57.【C-狩猟】サミル池周辺⑧
再び森の中に空いた広場へと出る。
この広場は先程と違い、中央に大きな木が1本生えていた。木には果実が幾つもぶら下がっており、マカクエンはアッシュ達に背を向けて腰を下ろして果実を食るような動きをしている。
「……ご飯タイムってことね。よーし、行っちゃおう!」
そう言って走り出そうとするアイリにビスケットと水を渡して宥めつつ、アッシュ達はダンを先頭とした陣形を組んでマカクエンへと向かっていく。
アッシュ達に気付いたマカクエンは、再び姿勢を低くして吼える。
「やっぱ法術は警戒されてるみたいだねー。あれじゃ撃てないよ」
「だね。じゃあアイリは牽制をお願いしてもいい?」
「おっけー。隙を見て攻撃もするね」
アッシュは頷きで返してから正面に向き直る。
それと同時にダンが突撃を始める。マカクエンは爆発を警戒してか飛びかかって来ない。そしてランスの突きをギリギリで躱しつつ、右の拳をダンに叩きつける。
「こいつ……! ちょっと賢いな!」
姿勢が少し前のめりになっていたこともあり、攻撃をシールドで防ぎつつもダンが少し後退する。その間にアッシュとレイが両サイドから武器を振るう。
マカクエンは後退するような素振りを見せたが、直後にアイリがその背面に土の壁を発生させて動きを抑えたため、両腕を広げて2人の攻撃を受ける。
しかしそれは正面がガラ空きとなったことを意味していた。
再びダンが踏み出して首元を狙って突きを放つ。マカクエンはダンに右脚を出して抵抗するが、頭が上がったところを今度はアイリの火属性法術が強襲した。
マカクエンはそこで大きな咆哮を上げると、ダンに向かって両腕で連打を浴びせる。
「うわぁ!」
ダンがバランスを崩して大きく後退する。マカクエンは更に両腕を大きく振ってアッシュとレイに襲いかかる。2人もまたダンと同じ位置まで後退せざるを得なかった。
「いい連携だったよ!」
「でも背後は取れない」
「今のでもできなかったか」
たしかに良いダメージは入れられたが、レイに背面を取らせるには至らなかった。
(もっと大きな隙を作るにはどうしたら……)
「頭に打撃を与えられないかな?」
アイリの呟きにアッシュはマカクエンを見る。マカクエンは最初に遭遇した時と同じ姿勢に戻り、頭は3メートルに届かない程度の高さまで上がっている。
正面すぐ手前で跳躍すれば届く高さではあるが、それはマカクエンに攻撃してくれと言っているようなものである。かと言って距離を空けて跳んで棒で殴り掛かるには高すぎる。
アイリが頭に向かって火の玉を飛ばすが、マカクエンは着弾の直前で左腕を振って、それを消してしまった。
「えーそんなのあり?」
「うーん。ダメみたいだね」
こうなると何か足場を用意するしかない。アイリに土の壁を用意してもらうことも考えたが、常に動き続ける戦闘の中では困難を極める。
マカクエンはアッシュ達をかなり警戒しているようで、最初の時のように積極的に攻撃を仕掛けて来ない。睨み合いが続く。
ふとアッシュの横目に、ちょうど鳩尾くらいの高さの何かが映った。目を向けると、それがダンのランスであったことに気付く。
「……ダン。ランスの上って乗っても大丈夫?」
その言葉に、ダンは不思議そうな目をアッシュに向ける。
「大丈夫だ。でも何をするんだ?」
「ランスを足場にして頭を狙う」
ダンは一瞬、目を丸くして驚いたような表情をした後、笑みを浮かべてマカクエンを見る。
「よし、任せろ!」
そう言ってダンはマカクエンに向かって走り出す。その横をレイが並走し、アッシュはその後ろを追い掛ける。
マカクエンは先程と同じく動かずにダンの突撃を待ち構え、ギリギリを避けつつ右の拳を叩き込む。
だがダンとて何度も同じ手を食らう訳では無い。
突きには然程の力を入れずに避けられたランスを即座に引き戻すと、地に足をしっかり付けてタイミングを合わせ、カウンター気味にマカクエンの拳をシールドで弾き飛ばす。
マカクエンは腕を上方に持っていかれて仰け反った。
アッシュはダンに向かって、スピードを落とさずに突っ込む。
「行くよ!」
「おう!」
