62.【C-調査】ガラド火山②
ジリジリと肌が焼けるような感覚さえする。
支給された冷却用の防具に加えて、自前で用意した冷却機器で周囲を冷やしても、この有様である。
“暑い”ではなく”熱い”のだ。
汗は出た先から蒸発していき、白い結晶を残していく。
「おおー凄いな! あれがマグマってやつか! 熱そうだ!」
「石が溶けたものなんだよ。冷えて石に戻ったのが、この辺りの岩なんだ」
「そうなのか! 面白いなー!」
アッシュの横では、ダンが興味津々といった雰囲気であちこちを見回している。
—— コアケルク大陸のカイン地方とマキナウス地方の間に広がる”ランドルト帯”。
南から吹く風が山脈を登りながら湿気を落としていき、山脈を超えた後のカイン地方にはカラカラに乾いた空気が火山の間を熱を吸収しながら吹き抜ける。
このためマキナウス地方側は湿地帯や木々で溢れる豊かな環境が広がる一方で、カイン地方側には裸の岸壁、そしてランドルト帯を通り抜けた後は灼熱の砂漠という生物に対して非常に厳しい環境を作り出していた。
D2でも特に竜種の目撃情報が多いこの周辺でのクエストは、このような過酷な環境も相まってほとんどがA難易度以上である。
ガラド火山はこのランドルト帯にある。
もっとも火山というのは建前もいいところで、大昔の大爆発で麓のあちこちに大穴が空いたらしく、今は地底から吹き出したマグマの大半がその穴から外へと流れ出しているのだ。
僅かながら頂上付近まで登っているマグマもあるが、少なくとも噴火は起きないと言われているそうだ。
火山を形成するべきマグマは生きているが、火山としての体は成しておらず、生きているとも死んでいるとも言えない中途半端な状態である。
そして万全だった頃にマグマが流れた跡であろう部分は、やや入り組んではいるものの今は空洞となっており、麓の穴から出入りができる。
このため気温も他の火山よりは幾分か低く、狭い空洞を通って頂上まで行けるため竜種と遭遇するリスクもほとんど無い。
レンジャーに取って都合が良い条件が重なった結果、ランドルト帯で唯一C難易度の調査対象となっているのだ。
アッシュ達に依頼された調査というのも、この火山の中の空洞内のチェックポイントを巡るという内容であった。
一本道なのでルートを考える必要も無く、頂上付近まで行って帰りはそのまま引き返せばいいだけである。
とは言えやはり火山は火山。セードル大陸のクエストと比べれば格段にきつい。始まってすぐにそう感じるレベルだ。
(これは回転率悪くても仕方がないよな……)
アッシュでさえこの暑さには、やる気が溶け出てしまいそうな程である。アイリとレイにはかなりキツいだろう。
「2人は大丈夫?」
「……大丈夫」
とても大丈夫とは思えない声に後ろをチラリと見ると、アイリが”言い出しっぺ故に不満を出すこともできない”といった感情が滲み出た表情をしていた。
そんなアイリに対し、レイは意外にも何ともないような顔をしていた。
「ん。問題ない」
「あれ、意外。暑いのは苦手だと思ってたんだけど」
「さっき気付いた。エーテル展開してれば、かなり和らぐ」
そういうことかとアッシュは理解する。
たしかに理論上は周囲にエーテルを展開していれば、熱せられた空気が肌に直接触れることは無い。
通常の装術ではそこまで防ぐことはできないが、昨日教えてもらった方法ならばそれも可能であろう。
「そっか。そういう効果もあるんだ。ダンが元気なのも納得がいったよ」
「……私も絶対にそれ出来るようにする」
昨日までは、軽い武器しか扱わないから程々にやると言っていたアイリのやる気に火が着いたようだ。
「おーい! チェックポイントはこの中みたいだぞ! こっちはちょっと涼しい!」
いつの間にか先に行っていたダンが、前方にある洞穴の前で手を振ってくる。
「ほんと!? よかったー」
