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50.【C-狩猟】サミル池周辺①

(……どうしてこうなったんだっけ)


 アッシュは歩きながら、何が悪かったのかを必至に考えた。


 依頼に出発し、着いたのは雨が振る森の中の小屋だった。


 支給品の中にあった雨合羽を羽織って出ると、小屋の正面に左向きで『セーレの森』、右向きで『サミル池』と書かれた木杭が打ってあった。


 最初にセーレに会いに行くようにニーナに言われていたので、左へと向かった。


 野生動物と突然遭遇するかもしれないと考えて武器を出しておくこととなり、ガーディアンクラスで来たアッシュは防御性能に優れるランスを手にした。


 そして森を少し進んだところで何故か野生動物では無くエルフ種の集団に囲まれ、有無を言わせない雰囲気のうちに3人共が縄で縛られてしまったのだ。


(うーん……何も悪くない!)


 とは言え実際問題として、どう動いたらいいのか判断が付かないを状況なのは間違いない。


「あのー……これ、どこに向かってるんですかね?」


 アッシュは周囲を固めるエルフ達に問いかける。


「セーレ様のところだ」


 横を歩くアイリがアッシュの方に視線を向ける。アッシュが苦笑交じりの表情を向けながら「このままで」と囁くと、アイリは小さく頷いて返した。


「何か言ったか?」


 アッシュを縛る縄を持つ先頭のエルフの男が振り向く。余計に疑われても仕方がないので、アッシュはそれ以上は黙っていることにした。


 何か誤解をされてるようだが、このままでもセーレの元へ向かうという最初の目的は達成されるようだ。


 そしてセーレの元に行くことが出来れば誤解も解けるはずなので、一先ずはこのまま連行されようと考えた。


 アッシュは歩きながら周囲の森へと目を向ける。パンデムに来てからシェーンの森など自然が多い場所には何度か出向いたが、この辺りはこれまでの場所とは大きく様子が異なっていた。


 背の高い木が色鮮やかな果実を付けている点や、地面に近い所をアッシュの身長と同じ程度の大きさの葉を持つ植物が覆っている点は、いわゆる熱帯雨林と呼ばれる場所に近い雰囲気であった。


 だが道を形成するのは誰かが整えたかのような芝生であったり、また道と森を区切る低木はエレーネクの街頭でも見かけるごく普通のものであったりと、まるで公園のような雰囲気なのだ。


 要するに、統一感が全く無いのである。ただし1つだけ言えるのは”植物の密度が異常”ということである。草木は所狭しと詰め込まれており、道に溢れかえらんばかりである。


 一般的なヒト族のサイズでも、道を外れてこの森の中を通り抜けるのは困難であろう。


 もっとも、それがセーレの影響に寄るものだと言われれば納得せざるを得ない。


 なにせ森どころか大陸、そして海を跨いでD2次元全てに根を広げるアルラウネ種だとニーナは言っていた。周辺の森を活性化させるなど造作も無いことだろう。


 そんなことを考えつつ、アッシュは多種多様な植物達の鑑賞会に更けこむこととした。


***


「……」


 少なくとも20分は歩かされている。まだセーレのいる場所には辿り着かない。


 そろそろ植物鑑賞も飽きてきたなと思いながら道を曲がると、そこは植物の壁で出来た行き止まりであった。不自然という程では無いが、二度見した後に通り過ぎてしまう程度の違和感はある。


「セーレ様。例のヒト族と思われる者を捕らえて参りました」


 先頭のエルフの男が壁に向かって声を張り上げる。


 すると植物の壁がザワザワの揺れて左右へと分かれていき、広場のような場所が目の前に現れる。その中央に大きな紅い塊が鎮座していた。


 それは巨大な花であった。


 高さは目測で5メートル、花弁は左右の両端に10メートルはあるだろう。そして中央には短く切り揃えられた濃い緑の髪と少し薄い緑の肌の上半身、セーレの姿があった。


 セーレがアッシュ達の方へと視線を向ける。瞬間、アッシュは背筋がゾクリとするような寒気を覚えた。それが雨のせいでは無いことは明白だった。


 分体とは違う、ただそこにいるだけで発せられる威圧感。目の前に立った時点で自分の命運が相手の掌に乗ってしまったような感覚である。


 今目の前にいる”セーレ”が本体であることはニーナの話からわかってはいた。だが昨日出会った分体の1つである”セーレ”と、ここまで大きな差があるとは考えてもいなかったのだ。


