5.共闘
—— 現在 渡航船内 ——
アイリは剣の扱いにかなり手慣れている。現役のレンジャーの中でも半分より上には入っていると思える程だ。
だがそれ以上に上手いのが盾の扱いだ。
盾は敵の攻撃に対してタイミング良く防御を合わせることで、逆に相手にダメージを与えることが可能である。
とは言えそれ自体はレンジャーの養成所でも最初の方に習う程度の動作であり、盾を扱う者ならば見えている攻撃に合わせられない方が珍しいくらいだ。
—— という前提でアイリを見ると、おそらくわざとタイミングを外して防御をしているのだ。そして相殺仕切れない分の力を、自身の力に上乗せする形で攻撃に利用しているのである。
この動きのおかげで、攻撃を盾で受けてからの斬り返しが速い上に重い。そこまで含めたレンジャーとしての腕前なら、既に上位10%のBランクすら狙えるのではないだろうかとアッシュは感じた。
アイリは更に、足元を狙ってきた攻撃を軽やかなステップで躱すと、そのまま踏み込んで大きく跳躍する。核を狙いにいくのだろう。
一般的なヒト族の跳躍力では話にならない高さでも、レンジャーであれば普通に届く。
しかし空中では回避ができなくなってしまい、攻撃に対しては必然的に防御しかなくなる。そして防御にシフトしてしまえば肝心の核への攻撃が届かなくなってしまう。
つまりリーチの短い武器で跳躍をして核を狙いに行くことは、戦術のセオリーからは外れていると言えた。
だが、それはあくまで一般論だ。
アイリは盾による防御 —— 最早防御とは言えないのかもしれないが —— をシャドウから伸びる鞭の上を撫でるように当てつつクルリと前回転し、腕力に遠心力まで加えた重い一撃を核に入れる。
相手の攻撃を足場に使うようなことを、盾でやってのけているのだ。
盾のこんな使い方は、少なくとも養成所の教科書には載っていない。僅かでも力加減や操作を間違えれば怪我に繋がるこんな使い方は、基礎を叩き込むための教科書載っているわけがないのだ。
「人のこと変って言っておいて、自分の方がよっぽど変じゃないか……」
アイリの決して”まとも”とは言えない、それであって洗練された動きに、アッシュは思わず独り言を漏らす。だが、内心では大いに湧いていた。
動きは異様だが、それはあくまで”知らなかった”の範疇だ。何か特別な力を使っているわけでは無い。
教科書ベースの身体の使い方は見飽きていたところであったアッシュにとって、久々に学びがいのある対象だ。養成所を卒業してギルドのある次元へと向かう船の中で、早々にこれである。
防御のタイミング、盾の角度、足運び。一通り見させてもらったので大凡は把握した。今ならある程度の連携も取れるだろう。後はアレンジを加えて自分の形にしていけばいい。
久しぶりの興味深い戦闘技術に高揚感を感じつつ、アッシュはアイリの動きを邪魔しない程度に距離を取って横に並ぶ。
この状態で改めてアイリを見ると、小柄であることがよくわかる。アッシュと比べても頭1つ分くらいの差があり、性別を考慮しても背が低い方であると言える。
だがそれ故に、先程のような機動力の高い動きがよく映える。
装術で身体能力を向上することができるレンジャーにとって体重の差はあって無いようなものだが、身体のサイズは法術でも使わなければ変えることは出来ない。
このため小さい者は俊敏に立ち回り、大きいものは大振りな動きになりがちなのだ。
その点において —— 実際の動きの”まともさ”はともかくとして —— "小ささを利用した高い機動力で動きつつ速度という名の力を叩き込む"というアイリの戦い方は、理想的と言える。
「どこで習ったか教えるよ」
「え、今?」
アイリの問いかけには返さずに、アッシュは向かってきたシャドウの鞭を少しズレたタイミングで盾を構えて防ぐ。そして攻撃の残威力を、身体の軸を使って相手に返すように剣を振る。
(いつも以上に強く振れた……気がする)
少なくとも斬り返しはタイミングを合わせた時よりも確実に速かったので、大凡は出来ているだろう。
ただ、盾を持つ側の腕にまだ少し防御時の衝撃の名残がある辺り、身体能力に合わせた調整はまだ必要なようである。
アイリは驚いた表情でアッシュを見る。
「今の動き私の!? どういうこと!?」
「大したことじゃないよ。真似は得意なんだ」
「得意ってレベルじゃなくない? 身体の動かし方とか、ほとんどそのままだったし。……でも納得はできた」
「それはよかった」
アッシュは簡単に返しつつ、向かってきた次の攻撃に対して再びアイリの技を使う。今度は更に全身の力を抜いて、より受け流すことを意識してみる。
だがアッシュの予想に反して、残威力のエネルギーは身体を思っていたよりも回転させた挙げ句、剣はシャドウに当たる直前で手から抜けて、あらぬ方へと飛んでいってしまった。
「何やってんの!?」
アイリが叫びつつフォローに入る。アッシュはその間に、剣が転がったところまで走って行って拾い上げる。
「ごめん、調整ミス。でも感覚は掴めたよ」
「……ま、一発目であそこまで出来てたし、信じてあげる」
そう言いつつアイリは、お手本のように綺麗な斬り返しを決める。
先程のアイリの核への一撃は勿論のこと、核以外への攻撃でも少しずつではあるが消耗させることが出来ているようで、シャドウは最初よりも攻撃のペースも威力も落ちてきている。
攻めに回るにはちょうど良い頃合いだ。
「じゃあちょっとだけ、時間稼ぎお願い」
そう言ってアイリは後ろへと下がった。
攻撃を捌きながらアッシュが後ろを覗くと、アイリは足元に透明な靄が掛かっているのがわかった。エーテルを溜めて一気に放出して突進する、装術の派生技であろう。
であればアッシュが次に取るべき行動は決まっている。
「引き付けお願い!」
「了解!」
アッシュは先程アイリが核にダメージを与えた動きを真似て、大きく跳躍する。
視覚があるのかは不明だが、シャドウはいっそうに警戒したかのように鞭の先端をアッシュへと集めてくる。それを盾で触れるように往なしながら、宙で前回転をする。
アッシュの役割はあくまで囮になることだが、目的はアイリの攻撃に邪魔が入らないようにすることである。ならば、アイリに攻撃を確実に決めてもらうための動きも役割の範疇である。
「今!」
アッシュは回転の勢いを加えて剣を振り下ろす。剣は核を捉えずに、アイリとシャドウの間の鞭を一気に斬り落とした。
「やあっ!!」
バギンッと渡航船の床が削れて砕けるような音と共に、アイリが一直線に跳んでいく。
尾を引きながら霧散していくエーテルに髪の色が映り、アッシュにはそれがまるで金色の流星が真っ暗な夜空へと駆け抜けていくように見えた。
アイリの剣がシャドウの核を深々と貫ぬく。アイリは勢いを少し抑えながら、シャドウの上を飛び越えていく。シャドウの核は、貫かれた箇所から真っ二つに割れる。
「やっ……と、わわっ!」
続いて盾で受けようとしていたシャドウの鞭がふっと消えてしまい、アッシュは宙でバランスを崩して尻から床に落下する。
シャドウは2つに割れた核を残して消滅した。
「完璧だったよ! ありがと!」
「どういたしまして」
着地まで綺麗に決めて近づいてきたアイリの手を取り、尻を擦りながら立ち上がったところで、間もなく目的地に到着する旨の船内放送が流れてきた。