49.セーレの正体
目を開けると、いつもの機械的な扉が目に入る。
死亡体験してすぐは、この扉に心臓を鷲掴みにされるかのような苦しさを覚えることもあったが、数を重ねていくうちにそれも無くなっていった。
「お疲れ様です。ではこちらが報酬になります」
カウンターでニーナから報酬を受取る。
「セーレ様からお礼の言葉をいただいております。届けていただけありがとうございました」
ニーナがペコリと頭を下げる。
セーレ”様”と呼んでいる辺りニーナより上位の存在のようだとアッシュは考えつつも、ニーナもギルド長というそれなりの役職に就いているのだから、もう少し偉そうにしてもよいのではないかと感じた。
「ところで、そのセーレさ……まはどういった方なんですか?」
途中で言い換えたアッシュに、ニーナは軽く笑って返す。
「皆さんは様付けでは無くてもいいですよ。直接お会いする時は付けた方が良いですが」
ニーナはそこで言葉を切って3人に向き直る。
「さて、セーレ様について説明する前に、まずはパンデムの支配構造について説明しましょう。今後パンデムで活動していく皆さんには、知っておいて欲しいことです。まずパンデムは7つの次元を抱えていることはご存知ですね?」
「はい。そしてそれぞれの次元を7名の魔神が支配しているんですよね」
「そうです。ここD2は魔神の代表である魔王の名も持つ”色欲の魔神”アスモデウス様、D8が”怠惰の魔神”ベルフェゴール様、D11が”傲慢の魔神”ルシファー様、といった形になっています」
アッシュはその呼び名に妙に聞き覚えがあった。なんだったかと考えていると、アイリも同じことを思ったのか口を開く。
「あれ……? その名前ってアースの……」
「アイリさんはご存知でしたか。そうなんです。魔神という仕組みは遥か昔より存在していますが、この呼び方を取るようになったのは、アースの文化が入ってきた250年程前からと比較的新しく……」
と、魔族の時間感覚が出てしまったこと自ら気付いたニーナが、ハッとしたような表情になりながら顔を赤らめる。
「今のは忘れてください。……名前に対する拘りが薄い魔族は、以前は頻繁に呼び方を変えていました。しかしそれでは不都合も生じるようになったため、支配者層の方々は固定の名前を持つことになりました。その際に用いられたのが、アースに伝わるお話というわけなのです」
パンデム特有の事情から、アースの神話などから引用された名前を使っているということである。呼び名に聞き覚えがあったことに、アッシュも合点がいく。
「このパンデムにおける支配構造ですが、300年程前はここD2に全ての魔神がいて、その地域や海域から参集した配下と共に支配していました。しかしアースから持ち込まれた次元の開発によって、現在は皆さんがご存知の通り1つの次元を魔神1名が支配するようになりました」
次元一つの支配権を1名が持つというのは、パンデム以外の文明では取り入れられていない。それだけパンデムという文明が”強者が支配する”ことを是としているのである。
「しかしこうなると、魔神だけでは支配しきれなくなります。そこで導入されたのが、魔神の元で各地の支配及び政務を行う”魔将”という役職です」
「魔将……ですか?」
「元々、魔神の配下で将軍の地位にいらっしゃった方が多いので、そう呼ばれるようになりました。全員を覚える必要はありませんが、依頼によっては魔将の元へ直接赴く場合もありますので、D2にいらっしゃる方々は頭に入れておくと良いですね」
そう言われると覚えたくなってしまうのがアッシュの性分である。後で一覧を探してみようと心の中で決める。
「また魔将には地域を領有されている方と、副官として仕えている方の2つに分かれます。例を挙げますと、ここセードル大陸は”猫王”グシオン様が管轄しており、その下に副官である”狼臣”オロバス様がいます。ただこれはあくまでも名義上で、グシオン様はヨヌを中心とする南部を統治していて、エレーネクを中心とする北部はオロバス様に全て任せている状態です」
それだけ聞くと、まるでグシオンとオロバスが対等な関係のようだと考えつつ、アッシュはギルド加入の初日の会話を思い出す。
「あ、もしかしてヨヌの”グシオン・パレード”って……」
「そうですね。元々はグシオン様が始められた衣装お披露目会だったのですが、それが段々と規模が大きくなってパレードにまでなったんです」
さすが猫王と名乗るだけのことはあるとアッシュは感じる。
「へー。……え、じゃあもしかしてセーレさんも魔将なの?」
「はい。更にセーレ様は次期魔神候補である上位魔将”ネクスト”の一角を担っておられる程の実力者なんですよ」
3人の記憶には、栄養剤に表情を緩ませ悦に浸りながらぐったりとしていたセーレの姿が思い出される。だが想像の遥か先の存在であったセーレに、3人はただただ言葉を失うのみであった。
その思考を汲み取ったかのように、ニーナが微笑む。
「ふふ、想像できないですよね。セーレ様も相当に自由な方ですから」
果たしてそれはギルド長でありながら受付係もやっているニーナが言えたことなのだろうかという言葉を、アッシュは口に出す直前で飲み込んだ。
「でもあんな陽射しが強くて暑い地域の屋外じゃ、大変そうだよね……」
アイリの呟きにアッシュも頷く。気温もかなり高いあの環境は、アルラウネ種には過酷としか思えなかった。
「そう考えてしまうのは当然かと思いますが、実はセーレ様はカイン地方の支配者ではないんです」
「あれ? でもアルラウネ種は根を張る必要があるので、あまり動けないはずでは……」
と言ってからアッシュは、もしセーレがカイン地方の支配者だとしたら周囲に誰もいないという状況がおかしいことに気付いた。
ニーナは目の前の端末を操作すると、D2の世界地図を表示して3人の方へと向けた。
「本日皆さんが行かれたカイン地方がこちら、コアケルク大陸のうちセードル大陸とほぼ同じ緯度にある場所です。ここはイフリート種のベレト様という方が支配しておりまして、セーレ様はその南のマキナウス地方を支配されている方です」
意味はわかるが、理由がわからない。少なくともアッシュ達はそのカイン地方でセーレと会ってきたのだ。
「セーレ様はその二つ名を”世界樹”と言いまして、D2全域にその根を伸ばしておられます。そして各地にあらゆる植物を生やし、その一部の末端に皆さんがお会いしたような意思疎通器官を付けておられるのです。ギルド本部にもいらっしゃいますよ」
3人は再び絶句する。そして同時に、魔将の中でも上位にいるということに納得をせざるを得なかった。
「……アルラウネ種ってそういう種族でしたっけ?」
「いえ、セーレ様が特殊です。魔族の間で稀に現れる”変異体”としての特徴でして、一般的なアルラウネ種は1つの身体に複数の意思疎通器官を持つことはできません」
大陸も海も超えて根を伸ばすアルラウネ種、”世界樹”セーレ。そのセーレですら魔神ではないということも含め、アッシュはパンデムという場所の恐ろしさを改めて実感させられていた。
「さて、以上でパンデムの解説は終わりです。と、こんな説明をしておいた直後で心苦しいのですが……マキナウス地方のセーレ様から皆さん宛で、狩猟のご依頼が届いています。どうされますか?」
「!? 僕たち宛……ですか?」
思わぬことにアッシュはアイリとレイに目を向ける。
「受けないわけにはいかない気がする」
「私もそう思う」
「だよね。……わかりました、受注します」
アッシュがそう応えると、ニーナがニコリと笑顔を見せる。
「対象はマキナウスの森のマカクエン、C難易度の狩猟となります。出発は明日となりますので、それまでにご準備の方をお願い致します」