アッシュは跳躍してランスの上に来る。ダンはそれに合わせて、ランスを水平に保ったまま一気に頭上まで持ち上げる。
ダンからの推進力も得たアッシュは、そこから更に大きく跳躍した。マカクエンの頭が、視線だけアッシュを追うように動く。
だが弾かれた直後の右腕も、レイの攻撃を防いでいた左腕も、アッシュへと伸ばすには至らなかった。
アッシュは空中で身体を前方へと捻りながら、棒の先端を頭頂部へと叩きつける。
マカクエンの身体がぐらりと揺れて、前方へと崩れ始める。
「レイ! 頼んだ!」
そう言いつつアッシュは頭頂部を叩いた棒の先端を起点にして、身体を回転させながらマカクエンの頭上を抜けて背面へと回り込むと、武器をパルチザンへと持ち換える。
レイは太刀を鞘に収めながらマカクエンの横を駆け抜ける。
そしてアッシュは逆さに落ちながら、レイは全身の力を太刀の先端へと流し込むように、全力の一撃をマカクエンの腰部へと撃ち込んだ。
「ギィイイイイイイイイ!!!」
頭への強い衝撃に気絶の直前であったであろうマカクエンは、高く鋭い叫び声を上げてダンの真上を跳ねるように越えていき、後方に構えていたアイリの方へと転がっていった。
「うわ!」
アイリはそれをすんでのところで横に跳んで回避する。マカクエンはそのまま凄まじい勢いで、森へと逃走していった。
アッシュはパルチザンを当てることで頭からの落下は防いだが、両手でパルチザンを支えていたためにまともに受け身が取れずに背中から地面に叩きつけられた。
「あたたた……腰が……」
武器を離して腰を擦っていたアッシュに、レイが手を差し伸べる。
「無茶しちゃダメ」
「……ごめん……。いけると思っちゃったんだ」
レイはアッシュを引っ張り上げると、脇に肩を入れて歩き出す。そこにアイリとダンが駆け寄って来る。
「どうしたんだ?」
「着地出来なくて腰打っちゃった」
「私も今避けた時に膝切れちゃった。回復するよ」
アイリがロッドを振ると、アッシュの腰の痛みは綺麗に消える。
「ありがとう。助かったよ」
「お。僕も手が痺れてたのが取れたぞ」
レイに下ろしてもらったアッシュは、腰を回して問題が無いことを確認する。その横でダンが自分の手を見つめながら閉じたり開いたりしている。
「エーテル体じゃないから効果は薄いけど、手の痺れくらいなら取れるよ。えーとじゃあマカクエンを追いかければいいのかな」
「そうだね。……やっぱりさっきの巣に戻ろうとしてるみたいだ」
アッシュは地図を出してマカクエンの動きを見る。
「巣穴知ってるのか?」
「さっきのグリズリーの子に教えてもらったんだよ」
「そうなのか! ならすぐ行こう!」
興奮気味に言うダンを今度はアイリが宥めつつ、4人はマカクエンの巣へと出発した。ここまでくれば後少しである。
***
マカクエンはサミル池へと流れ込む川沿い、アッシュ達が巣から出た後に通って来た道を逆行するように移動していた。
だが脚に近い部分に深い傷を負わせたためか、その動きはとても遅いものであった。
アッシュ達は地図で位置を確認しながら、見つからない程度の距離を取りつつ後を追うようにゆっくりと進む。
ようやく巣に入ったところで、アッシュ達は巣穴の入り口まで駆け寄る。
「さっき来た時、寝床っぽいところに麻痺毒のトラップを仕掛けておいたんだ。動きを止めた後、僕がパルチザンで首を狙うよ」
「それで終わりだね」
「うん」
4人はアッシュを先頭にして、音を立てないように歩を進める。広い空間に出る手前でアッシュが中を覗き込むと、予想通りトラップを仕掛けた辺りでマカクエンが丸くなっていた。
アッシュはトラップのスイッチを取り出して起動する。パンッと高い音を立てて針が噴射される。
「ギッ……」
同時にマカクエンが跳び起きるが、短い咆哮をあげるたところで動きがピタリと止まる。
「成功だ! 行くよ!」
武器端末からパルチザンを取り出し、アッシュはマカクエンの横へと駆ける。そしてパルチザンを振り回して勢いを付け、マカクエンの首元へと振り下ろした。
転がっていったマカクエンの頭が、果実にぶつかって止まる。
その後ろで残された身体がゆっくりと崩れ落ちる中、4人はハイタッチをして狩猟の成功を喜びあった。




