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53.【C-狩猟】サミル池周辺④

 アッシュ達は洞窟の近くから流れる川を右手に見ながら、サミル池へと向かって歩く。


 川の両脇も森であることは変わりないが、岸から5メートルほどは整備されたかのように平らで歩きやすく、狩猟クエスト中で無ければ散歩でもしたい程の陽気であった。


 このままマカクエンがよく現れるという、サミル池に出ようと考えていたその道中の中程まで差し掛かった時だった。


 左側の森の方から、地面を何度か踏みつけるような音と大きな咆哮が聞こえて来る。


「今の!」


「うん。たぶんそうだろうね。行ってみよう」


 3人は背の低い木を掻き分けて森へと入る。


 そして道なき道を少しばかり走ったところで、前方から茶色い塊が飛んできてアッシュ達の前へと落ちた。その塊はグルグルと3回ほど転がった後、地面に伸びた。


 それは先程別れたばかりのグリズリー種の少女だった。


「だ、大丈夫!?」


 アッシュは仰向けに倒れている少女の顔を覗き込む。すると少女はパチリと目を開けたかと思うと、素早い身のこなしで起き上がりつつアッシュから距離を取って威嚇を始める。


(元気だ……)


 嫌われていたことを改めて思いださせられて再びショックを受けるアッシュだが、とりあえず少女が無事なことに安堵した。


 少女がアッシュの後ろのアイリに気付く。その途端、少女は顔を歪めて涙をボロボロと零し始めた。すかさずアイリが近付いて少女の頭を撫でる。


「よしよし。どこか痛いの?」


 少女は首を横に振る。そこそこの勢いで飛ばされて来たようにアッシュには見えたが、それでも痛い所は無いという辺りは、さすが魔族ということなのだろう。


「良かった。何があったか教えてくれる?」


「ハチミツ……お猿さんに取られちゃったの。それでね、返してって言ったのに返してくれないから、えいって引っ掻いたの。そしたら掴まれて投げられたの」


 少女の爪には赤い血が付いている。ウルフベアをも彷彿させる鋭い爪での引っ掻きは洒落にならないが、こればかりはマカクエンの自業自得なのは間違いない。


「じゃあ私達がお猿さんをやっつけて来るよ。新しいのをあげるから待っててね」


 そう言ってアイリがハチミツの瓶を取り出して渡すと、少女は嬉しそうにハチミツを舐め始めた。アイリは少女にニコリと笑いかけた後、真剣な表情でアッシュとレイの方を振り向く。


「行こう」


「だね」


「ん」


 3人は少女が飛んできた先へと駆ける。


 木の間を十数メートル程進むと、芝生で覆われた開けた場所に出る。その中央に白い毛の塊 —— マカクエンが蹲っていた。


 マカクエンはその黒い顔をアッシュ達へと向けると、甲高い鳴き声を上げながら飛び上がって戦闘態勢に入る。


 アッシュはランスを取り出して、シールドを低く構えてマカクエンの様子を窺う。


「僕が攻撃を受けるから、レイは好きなように動いて。アイリは僕とマカクエンのライン上に立つのを意識しながら攻撃法術中心でお願い」


「おっけー」


「了解」


 アッシュは2人の返事に頷きで返してから、身体を隠すようにシールドを持ち上げる。


 ランスのシールドも片手で持たなくてはいけないことに変わりはないが、如何せんサイズも厚さもグラディエータークラス等が持つものとは桁違いである。


 それ故にあちらは”盾”と呼ばれるのだが、当然”シールド”の方は重さも桁違いであるため動きは鈍重になりやすい。


 だがそのランスにおいて、機動力があると言える動きが1つだけある。それが”突撃”である。持ち上げたシールドで身体を保護しながら、ランスを真っ直ぐ正面に向けて走るのである。


