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60.装術の応用

 いよいよ特訓である。4人は家の横のまだ手を付けていない空き地に集まる。


 エレーネク郊外とは言え市街からはやや離れた所あるこの土地は、周囲に高い建物も無く見晴らしが良い。


 養成所に入る前にいた施設も周囲を葡萄畑に覆われた自然豊かな環境であったが、ここは本来的な意味で自然が豊かである。


 ギルド本部と繋がるポータルとは反対側に見える山からはよく風が吹いてくるが、今日はいつもよりも控えめで特訓をするには心地よい程度のそよ風である。


「そういえば、なんで新しい装術なんて教えてもらおうと思ったの?」


 アイリがアッシュに訊ねる。


「それも聞かれるかなと思って、持ってきておいたんだ」


 アッシュは武器端末を操作してハンマーを取り出した。


「あ、それって」


「そう。ランダさんから貰ったやつ。これなんだけど、こうやって!」


 アッシュはハンマーを持ち上げて地面へと振り下ろす。


 するとハンマーの先端が、大きな音と共に爆発を起こし、地面が少し抉れる。アッシュはハンマーから伝わる衝撃を抑えきれず、反動で後方に蹌踉めく。


「わっ。なにそれ」


「法術が仕込まれてるみたいで、衝撃の威力を増してくれるみたいなんだ。ただまあこの通り、扱いきれてなくてさ。諦めようかとも思ったんだけど、ダンのランスを見てやっぱりパワーは必要だなと思い直したんだ」


「確かにアッシュはオールラウンダーだから、軽いのばかり使うわけでも無いしね。よし! ついでだから私もやってみよ。レイ、よろしく。ダンもそっち側だよ」


 アイリはダンをレイの横に立たせてから、アッシュの隣に並ぶ。


「アッシュは筋力強化と防御強化をどういうイメージでやってる?」


「えーと、筋力は身体中にエーテルを通す感じ。防御は身体の周囲を覆う感じ」


 レイの問いに今更と思いつつも、アッシュは養成所で教えられた通りに答える。


「そう。それが基本。でも今からそれを変えてもらう」


「え? そこから?」


「ん」


 予想外のことにアッシュは戸惑う。そこから変えてしまっては、果たして応用と言えるのだろうかという疑問すら感じる。


「パワードスーツはわかる?」


「うん。身体の周りに装着して、エーテルを使わずに力仕事を補助をしてくれる機械だよね」


 装術を使えない一般人でも、パワードスーツがあればレンジャー並の力を発揮することが出来る。


 もっとも動きが鈍くなってしまうので、レンジャーとして活動するには使えない物ではある。


「あれをイメージする。防御強化のために身体を覆うように使っていたエーテルで、身体を支える。筋力強化に回す分も全部そっち」


 たしかにその方法なら、これまで筋力強化を上回る出力を出せるかもしれないとアッシュは感じる。


 身体の中を通す方法は、どうしても元々の能力に依存してしまう。


 だがこの方法はあくまで身体の表面にエーテルを展開するため、正にパワードスーツのように動かすことが出来るということである。


 加えて身体の内外に分けて使っていたエーテルを外側に集中させることができるため、単純にリソースが倍になるのだ。


「わかった。やってみる」


 アッシュは初めて装術を学んだ時のことを思い出す。意識的にエーテルを身体の表面に沿わせて展開していく。できるだけ内側に流れていくエーテルを減らして、体外に集中させていく。


(こんな感じ……)


 そう言おうとしてアッシュは大事なことに気付く。身体が動かないのである。


「できたの?」


 横で同じようにやろうとしていたアイリに聞かれ、アッシュは一度装術を解いてから首を横に振る。


「身体が動かなかった……」


 原因は明らかだった。普段防御に使う方法にそのまま全リソースを割いたのだ。言ってしまえば、可動部の無い鎧に身を包んだようなものである。動けなくて当然である。


「そうなる。じゃあ次はダン」


「僕か? 何をすればいい?」


「シールドを持ち上げてキープしてみて」


 ダンは武器端末からランスとシールドを取り出して構えると、シールドを少し浮かせた。


「こうか?」


「ん。2人共、ダンに触ってみて」


 アッシュとアイリは、レイに促されるままダンに手を伸ばす。


「あれ……なんだろうこれ……」


 ダンの周囲10センチメートル弱のところから急に、硬いというわけでは無いが強い抵抗がある何かに当たったような感触がする。


 それに負けじとアッシュは手を押し込んで行くが、ダンから1センチメートル程手前でそれ以上進まなくなってしまった。


「展開するエーテルはそのイメージ。固め過ぎると動けなくなる。……ダン、少し動いてみて」


 そう言われたダンは、左右に移動したりその場で回ったりと動く。それに合わせて周囲の抵抗も動いていくのが伝わってくる。


「おお……動いてる感じがする……」


「動く時には、周りのエーテルを動かして、それに身体が付いて行く」


「わかった。もう1回やってみる」


 アッシュはダンから手を離し、目を閉じて構える。そして再び身体の周囲沿わせて、エーテルを展開していく。


 だが今度はもう少し柔らかいイメージでと考えてから、そもそも柔らかいエーテルというのが全くイメージできないことに気付かされる。


「……」


 レイがアッシュに手を伸ばす。


「まだ硬い。それじゃ動けない」


 レイの言う通り、指先すら全く動かせる気配が無い。


「いつもの防御強化の時は動けている。出力が増えてるから、制御仕切れてないだけ」


(制御……制御……)