アイリが猛ダッシュでダンが待つ洞穴の方へと走っていく。アッシュはふと、ダンの言葉に疑問を感じる。
(あれ……こっちは涼しいって……エーテル展開は……)
戦闘が無いので武器を持っていないからではあるが、どうやらダンはエーテル展開はしていないようである。
単純に持ち前の元気さだけでダンがこの気温の中を動き回っているという事に、アッシュは考えるのを辞めてアイリを追いかけた。
***
空気が籠もって逆に暑いのではないかというアッシュの考えに反して、洞穴の中はたしかに涼しかった。
四方に出入り口になりそうな穴が空いているために風通しが良いことも勿論だが、おそらくマグマからの放射熱が無くなった影響が大きいだろう。
アイリは水をゴクゴクと飲みながら支給品のビスケットを齧っており、周辺よりも少し快適な空間を楽しんでいるようである。
「さてと、補給も終わったし始めますか!」
アイリは端末からツルハシを取り出すと、洞穴の壁面に沿って歩き始める。壁面には採掘の跡と思われる穴が数箇所に空いており、アイリはそれを辿るように周っているのだ。
「ここかなー」
当たりを付けたようで、立ち止まってツルハシを振りかぶる。
キンッと高い音が洞穴内にこだまする。更に続いて二度、三度と響く。すると土色の壁がボロリと崩れる。
「あったりー!」
「何か採れたの?」
嬉しそうにガッツポーズをするアイリの肩越しに壁を見ると、そこには明らかに周囲の色とは異なる黒い塊が埋まっていた。
「オブシダンってやつ。硬くて切れ味が良いから、加工してくれる所に持って行って樹脂製武器の刃にしてもらうんだ。エーテルとの相性も鉄より良いから、武器もこっちの方が長持ちするよ」
「へーそうなんだ」
こと素材に関しては、アイリは相当に深い知識を持っている。オブシダン製の刃というのはアッシュも聞いたことがあったが、これがそのオブシダンであることまでは知らなかった。
アイリはツルハシを置いて杭とハンマーに持ち替えると、その周辺を丁寧に削っていく。アッシュ達が見守る中で、オブシダンの塊がどんどん見えてくる。
「こんなものかな」
今度はハンマーで直接オブシダンを叩く。するとゴロッと音を立てて、オブシダンの塊が壁から取れて地面に落ちた。
「おお! 綺麗だな!」
「だめ!」
ダンがオブシダンへと伸ばした手を、アイリが途中で叩いた。
「な、なにするんだ!」
「さっきも言ったけど、オブシダンは硬くて斬れ味が凄く良いの。尖ってる部分を素手で触るとスパッと斬れちゃうんだから」
「うっ……ごめん……」
ダンはバツが悪そうな表情でアイリに謝る。
「わかればいいの」
そう言ってアイリは厚手の布を取り出す。
「火山だからオブシダンあるだろうなと思って買ってきておいたんだ。これなら持っても大丈夫だから」
アイリはオブシダンに布で被せながらそっと持ち上げ、両手を合わせた掌に載せる。アイリが手を傾けると、オブシダンは輝きを変えながら転がる。その綺麗さに3人共が釘付けになる。
「この大きさで2つ分ってところかな。レイの太刀には使えないけど、それでもせっかくならもう1個分くらいは欲しいね」
「僕のは借り物だし、許可貰ってからだね。それにどれか1つってわけにもいかないから、今回はいいよ」
「りょーかい。じゃあ私の剣とダンのランスの分ね」
ダンのランスに付けるということは、先端が黒くなるということなのだろう。想像すると少し不格好な気もするが、実用性が上がるのであればその方が良いだろう。
「私は加工した時の粉末が欲しい」
「じゃあ渡す時にそう言っておく」
アイリはオブシダンを布で包み込んで小物端末にしまった。
「他はもう大丈夫かな。そしたら次のポイントに行こうか」
「そっか……うん、仕方がないよね……」
洞穴の涼しさとオブシダン採取でアイリはすっかり忘れていたようだが、一応はクエスト中である。どれだけ暑かろうが、仕事はこなさないといけないのだ。