46.【C-採取】コー荒原①
(Illust by ペケさん)
「ねえ、セードル大陸以外のところも行ってみない?」
アイリは依頼のリストを見ていたアッシュに提案する。
強制帰還の後にニーナから受けた「少しの間、狩猟の依頼は控えた方がいい」というアドバイスに従い、アイリは調査や採取を受注するようにアッシュを誘導する日々を送っていた。
今のところアッシュに問題は無さそうに見える。
そろそろ大丈夫かと思いつつも、もしこれで次に何かあったら立ち直れるかわからないとも考えてしまい、アイリは狩猟の依頼を受注する踏ん切りが付けられないでいた。
だがD2の中でも平穏なセードル大陸での簡単な依頼が続くと、少しばかり気が滅入ってくるのも事実であった。
調査や採取をするにしても、少し難易度を上げて他の地域にも行ってみたいとアイリは感じていたのだ。
アッシュは驚いたようにアイリを見た後、何かを数えるように指を折っていく。
「……そっか、セードル大陸から出たこと無かったっけ」
「気付いて無かったんだ」
「考えたことも無かった」
そう言ってアッシュは依頼リストに向き直る。
「セードル大陸以外……て、どこを見ればいいんだっけ?」
「ここ」
レイが横から手を伸ばし、依頼を選択して右上のマップのアイコンを押す。するとD2の世界地図が表示され、その中で赤い円が点滅していた。
「ありがと。あ、これちょうどいいね。C難易度の採取で、コアケルク大陸のカイン地方だって。……コー荒原のミズサボテン採取ね」
「ふーん、荒原ね。レイもここでいい?」
「ん」
依頼を決めた3人はニーナの元へと向かう。
「カイン地方のコー荒原の採取依頼をお願いします」
「コー荒原……少々お待ち下さい」
いつものように行き先を伝えただけのはずだったが、ニーナは何かを思い出したように端末を操作し始める。
「……はい、受注完了しました。ただこちらの依頼に向かうに当たって、1つだけお願いしたいことがあります」
ニーナの真剣な表情に、アッシュは思わず生唾を飲み込む。
「荒原内に一箇所だけ、草原が広がっている場所があります。そちらにいらっしゃるアルラウネ種の方に、ご挨拶をお願いします。くれぐれも失礼の無いようにしてください。後は……こちらを持っていってください」
そう言ってニーナが渡してきたのは、植物用の栄養剤であった。
予想の斜め下のようなことにアッシュは若干拍子抜けするが、ギルド長であるニーナが「失礼が無いように」とまで言うのだから、相応の相手なのだろうと考え直す。
「その方は一体……?」
ニーナはアッシュの問いに謎の笑みで返してくる。
「それについては帰還後、報酬をお渡しする際にしましょう」
「……?? わかりました。では行ってきます」
「はい、お気をつけて」
アッシュ達はニーナの意図が掴めないまま、変換機へと向かった。
***
到着した3人は、まず部屋の暑さに驚かされた。
「うへぇ、あっつい……」
「と、とりあえず出ようか……」
だが粘土のような物で塗り固められた壁に、この室温である。単純に”部屋の中だけが暑い”というわけでは無いだろうとアッシュは察していた。
木でできた扉を開けると、快晴の青空が広がっていた。それと同時に —— アッシュの予想通り —— 凄まじい暑さの空気が流れ込んでくる。
「ぎゃー!! あっつ! アッシュ閉めて!」
言われるまでもなく、アッシュは扉を勢いよく閉める。
「え? なにこれ? こんな暑いことあるの? こんなの無理じゃない?」
アイリがまくし立てる。
「……山でも無い場所での植物採取なのにC難易度はおかしいと思ったんだ。でもどうしよう。何の対策も持ってきてないよ。我慢できないことも無いけど……」
「本気で言ってるの?」
アイリがうんざりした表情を見せる。レイも首を横に振って拒絶の意を示してる。
と、そこへ扉が開いて何者かが部屋へと入ってくる。
3人がそちらに目を向けると、拠点の開発の説明のために来たウェルドによく似たような姿の魔族がいた。だが鱗が全体的に赤く、首の後ろにギザギザとしたトゲが付いている。
リザード種の近縁種のサラマンダー種である。
「おおん? 騒がしいと思ったらレンジャーか! しかも見たところヒト族か?」
「はい……」
この気温に加えて、更に暑苦しさを重ねてきた男に辟易しつつ、最低限の返事をする。
「おう、どうした! 元気が無いぞ!」
「その……あつ……くて」
アッシュは暑苦しいという言葉をなんとか飲み込む。
「ほーん。前来たヒト族は何も付けんでも普通に動けてたがな。見た目はほとんど同じなのに、ようわからんやつらだな」
そう言って男は声を上げて笑う。心なしか部屋の温度も先程より暑くなってきたようにアッシュは感じた。
だがそれが、男が入ってきた際に扉を開けっ放しにしていたせいであることにアッシュは気付く。気分でもなんでも無く、本当に部屋が暑くなってきているのだ。
「ははは……あの、すいません。閉めてもらってもいいですか?」
「お、そうか! すまんな!」
男は身体を中に入れて扉を閉めるが、既に部屋の温度はこれでもかと言う程に上がりきっている。
「あ、でも僕達もう帰ろうかなと思ってまして……」
「なんでや。まだ依頼が終わっちょらんだろ」
男の言う通り、依頼には何も手を付けていない。それに対して申し訳無さを感じないわけでは無いが、アッシュ達にはそうも言ってられない状況なのだ。
「さすがに暑すぎるんで、対策何も持って来てない状態だと厳しいです」
「ほーう、そんなことかいな」
男は目を細めてニヤリと笑うと、アッシュの横を通り過ぎて奥に備え付けられていた棚を開ける。そして中から何やら上着のようなものを取り出した。
「これ着てみいや」
「え……」
この期に及んで更に服を重ねろとはどういうことなのかと思いつつ、アッシュはそれを受け取って身に着ける。すると、途端に周囲の暑さが緩和されていく。
「あ、涼し……くは無いけど、だいぶよくなりました」
「せやろ。暑さ対策の法術を仕込んだ防具や。獣人連中がヒト族より暑さに弱いもんだから、こういうのはちゃんと用意しとるんや。というか着いたらまずは備品棚を見る。レンジャーの基本やろ」
あまりの暑さに支給品を確認することすら忘れていた3人は、ぐうの音も出ない正論に赤面する。もっとも既に顔は赤くなっていたため、互いにですら気付くことは無かったが。
男は更に防具を2つ、そして日除け笠を取り出してアイリとレイにも手渡していく。2人もそれを着ると、地獄のような暑さから開放されて、ホッとしたような表情になる。
「後これな。水も持ってきとらんやろ。持って行け」
そう言いながら小物端末から水が入った容器を出して床に並べると、男は部屋の出口へと向かった。もう扉を開けても、そこまでの暑さは感じない。アッシュ達もその後に続いて部屋を出る。
「ありがとうございます。これなら行けそうです」
「任せたで。ミズサボテンしっかり取ってきてくれや」
礼を言ったアッシュに対して、背中越しに手を振りながら男は隣の建物へと消えていった。
男の手助けで我慢出来る程度の暑さを手に入れた3人は、無事に初めての地での採取依頼へと出発した。




