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47.【C-採取】コー荒原②

 アッシュ達はギラギラと輝く太陽の下を、横に並んで歩いていた。


「セードル大陸以外にも行くなら、こういう気温対策も用意しないとだねー」


「そうだね。今度ランダさんのところに武器を受け取りに行く時に、一緒に防具も見てみよう」


 ランダに推薦されたテスターは問題なく審査を通り、アッシュは全種類の武器を手に入れることとなったのだ。


 とは言え数が数なのでカスタマイズもなかなか終わらず、しばらくはランダの店で預かってもらい、カスタマイズが済んだものからギルド本部に預けることになったのだ。


 そして今日は、最初に3種類全てのカスタマイズを終わらせたグラディエータークラスで来ている。


「あ、そうだ。アッシュの剣ってまだ発売してないモデルなんだよね」


「そうらしいね。見る?」


「見たい!」


 アッシュは端末を操作して剣を取り出す。


 現在の最新モデルは柄の部分に緑のラインが2本入っているものだが、今アッシュが持っているのは3本になっている。同シリーズのアップグレード版という意味だ。


 アッシュが選んだのは、レイノード社の合成樹脂タイプである。


 ウェイマスク社のビームサーベルタイプも選ぶことができたが、合成樹脂タイプの方が養成所時代から使い慣れていたので、敢えて変える必要も無いだろうと考えてこちらを選んだのだ。


 アッシュは1歩前に出ながら剣を数回振る。


 やはり合成樹脂タイプは振った感触がビームサーベルタイプよりも腕に来るので良いと考えつつ、以前レイが重くても慣れている方が使い勝手がいいと言っていたことに納得する。