 そうは言われてもと思いながら、心の中で唱えてイメージするように心掛ける。


「ん。少し良くなった。その調子で続けてみて」


 レイはアッシュの横で唸っているアイリに近付く。


「まず動かないってところまですら行かないよ……」


「普通はそう。アッシュが特別」


「うーん。まあ私はグラディエーターかメイジかだから重い武器は持たないし、ゆっくり練習していこうかな」


 そう言ってアイリは剣の構えを解いた。ダンは持ち上げていたシールドを下ろしてアイリの方を向く。


「これ今何の練習してるんだ?」


「ダンが普段やってること。というかモンク族って、これを無意識でやってるんだよね。凄いなぁ」


「そうか。凄いことなのか」


 ストレートに褒められたことに、ダンは満面の笑みになる。レイは再びアッシュの方に近付いてくる。


「良くはなってるけど、まだ実戦では使えない」


 アッシュは周囲に展開したエーテルを解いてハンマーを下ろす。


「ふう……これ難しいね……。後かなり疲れる。ちょっと休憩……」


「これを考えずにやれるようになれば、疲れなくなる」


「あ、じゃあ私お茶持ってくるよ」


 アイリは家の方へと走っていく。


 ほとんどのことは習ってすぐに大体出来るのが普通だったアッシュに取って、ここまで困難なことは数える程しか無い。


 その時のことを思い出しつつ、目の前の難関にアッシュの心は更に燃えていた。


***


 休憩を終えてアッシュは再び練習を再開した。


 アイリは「今日はこれで終わる」と言って、アッシュとレイの横で刃部分にカバーを付けた剣でダンと軽い手合わせをしている。


「ん。また良くなった。ここまで出来るとは思ってなかった。次は動かす練習」


 レイに言われ、アッシュは周囲のエーテルを動かすイメージをする。


「……」


 と考えて動くものでは無いのが難しいところである。アッシュは腕に力を込めて無理やり動かしてみようと試みる。


 すると右腕が力を込めた方向に僅かに動き出す。


 だがそれに手応えを感じたのも束の間、アッシュは強い痛みに襲われる。動き出した右腕がその方向に進み続けて止まらないのに対して、他の部位は全く動かないのだ。


「……って、痛!」


 慌てて解除して尻餅を付きつつ、思わず大声を出してしまう。それに驚いてアイリがビクリと身体を震わせる。


「どうしたの!?」


「いや、うん……なんでもないんだ」


 全く動かないことに少なからず苛立ちを覚えて無理に力を込めてしまった自覚があったアッシュは、誤魔化すようにアイリの目を見ずに言う。


「無理やり動かそうとすると、そうなる」


「う……ごめん」


 だがレイにはお見通しだったようで、アッシュは恥ずかしさに赤面した。しかしそうしていても出来るようになるわけではない。アッシュは気持ちを切り替えてレイに訊ねる。


「なんかこういうのをイメージすればいい、みたいなのってある?」


「私は周りの展開と柔軟化は時間が掛かったけど、動かすのは自然に出来た。だからイメージと言われると、例えづらい」


「そっかぁ……」


 期待していた回答は得られなかったが、少なくとも今の時点まではかなり早いことは間違いないようである。


(得意不得意もあるだろうし、焦る必要は無いか)


 そう考えつつアッシュが横を見ると、ダンが空に向かってランスを突き上げていた。


 おそらくレイ以上に自然にやっているので、聞いても答えは得られない可能性は高いだろうと思いつつ、アッシュはダンにも質問を投げる。


「ダンはさ、これをどういうイメージで操作してるの?」


 ダンは振り向きながら、困ったような表情を浮かべて「うーん……」と考え始める。


「僕達は最初からこれができるからな。どうと言われてもわからないぞ」


「だよね……」


 アッシュは一度でいいので、モンク族の身体を借りてみたいものだと思った。感触さえ掴めればやりようがあるのだが、何も指標がない状態からは難しいものがある。


「でも”操作”ってのは違うぞ。僕は普通に身体を動かしてる感覚でしか無い」


 その言葉を聞いて、アッシュはハッとした。


 レイは展開と柔軟化に時間を要したと言っていたが、おそらくその結果として展開したエーテルを身体の一部と捉えられるようになったのではないか。


 アッシュは短時間でそこまで出来てしまったが、それ故に展開したエーテルを身体とは別物として認識をしていた。


 そのためエーテルを”操作するもの”、或いは”制御するもの”と考えていたのだ。


 だがダンの言葉を解釈すると、そもそも捉え方が間違いだったと推測出来た。


 つまり展開したエーテルは、あくまでも身体の一部であり延長である。それが正しい認識なのだろう。


「ありがとうダン。わかったかもしれない」


「? よくわからないけど、アッシュがわかったならいいぞ」


 アッシュは立ち上がると、再び身体の周囲にエーテルを展開する。


(身体の一部……)


 肌にエーテルが触れている感覚を、意識の外へと追いやる。この状態では感じることができないはずのそよ風を、敢えて意識する。


「……」


 アッシュの右腕が僅かに前方に動く。それに合わせて全身もゆっくりと動く。そして止まる。


「おお! できたじゃん」


 数秒掛けて動いたのは僅か5センチメートル程であった。それでも確かに周囲にエーテルを展開した状態で動いたのである。


「ぷはっ! ……ちょっとだけだったけど動けたね」


「凄い。本当に1日でここまで出来るとは思わなかった。後はそれをもっと滑らかに、動かせるようになるまで練習」


「ありがと。概要は掴めたから、次はこれ慣らしていけばいいね」


 そう言いつつアッシュは、レイやダンの動きを思い出す。まるで違和感の無い、なんだったら平時のアッシュよりも早くこれを動かしているわけだ。


 まだまだ道のりは遠いが、まずは成長をして難関に手が届いたという事実に、アッシュは大きな喜びを感じた。

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