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52.【C-狩猟】サミル池周辺③

 最初に転送されてきた小屋を通り過ぎ、マップを元にサミル池の方へと続く森の道を歩いている途中、アッシュはふと道端へと目を向ける。


 セーレの森を抜けた後は熱帯雨林と公園が混ざった独特の雰囲気は無くなり、エレハス山の南登山道によく似た普通の森になっていた。


 その道端に生える低木から、何者かがジッと見つめているようにアッシュは感じたのだ。


「……誰かいるの?」


 返事は無い。アッシュは首を傾げつつ道端の小石を拾って、奥の木に投げつけた。


「ぴゃあ!?」


 木に当たった小石は高い音を森に響かせ、それに驚いたように高い声が発せられる。そして同時に、低木から少女が飛び出て来た。


 少女はヒト族であれば10歳ほどの見た目で、両手足の先がこげ茶色の毛皮で覆っており、その先端には鋭い爪を生やしていた。


 頭頂部からは同じ色の丸い耳が、毛皮よりやや明るい茶色の髪の間から1対出ている。


 グリズリー種である。


 少女はアッシュ達の視線に気付いてハッとした後、涙目になりながら低く唸り始める。


 野生動物かと思いきや、まさかの魔族の少女である。アッシュは驚かせてしまったことを後悔した。住民ならば話を聞きたいところだが、この様子ではとてもではないが聞けそうに無い。


 そう考えて動けないでいたアッシュの後ろで、アイリが端末を操作してハチミツの瓶を取り出す。ウルフベア狩りの後、再びヘイス草原の調査クエストに行った時に集めたものだ。


 アイリは蓋を開けてグリズリーの少女の方へと歩み寄ると、その間にハチミツ瓶を置いた。


 少女はキョトンとした表情でアイリを見つめたまま、ハチミツの瓶へと近付く。そして瓶を手に取ると爪の先端を少し付けて、口に運んだ。


「……えへへ」


 少女が頬を緩ませて笑顔を見せる。


「驚かせちゃってごめんね。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


 少女はハチミツ瓶の底まで爪を入れながらコクリと頷く。


「マカクエンがどこにいるか知らない?」


「マカ、クエン?」


「白い大きなお猿さん」


 それを聞いた少女の顔がパッと明るくなる。


「知ってる! あの暴れん坊! みんな困ってるの」


 少女は瓶を持っていない手を上げて振り下ろす。マカクエンの真似をしているようだ。


「私達はセーレ様にお願いされて、そのお猿さんを狩りに来たの。もしどこにいるか知ってたら教えて欲しいんだ」


「あ、わかった! レンジャーだ! じゃあ教えてあげる」


「知ってるんだ」


「うん。着いてきて」


 アイリがアッシュとレイの方を向いて、ウィンクをしながら親指を立てる。やはり住民に聞くのが一番手っ取り早い。


 だがアッシュは安堵しつつグリズリーの少女へと一歩近付くと、その途端に少女はアッシュをキッと睨みつけて再び唸り声を出した。


(嫌われてしまった……)


 アッシュはショックを受けつつも、形の上では自分から仕掛けてしまった以上は仕方無いと諦め、今回はアイリに任せることとした。


***


 少女に連れられて来たのは、周辺より数十メートル程高くなった場所との間の崖であった。


 ここマキナウス地方は北部のカイン地方との間に巨大な山脈を抱えているが、それ以外に山らしい山は無いため、この程度の高さでも割りかし目立つ。


 その崖の途中に洞窟の入り口が空いている。いかにも何か出そうな雰囲気である。


 マップで見るとこの崖の近くから川が始まっており、そこから北へ数百メートル行ったところにサミル池があるようだった。高台に降った雨が集まっているのであろう。


「いつもここで寝てるの。お昼だから今はいないかもしれないけど」


 洞窟からはアッシュでもわかるほどの獣臭が漂う。


「ありがと。じゃあこれから戦いになるかもしれないから、離れててね」


「うん、わかった。じゃあねー」


 そう言って少女は森へと走り去っていった。


「中に入ってみようと思うけど……僕とレイで先に入るから、アイリは入口で見張りをお願いしてもいい?」


「りょーかい。じゃあここで見ておく」


「もし中にマカクエンがいたら戦闘に移るから、音が聞こえたら入ってきて。……行こうか、レイ」


「ん」


 アッシュはランスのシールドを構えて中へと進む。その後ろを太刀を持ったレイが付いていく。


 洞窟を10メートル程進むと広い空間に出る。天井には高台の上と繋がる穴が空いているため、通路よりも明るいくらいである。


 壁際には大きな果実や葉が転がっており、マカクエンがここを寝床にしているのは間違い無さそうである。だがマカクエンの姿はどこにも見当たら無い。


「やっぱりいないみたいだね。そしたらトラップでも仕掛けておこうかな」


 アッシュは端末から以前買ったガス噴射で針を飛ばすトラップを取り出すと、葉が特に厚く重ねられている場所へと近付く。


 獣臭も特に濃く思わず吐き気を催すが、それ故にベッド代わりであると推測出来た。


「それは何?」


 レイの問い掛けに、アッシュは本体とリモコンを手に取って見せる。


「この中に液化ガスが仕込まれてて、リモコンでスイッチを入れると気化した勢いでこの針が飛ぶんだ」


 そう言いながら、次に針に仕込む用の毒液の瓶を取り出す。


「これがこの前アイリに精製してもらった毒液。これを針に仕込むんだ。今回は針に麻痺の毒液にする。対象が弱っているほど効きやすいから、マカクエンが最後にここに逃げ込む事を考えてこれにしようと思って。……よしと、これでいいね」


 アッシュは筒の横の装填口を開いて針を入れると、マカクエンのベッドにトラップをセッティングして立ち上がる。


「そしたらマカクエンを探しに行こうか。天井の穴から入ってくるかもしれないから、また後ろの警戒をお願い」


「わかった」


 今回はウルフベアの時のように、行動範囲を限定する術は無い。そのためいかに対象が狩猟最低難易度だとしても、この広い森で追いかけるのは一苦労である。


 その点において寝床を押さえておけたのは、非常に有効と言えた。


 久しぶりの狩猟クエストであったがいきなり掴めた手応えに、アッシュは嬉しさを噛み締めるのであった。

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