51.【C-狩猟】サミル池周辺②
「……ありがとうございました」
アッシュは自分のことを含めて許して貰えたことに礼を言う。
「んー? あなたがお礼を言うことでは無いでしょ。分かりづらいのも事実だしね」
セーレはそう言いながらアッシュ達に笑顔を向ける。こうしている時は分体とも雰囲気は変わらない。
「さてと。ここに来たってことは、もう知ってるんだよね。私からのお願いは、向こうのサミル池の辺りの森で暴れてるマカクエンを狩ってもらうことだよ。最近、自分が強いんだと勘違いしちゃってるみたいで、好き放題しててみんな困ってるんだ」
ニーナの例もあるので”最近”というのがどの程度なのかは不明だが、暴れているマカクエンを狩猟すればいいということに変わりは無い。
「セーレ様よりは弱い……ですよね?」
「当然だよ。だから私がやってもいいんだけど……めんどくさいからあなた達に任せたの」
何故わざわざ依頼してきたのか考えていたが、その予想外過ぎる理由にアッシュは思わず力が抜けそうになる。
「そうだ。さっき森エルフ達が言ってた『ランスを持った男のヒト族』ね。そっちもお願いしていい?」
唐突な追加の依頼であるが、この手のことはよくある話だとアッシュは養成所で聞いたことがあった。
受注後にこうして依頼主に会いに行くことがあるのも、このようについでに出来そうな追加の依頼がある場合を想定してのことである。
「それはどのような内容でしょうか?」
「ここ数日くらい、サミル池の周辺で動物を狩ったり住民を追いかけ回したりしているヒト族がいるって、森エルフ達が騒いでるんだ。もし見つけて捕まえてくれたら、追加の報酬を払うようにニーナに言っておくよ」
その依頼にアッシュは不穏な空気を感じる。
先程のエルフの男の扱いを見た後である。もしアッシュ達が捕まえたとして、その相手はどうなるのか、考えるだけでも恐ろしくなる。それだけは確認しなくてはいけないだろう。
「セーレ様。もし捕まえたとしたら、その相手はどうされるのですか?」
「んー? 別にどうもしないよ。あっそうだ。あなた達レンジャーなんだから、連れて行って貰えばいいんだ」
良いことを思い付いたとでも言うかのように手を叩いて笑顔を見せるセーレに対して、アッシュ達は完全に置いてけぼりを食らっていた。
「あの……セーレ様。理解が追いつかないのですが……」
「あ、ごめんねー。まず私はそのヒト族に対して別になんとも思ってはいないの。だって追いかけ回されたりしてるのって、その子が弱いせいでしょ? 強ければ返り討ちにできるじゃない」
アッシュはセーレの言いっぷりに驚かずにはいられなかった。
魔族が個の強さを重視するというのは当然知っていたが、それでもアルラウネ種のような種族ならば『森の住民を虐めた罰を与える』とでも言うものかと考えていたからだ。
だがセーレの考えは、あくまでも弱いことが悪であり、セーレ自身がそれに干渉しようとは思っていないということのようである。
「私としては、マカクエンは被害が大きいから放置もしてられないけど、ヒト族1人くらいならどうでもいいんだ。でも森エルフ達が『森と住民を守る』って煩いから、ギルドに引き取ってもらいたいなって思ったの」
セーレに対してエルフ達は仲間意識が強いのだろう。
「というわけで。まずはマカクエンの狩猟をしてもらって、可能であればランスを持ったヒト族の捕獲もお願い。マカクエンはサミル池の辺りによくいるらしいから、まずはその辺りを探してみて」
「わかりました」
そう返したアッシュの後ろで再び植物の壁が開いた。
サミル池は最初に来た時の看板で、今いる森の反対を向いた矢印に書いてあった場所だ。
とりあえずは来た道を戻ることになるかと考えてマップを開いたところで、アッシュは大事なことに気付かされる。
「……アイリ、レイ。帰り道わかる?」
「マップ使えないの?」
「うん。ほらこんな状態」
武器端末付属の周辺マップはサミル池周辺までしか映っておらず、反対方向に2キロ程歩いてしまった今いる場所は範囲外なようだ。
アイテム端末の方は汎用品なので、そもそもこんな森の中の路までマッピングされていない。方向は掴めていても、あのジャングルのような森では迷うこと必至である。
「どうしよう……私も覚えてはない……」
「私も」
レイも首を横に振りながら言う。と、相談していた3人にセーレが声を掛ける。
「あ、もしかして道わからない?」
「はい……マップが使えないみたいで……」
「森の端の小屋までだよね。じゃあ私が案内してあげる」
セーレがそう言うと同時に、地面から木の根が顔を出して広場の出口の方を指し始めた。
「根っこが指してる方に歩いていけば大丈夫だよ」
「ありがとうございます。助かります」
「気にしないで。小屋の手前までは全部私の身体の一部だから」
アッシュ達は昨日から三度目の驚愕に顔を見合わせると同時に、『セーレの森』という名前の真の意味を理解することとなった。
***
広場から出ていく3人のヒト族の背中をセーレは見送る。
「……あんなに震えちゃって。でも良かったよ。ただの無知な礼儀知らずなら食べちゃおうかと思ったけど、あなたはちゃんと理解した上で勇気を出したんだね」
力が絶対の魔族では、他者を助けるためにセーレのような相手に意見するなど普通ではない。
それが親子や愛する者でも無い、ましてや直前まで自分に害意を示していた者のためなど、まずありえない話である。
「ふふっ。あーあ! これだからヒト族ってのは面白いんだ!」
雨が上がり雲の隙間から出てきた陽射しを浴びながら、セーレは嬉しそうな表情で背伸びをした。




