58.【C-狩猟】サミル池周辺⑨
その後アッシュは、狩猟が終わったことを武器端末からギルドに報告した。
何事も無いとは思いつつ一応決まりのようなので、アッシュはニーナから預かっていたエーテル障壁発生装置をマカクエンの周囲に置いて起動する。
それを確認した4人は、獣臭と血臭が混ざる巣穴の洞窟を出た。そしてこの後のことについて考え始めたところで、アッシュはそこで重要なことに気付く。
「そうだ、ダン。僕たちはエーテル体っていう法術でここに転送されて来たから、それを解除して帰らなくちゃいけないんだ」
「一緒には帰れないのか」
「ダンはこの後、ギルドに行ってレンジャー試験を受けることになるから、行き先は私達と一緒のはずなんだけどね」
少し寂しげな表情を見せたダンにアイリが言う。
「でもまずは事情を説明して、ダンを飛行艇に乗っけてもらわないとだ。すぐに到着するって言ってたけど……あ! あれかな」
空の向こうに小さく見える点を見つけて、アッシュは指差した。
飛行艇はそれから数分程で到着した。移動式のコンテナと共に降りてきた、蛙のような見た目のギルド職員にアッシュは近付く。
「マカクエンはこの洞窟の中に置いてあります。えーと、それとは別件で1つお願いしたいことがありまして」
「なんでしょう?」
「彼をギルドに連れて行ってもらうようにセーレ様から別途で依頼されてまして、飛行艇で送っていただけないでしょうか? レンジャーになるしてもらうので試験の手続きもです」
セーレの名前が出た途端に、職員の目が少し泳いだのにアッシュは気付く。やはりこの地域に住む魔族にとって、セーレはそれだけの存在なのだろう。
「はい、わかりました。ではそちらから飛行艇にお乗りください」
職員はダンに飛行艇に乗るように促した。
「また後でね」
「わかった。じゃあな!」
ギルド職員達がマカクエンを移動式コンテナへと移している横で、アッシュ達はダンに別れを告げて、拠点の小屋へと戻っていった。
***
ギルド本部へと戻ったアッシュ達は、ニーナにダンのことを話す。
「はい、報告は受けていますよ。セーレ様からも穏便に片付けてくれたということで、感謝の言葉が届いてます。ダンさんには現在マキナウスの支部で検査を受けて頂いてまして、レンジャー試験もあちらで受けるとのことです」
「そっかー。じゃあこっちに来るのは、明後日くらいになるのかな」
「レンジャー試験はそのくらいかかるんだ。……ところでニーナさん、ダンを僕たちのチームに入れることは可能ですか?」
システムを知らないにも関わらず、チームに加える前提でダンと話してしまったことをアッシュは気にしていた。ダンにあのように言った手前、システム上無理でしたというのはお粗末な話である。
「可能ですよ。通常はギルドで3名1組を作ってからA級チームかS級チームへの引き渡しとなりますが、今回はダンさんだけをアッシュさん達のチームへの引き渡しということで手続きさせていただきますね」
「ありがとうございます」
一先ずは考えていた通りに進みそうなことに、アッシュは安堵する。
「では報酬ですね。今回はダンさんの件も合わせまして、20万ディルとなります。またアイリさんはE4に、アッシュさんはC3に、レイさんはB3に昇格となります」
ディルの額も勿論だが、レンジャーポイントもかなり稼げたのだろう。
「あ! E4ってことは、もうランクアップ試験受けられる?」
アイリがレンジャーカードを眺めながら言う。それぞれのランクで4段階目になるとランク試験を受けられるという話だったはずだ。
「はい、受けられますよ。次回は来月末の日曜日となります。アッシュさんとレイさんも今のペースならば間に合うかと思いますので、是非3人での受験を目指してください」
「わかりました。ありがとうございます」
夢に向かって着実に進んでいる感触を噛み締めながら、アッシュは強く頷いた。
「この後はどうされますか?」
「そうですね……」
アッシュは小物端末を開いて時間を見る。昼飯時はとっくに過ぎているため、まずは昼飯を食べに食堂に行く必要はあるが、いつもならばその後にもう少し続ける時間帯である。
そう考えたアッシュの腕をレイが突付く。目を向けると、首を横に振って「もう終わろう」という意思表示をしていた。
主戦力であるレイには最も負担が掛かっているので、ここは合わせるべきかとアッシュは考える。
「今日はこれで終わります」
「はい。ではお気を付けて」
「また明日ー」
アッシュ達はニーナに背を向けて、窓口を後にした。
3階へと上がるエレベーターへと進みながら、アッシュはふとダンの戦闘での動きを思い返してみる。
ダンはランスのシールドを浮かせて支えたり、マカクエンに対して力負けしない突きを放ったりと、凄まじいパワーを発揮していた。
だが一方で、それ程のパワーがありそうな見た目では無かったのも間違いない。ゆったりとした民族衣装を着ていたとは言え、見えた部分からしてもそこまで太くはないように思えた。
モンク族が狩猟民族でパワーがあることは広く知られているが、その実物を見る機会が今まで無かったこともあって、アッシュは種族全員が筋骨隆々なのだろうと想像していたのである。
そして少なくともダンは、その想像からは大きくかけ離れていた。
「うーん……」
「どうしたの?」
うっかり口から漏れた声にアイリが反応する。
「ダンってそんなに筋肉があるわけじゃなさそうなのに、凄いパワーがあったじゃん。どういう原理なのか気になっててさ。何か方法があるのかなって考えてたんだ」
「ある」
アイリの後ろにいたレイが言う。
「レイは知ってるの?」
そう聞いてから、アッシュはレイも同じであることに気付く。
見た目ではアッシュより力があるようには思えないが、実際にはアッシュでは扱いきれないほどの長い金属製の太刀を振り回して戦闘を行っているのだ。
「モンク族はエーテルで身体を強化してる」
「エーテルで? ということは法術……あれ、でもモンク族は法術は殆ど使えないんじゃないっけか?」
「法術じゃない。いつも使ってる装術の応用」
養成所でも、これが出来て初めてレンジャーとしての訓練を始められる程の基本技術である”装術”の応用。
だがそれ故にアッシュの疑問は消えなかった。装術の応用なら養成所で教えられてもおかしくはないはずであり、加えて基本中の基本のため応用の見当すら付かなかったためだ。
ただ厳密なことを言えば身体能力の向上が基本であり、武器表面にエーテルを展開して硬度や強度を向上させたりレイの抜刀のように飛ばしてリーチを増したりするのは応用になる。
とは言え前者は最低限であり後者も養成所の必修になっている程度には簡単なことであるため、アッシュにはそれらが応用というイメージは無かった。
「装術の応用って……そんなことができるの?」
「できる。とても難しいけど」
その言葉にアッシュの好奇心が疼く。アッシュはこれまで幾つも、”難しい”や”困難だ”と言われた技術や方法を尽く習得してきた。難しいと言われると逆に燃えるのである。
「良ければ教えてもらえない?」
「わかった。でもダンが来てからの方がいい」
たしかに同じことをしているのであれば、例が多い方がわかりやすいのは間違いない。
「じゃあダンが試験に合格したらだね。よろしく頼むよ」
「ん」
新しいメンバーの加入、そして新しい戦闘技能に触れる機会に、アッシュは心が躍る思いであった。