 シールドでの防御は、アッシュ程度のパワーでは接地させた状態で行わないと受けると同時に逆に吹き飛ばされてしまうため、止まるタイミングの見極めが肝心になる。


 だが少なくとも走っている間はとても楽しい気分になるので、アッシュはランスの突撃は好きであった。


「……行くよ!」


 ランスを先端をマカクエンへと向けてアッシュは走り出す。その後ろにレイが付く。


 マカクエンはそれに合わせるかのようにアッシュへと飛び掛かって来ると、ランスの先端を突き上げるかのように頭突きをかます。


 突撃の勢いも加わっていたはずだが、ランスはマカクエンの額に傷一つ付けられずに上へと大きく弾かれる。


「そんな!?」


 予想外の動きにアッシュは仰け反りそうになる。


 だがすぐにランスをしっかりと握って全身に力を込め、隙を最小限に留めた。そして流れるような動きで振り下ろされたマカクエンの拳を、なんとか接地させたシールドで防ぐ。


 その合間にレイが太刀で斬り込むが、それはバックステップで躱されてしまった。


「うーん、傷一つ無し……頭はかなり硬いみたいだね」


「動きも速い」


 そう会話している間に、マカクエンが再び殴りかかってくる。アッシュは右の拳をシールドで防ぎつつ胸部に突きを入れるが、それもまた硬い筋肉に弾かれてしまう。


 その右手側を抜けてレイが飛び出すが、マカクエンは今度は両腕を振り上げてアッシュとレイそれぞれに殴り掛かる。だがアッシュはサイドステップでレイとの間に割り込んで拳を防ぐ。


 突然アッシュがいなくなったことで右腕が空を切ったために、マカクエンが少しバランスを崩す。


 その隙を突いてレイが更にアッシュの右へと飛び出てマカクエンへと斬り掛かるが、左腕を激しく振られて有効打を与えられない。


「っ……!」


 と、アッシュとレイが苦戦している上をアイリが法術で作り出した火の玉が飛んでいき、マカクエンの顔面を捉えた。


「ギャッキィィィ!!」


 マカクエンは驚いたように大きく後退すると、顔を掻きむしる。


「効いた……?」


「法術が効いたというより、熱が効いたのかな」


「中は弱い」


 レイの言葉にアッシュは思案する。


 表面が硬い分、内側はそこまで強く無いのかもしれない。であれば火属性の法術のように熱を持つ攻撃、或いは打撃で内側にダメージを与える方法が有効ということになる。


 今3人が持っている武器の中では、レイが持っている大剣が最適と言える。だがおそらくレイは太刀以外はまともに使ったことすら無いだろう。


 アッシュが借りるということも可能ではあるが、如何せん大剣は重量が尋常ではないこともあって、マカクエンのような相手にはそれこそランスがいてようやく攻撃が成立し得る。


 ランスが使えるアッシュが大剣を持っては、元も子もない。


 そうなると次の候補は、アッシュの別の武器であった。


 ガーディアンの1つ目の武器は、先程からアッシュが使っているランス。大きなシールドで味方全体の防御の要となり、他の攻撃専門を活かす。


 2つ目はパルチザン。長い柄の先端に斧を付けた形状で、振り回して強い斬撃を与える。


 そして3つ目。扱い易さに対して有効打を与えられるまでに相当な訓練を要する、全武器の中で最もピーキーな性能を持つ武器。


(“棒”か……)


 先端に付いた硬い金属部がメインだが、その最大の売りは武器全身が攻撃部であり防御部であり柄であるという自由度の高さ。


 使いこなせれば攻撃面も防御面もトップクラスとまで言われる”打撃”武器である。


 今回はランスがいる場合の立ち回りの練習も兼ねるつもりでいたが、如何せん相手が悪い。アイリの法術のみというわけにはいかないので、作戦は変えざる得ない。


 そう判断しかけたところで、マカクエンから見て右方の低木がガサリと揺れたのにアッシュは気付いた。


 まさかと思い目を向けると、木を掻き分けてグリズリーの少女が出てくるところであった。


「あっ! 出てきちゃダメ!」


 アイリが叫ぶ。だがその声が少女に届くよりも早く、マカクエンが少女に気付く。


 そして歯を剥き出して少女へと飛び掛かかっていく。アッシュも駆け出すが、大きさも身体能力も上の相手に対して、追い付くことなどできるはずもなかった。


(間に合わない!)


 マカクエンの拳が少女に振り下ろされる。少女は呆然としたまま、立ち尽くしていた。


 その時だった。


 少女の背後の低木が再びガサリと揺れ、今度はヒト族のような少年が飛び出してくる。少年の手にはランスとシールドが握られていた。


 予想などできるはずもない闖入者にアッシュが目を丸くしている中、少年はマカクエンと少女の間に割り込み、その拳をシールドで弾き飛ばしたのであった。

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