54.【C-狩猟】サミル池周辺⑤
拳を弾き飛ばされたマカクエンは、まるで先程ランスを弾かれたアッシュのように後ろに仰け反る。
そしてそのまま倒れるかと思われたが、ギリギリのところで腕を地面に突いて回転しながら体勢を立て直すと、大きく跳躍してどこかへと去ってしまった。
「アッシュ! マカクエンが行っちゃったよ!」
後ろからのアイリの声に、アッシュはハッとして振り向く。
「あ、まずい! 発信器も付けてない!」
「今のやつか? あいつなら池の方に行ったと思うぞ」
声変わりもまだであろうと思われる少し高めの声に驚いて再び正面に目を向けると、ランスを持った少年がニコリと笑い掛けてきていた。
「そうなの?」
「相手の習性を知るのは狩りの基本だからな」
アッシュの問い掛けに少年は、笑顔のまま応える。その横で追い付いたアイリが、グリズリーの少女に近付いて、目線に合わせるようにしゃがむ。
「あのお猿さんは貴方を嫌がってるの。危ないから、もう出てきちゃダメだよ」
「うん……」
さすがに怖かったのか、少女の目には涙が滲んでいた。
「今日はもうお家に帰って待っててね」
少女はコクリと頷いて森の中へと消えていった。
「さて……と」
少女を見送ったアッシュは、改めて前に立つ少年に目を向ける。少年は見た目こそヒト族のようであるが、服装がやや変わっている。
カラフルな色合いながら作りは簡素で、アースでも見掛ける民族衣装のような雰囲気である。そして先程見せたランスのシールド扱い。アッシュには思い当たる節があった。
「まずはあの子を助けてくれてありがとう。僕はアッシュ。こっちがアイリとレイ。3人共アース出身のヒト族です」
「僕はダン。ターレントのモンク族だ」
アッシュのようにランスのシールドを接地させて使う場合、受け待ちになるため実質的に相手の攻撃タイミングに合わせてダメージを返すことは不可能になる。
そして浮かせたところで、やはりその重さ故にタイミングを合わせるのは困難である。
それをダンと名乗った少年は、正面からよりも自身への身体の負荷が大きい上からの攻撃に対して、何事もなくやってのけたのだ。
そのパワーと特徴的な服装から、敢えて開発を進めずに元々の狩猟生活を維持しているというターレント領域の”モンク族”では無いかとアッシュは推測したのだ。
「アッシュ。このダンって子がセーレさんが言ってた……」
「間違いないだろうね。ヒト族では無かったけど」
アッシュとアイリは互いに耳打ちをする。レイもその横で首を縦に振る。
「どうした?」
ダンが首を傾げて訊ねる。
「いや、ちょっとね……。最近この辺りにいたんだよね。何をしてたの?」
「特訓だ。ここは強い動物が多いからな。狩りをして食ってた」
それを聞いてアッシュはなんとなく事情を察する。
「実はついさっき、『最近ランスを持った奴が住民の魔族を追いかけ回したりして森を荒らしている』って話を聞かされてね」
ダンはそれに対しムッとした表情になる。
「それは違う! 僕の飯を盗んだやつを追いかけたり、襲ってきたやつを返り討ちにしただけだ!」
やはりかと思いつつアッシュは苦笑した。アイリも理解したように大きな溜息を付く。
つまりはエルフ達が過敏になっていただけということだ。
この森は肉食の魔族も暮らしており、決して狩りが禁止されているというわけでは無い。ダンが行った狩りというのも、あくまでも個人で食べる範囲であろう。
しかもダンが狩って得た食糧を盗もうとした者が逆に追い駆け回されたというのであれば、それは当然の報いでしか無い。
おそらくそれを都合が良いように、森の警備をしていたエルフ達に伝えたのであろう。
「事情はわかったよ。ダンは悪くない」
「そうだ!」
ダンは何度も首を縦に振る。
「ところで今は何を?」
「あの白い猿を追いかけていた。この森の動物ではあいつが一番強いみたいだからな」
つまり目的はアッシュ達と同じというわけである。
おそらくレンジャーでは無いためエーテル体では無いが、かと言って獲物を奪うようなことをしても絶対に引かないことは予想出来る。狩猟民族のモンク族なら尚更の話だ。
であれば、一緒に行動した方が良いのは間違いない。
「僕達は依頼を受けて、あれを狩らないといけないんだ。もしよかったら協力しない? 僕達は習性とかをよく知らないから教えて貰えると嬉しいし、こちらも狩りのために用意出来る物はあるから力になれると思うんだ」
「? よくわからないけど、一緒に狩るならいいぞ」
「ありがとう。助かるよ」
下手に理屈を捏ねる必要も無かったようだが、一先ずは心強い協力者を得られてアッシュは小さくガッツポーズをした。