから行けるでしょ」
アッシュは何故そんな当たり前のことを聞いて来たのかと思いつつ応える。
—— ポータルエリアは、行き先が固定されたポータルが集まっている場所である。
大きな都市では利用者の多い建物の近くなどの要所要所にポータルエリアを設置しており、そこを通って都市内を自由に移動できるように整備しているのが一般的だ。
当然、渡航船乗り場やギルドの建物などは”利用者の多い建物”に該当するため、ギルド本部に行きたいのであればポータルエリアを探すのが普通である。
「あー……まあ、そうだよね」
「??」
曖昧な返事をするアイリにアッシュは更に疑問を感じるが、敢えて聞くことはせずに再び歩き出した。
歩いている間も、アイリは落ち着かないように視線をキョロキョロと動かす。特段珍しい物があるわけでは無いが、初めて来た場所であればそういうこともあるのだろうかとアッシュは考える。
ポータルエリアに着いたアッシュは、案内板を見てギルド本部行きを探す。
「えーと1のBだから……あれか」
青白い光を放つポータルへと足を踏み入れると、視界が一瞬で切り替わってビルのエントランスホールに出る。ホールの中央には珍妙な形の木があり、その手前に行き先表示があった。
「ギルド窓口、2階って書いてあるね」
「ありがとう。よく見えたね」
「目は良いんだ。もうちょっと先でも見えるよ」
文字を見るために近づこうとしたアッシュだが、それよりも先に続いてポータルから出てきたアイリが読み上げる。
アッシュとアイリは案内板の左を通り過ぎて、真っ直ぐにエスカレーターへと向かう。
2階に上がって辺りを見回すと、右手側に”ギルド窓口”と書かれた自動扉があった。
「……いよいよだ」
ここで手続きをすれば、ついにレンジャーになれる。その事実だけで、アッシュは目が霞むような思いに駆られる。
だがこれはスタートラインであって、ゴールではない。レンジャーとしてどれだけ活躍出来るかが、本当に大事なことなのだ。
アッシュはもう一度気を引き締め直すと、窓口へと入っていった。