「どう? カスタマイズの効果はあるでしょ」


「うん。 振りやすくなったね」


 もっとも、基本的にはどんなものでもある程度で使いこなせてしまうアッシュに取っては”多少は”の話である。


 この僅かな差が効いてくるようなこともあるのだろうが、少なくとも今は実感としては薄いものであった。


 その横で歩いていたレイが、その足を止めて左の方へと視線を向ける。アッシュも立ち止まって目を向けると、先端にピンク色の花を付けたミズサボテンが生えていた。


「あ、あれもだね」


「ちゃんと見てて」


「ごめんごめん」


 3人はミズサボテンに近づく。


 アッシュは支給品の短剣を取り出すと、びっしりと生えたトゲの一部を削ぎ落としてから、根本に切り込みを入れて素早く空瓶を当てる。


 するとミズサボテンからチョロチョロと零れる程度の水が出始める。


 水は次第にその勢いを増していき、流れるように瓶へと溜まっていく。1分も経たずに瓶がほぼいっぱいになったところで、水の流れは止まった。


 そしてアッシュが瓶の蓋をしている間にレイが太刀で根本から切断し、アイリが拾い上げてアイテム端末へと放り込んだ。


「完りょーう! だいぶ慣れてきたね」


「今ので……5本目か」


 アッシュは水の入った瓶をアイリに手渡す。


 ミズサボテンはコー荒原に多く生える多肉植物で、一般的なサボテンよりも多く水を含んでいることが知られている。


 花を付ける頃合いの肉が甘く美味しいためデザートの材料として利用されているが、育つまでに時間が掛かることもあって高級品として扱われているのだ。


 今アッシュ達が採取したのは比較的小さい物であったが、それでもトゲの処理などをして飲食店に出荷される際には1本で3万ディル程になる。


「10本頼まれてるから、これで半分だね」


 アッシュ達は額の汗を拭いつつ、再び荒原の奥へと進み始めた。


***


 5本目の採取からしばらく歩いたが、今のところ収穫は無い。ミズサボテンの群生はチラホラあるのだが、花が付いているものが見当たらないのだ。


 次第に言葉数も少なくなっていたところで、突然アイリが「あっ」と声を上げた。


「あった?」


「ミズサボテンはないけど。あれ、ニーナさんが言ってた草原じゃない?」


 アイリが指差した方に目を遣ると、たしかに一面土色の景色の中に緑色が広がっているように見える場所がある。もしそうなら行かなければならないだろう。


「行ってみようか」


 あれだけ偉い立場のニーナが念押しするほどである。一体どんな相手が出てくるのか、アッシュは内心落ち着けられずにいた。


 草原は整備されたかのように剥き出しの土の部分とはっきり区切られており、養成所の芝生のグラウンドを彷彿させるものがあった。


「……お邪魔しま……す?」


 誰かの土地に入るかのような感覚に、アッシュは思わず口に出してしまったが、途中で疑問を感じてしまい語尾が上がる。


「……誰もいない?」


 草原の中央には池もあり、そこだけ全くの別空間が広がっていたが、誰かがいるような気配は無かった。


「ここじゃなかったのかな?」


「草原は1つだけって言ってたような気がするけど……いないみたいだし、仕方がないかな」


 アッシュが来た方へと戻ろうとした時だった。


「んー? 私に会いに来たのー?」


 どこからか女性 —— というより女の子と言った方が正しそうな声が響く。3人は驚いて辺りを見回す。


「こっちだよ。池の傍」


 池の方を振り返ると、近くに生えた丸いサボテンの頭から手が出て、ヒラヒラと揺れているのが見えた。


 3人が驚いてそれを凝視する中、サボテンがグネグネと動きながら腕、肩、そして頭と順に女性が出て来た。


「ここは陽射しが強いから、昼間はこうやって中にいる時もあるんだー」


 出てきたのは緑肌のアルラウネ種の女性。肌よりも濃い緑色の髪を短く切り揃えており、見た目もどことなく幼い印象が強い。


 丸いサボテンから上半身が生えた姿も、なんとなく滑稽さを含む幼さを醸し出している。


「私はセーレ。よろしくね。で、何の用なの?」


 想像とあまりにも掛け離れた相手の姿に呆けてしまっていたアッシュだが、セーレの問いに我に返ってニーナから渡された栄養剤を取り出す。


「そ、それは……!」


 セーレの表情が目に見えて緩む。


「はじめまして。僕たちはこの荒原にミズサボテンの採取に来たレンジャーです。それでニーナさんから、草原にいる方に挨拶をするようにと言われまして。後これを届けるようにと」


「ふふーん。ニーナのやつ、わかってるじゃない。さあ、それを早くちょうだい!」


 まるでニーナが友達か部下かのような言いっぷりである。


 やはり相応の存在であると考えられるが、その雰囲気を欠片も感じさせないセーレにアッシュは戸惑いながらも栄養剤の箱を渡す。


 セーレは早速箱を開けると、栄養剤を1本取り出してサボテンの根本へと刺した。


「ああー……いいねー。この甘ったるさがたまらないんだ……」


 セーレは最早目の前のアッシュなど眼中にないかのように、幸せそうな表情を浮かべてぐったりとし始めた。


「アッシュ、どうしよう。完全に悦モードじゃん」


 アイリが小声でアッシュに聞く。


「うーん……でも待ってるしか方法は無いし……」


 アッシュとしても、いつまで待たされるかわからない状況をどうにかしたいところだが、相手がどういう存在なのかわからないので動けないでいた。


 一方のレイはセーレの方を見たまま、微動だにしていない。


 そのまま少し待っていると、セーレが急に背筋を伸ばしてアッシュ達の方へと目を向る。


「これありがとう。えーと、依頼でミズサボテンの採取に来たんだっけ?」


「あ、はい」


 アッシュの返事に、セーレは何故か得意気な表情になる。


「とするとメンナの方から来たんだよね。ならまだあまり採れてないんじゃない?」


 街の名前は知らなかったが、おそらく依頼主であるサラマンダー種がいた街のことを指しているのだろう。


「10本の依頼で、まだ5本です」


「ま、そんなもんだよね。この時期はメンナとの間に生えてるやつには、あまり花は咲いてないんだ。あっちの方へと行ってみるといいよ」


 そう言ってセーレは向かって南東の方を指差す。


 思わぬ情報にアッシュは驚くが、この地に根付くアルラウネであるセーレの言葉は、信頼できるもののように感じられた。


「ありがとうございます。行ってみます」


「うん。じゃあねー」


 セーレはそう言って手を振ると、再びサボテンの中へと戻っていった。


***


 大豊作である。


 セーレに言われた方向へとしばらく歩いていくと、先端にピンクの花を付けたミズサボテンの群生地が見えてくる。


 もっとも大半はまだ蕾で花が開く前だが、それでも高い場所から見れば花畑のように見えるのではないかと思えるほど、鮮やかな色合いだった。


「採りすぎるのも良くないから、依頼通り10本までにしよう」


 アイリに言われて、11本目に取り掛かろうとしていた腕を下ろす。


「そうしようか。セーレさんのおかげであっという間に終わったね」


「最初からここを教えてもらえれば楽だったのになー」


「まあ結果的に物も渡せたし」


 要は先に採取を終わらせてからセーレに会いに行くか、セーレに会ってから採取を終わらせるかの違いである。


「そうだけどさー。なんていうか、気持ちの問題?」


「言いたいことはわかるよ」


 とその時、服を後ろから引っ張られていることにアッシュは気付く。


 だがサボテンに引っ掛かったかと思い振り返ると、服を引っ張っていたのはレイだった。アッシュはあまりにも意外なことに、思わず目を丸くした。


「ど、どうしたの?」


「暑い。帰りたい」


 レイの顔に不満の色が滲み出ている気がして、アッシュは慌てる。


「そ、そうだね。ここで喋ってても仕方がないし、街に戻ろうか」


 端末の時計を見ると、歩いていた時間も長かったためか時間はもう昼を過ぎていた。気温はこれからがピークを迎える頃合いだ。


 レイの不満が溜まり切る前にさっさと帰ろうと考えて、アッシュはメンナへと戻る帰路に着いた。

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