(……これが魔将、なのか……)


 横に並ぶアイリもそれを感じ取っているのか、表情が強張っている。レイもまたセーレの方をジッと見ながら、緊張した様子で佇んでいる。


「ありがとー……って、んんん?」


 セーレの表情が怪訝そうに歪む。それに気付かないのか、先頭の男は言葉を続ける。


「報告にありました『ランスを持ったヒト族の男』がセーレ様の森へと入ってきたので、捕らえて連行して……」


 その言葉を言い終わらないうちに、周囲の森から蔦が伸びて男の首に巻き付き、その身体を持ち上げる。男は脚をバタつかせながら藻掻いている。


 アッシュが恐る恐る見上げると、セーレが明らかな不機嫌顔を浮かべていた。


「その3人は私のお客さんだよ? レンジャーだよ? 武器持ってるのは当然だよ? ちゃんと確認した? してないよね?」


 セーレが言葉を発する度、アッシュは身体に重しが載せられていくかのような感覚に襲われる。思わずその場から逃げ出したくなるが、脚が竦んで動けない。


 周囲のエルフ達が、アッシュ達を縛る縄を慌てて解き始める。


「あなたがリーダーだよね。責任は取ってもらうよ」


 そう言ったセーレの背後から、大きな食虫植物が伸び出てくる。その植物がどういう機能を持つかはアッシュも知っていた。


 男は顔を青ざめさせて逃れようとするが、蔦が解ける気配は無い。男はそのまま持ち上げられていき、食虫植物の中へと放り込まれてしまった。


「役に立たないんだから、せめて私の栄養になってね」


 そう言うとセーレは、縄を解かれたアッシュ達の方へと顔を向けた。


「森エルフは規則には従順なんだけど、頭が固くてね」


 セーレの言葉に先程までのような重圧感は無い。だがアッシュは飲み込まれた男のことが気になってしまい、居ても立ってもいられないかった。


 誰かのために動くことが意義であるレンジャーの活動で、自分達に関わったが故に誰かが犠牲になる。それはアッシュにとっては、到底許容出来ることではなかった。


「セーレ様! 一つお願いがあります!」


「なーにー?」


 セーレは呑気そうな声で応える。アッシュは唾を一つ飲み込んで、勇気を振り絞る。


「僕だけではここまで来ることはできませんでした! ここまで来れたのは、結果的にエルフの方々に連れてこられたおかげでした! なので今回は彼を許していただけないでしょうか!」


 アッシュの言葉に、セーレは驚いたような表情を見せる。その直後、アッシュは再び重しを載せられるような圧を感じる。


(ああ……やってしまった……)


 セーレの機嫌を損ねた。アッシュは自分が先程の男と同じように、食虫植物に飲まれるのを覚悟する。


 脚がガクガクと震えだす。最早立っているだけでも精一杯だった。だが後悔は無い。やれることはやったはずだ。ギュッと目を瞑り、その時を待つ。


 と、重圧がフッと消え去る。


「ここわかりづらいよねー。いいよ。今回は許してあげる」


 セーレがそう言うと、食虫植物の上蓋が開いて中から男が放り出される。


 男は粘液に覆われてドロドロになっていたが身体は無事なようで、地面を転がりながら姿勢を整えるとセーレに向かって土下座をした。


 その鮮やかすぎる土下座に、これは以前にもやらかしたことがあるなとアッシュは感じた。


「申し訳ありませんでした!」


「あなたが連れてきた彼のお願いで、特別に許してあげる。いちいち顔を覚えたりはしないけど、今はどっか行って」


 男は一瞬躊躇ったような素振りを見せた後、肩を落として入ってきた方へと歩いて行った。セーレは更にアッシュ達の後ろで跪いていた他のエルフ達を見る。


「あなたたちも。私は今からお客さんと話すから出てって」


「……はっ」


 エルフ達は短く返事をすると、先に出て行った男の後を追うようにそそくさと出ていった。一番後ろのエルフが広場の入口を出たところで、再び植物が揺れて壁が作られた。

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