4.出会い
—— 10分前・次元渡航船Room2 ——
シャドウの攻撃を最低限の動きで躱しながら、部屋を移動していく。シャドウはドアを通るような器用なことはせずに壁を壊して進んでくるので、その間は休憩も出来る。
そうして前方へと3つ分部屋を進んで、先頭の列の奥の部屋へと入った時だった。
「……」
少女がいた。
もしかしたら少女と言える年齢では無いかもしれないが、少なくとも肩の辺りで切り揃えた金髪の間から見える顔は幼く見える。
座っているため断言は出来ないが、おそらく背も低い。その小さな身体で羽織っているジャージがやや派手めなピンク色というのも、尚更に幼さを感じさせる要因であった。
だがそんなことよりも問題なのは、
「寝てる……」
この警報に加えて、シャドウの攻撃で大きな音も響いているはずだ。それにも関わらず少女は寝ているのだ。
(……もしかしたら、何か病気で気を失っているのかもしれないな)
そう思い直して、アッシュは少女の両腕を支えながら身体を揺する。だが首から上がサラサラの髪と共にカクンカクンと揺れただけで、一向に起きる気配は無い。
仕方なくアッシュは少女の顔の前で思い切り手を叩いて、出来るだけの大きな音を立てる。
「んぅ……んー」
「大丈夫?」
ようやく目を開けた少女にアッシュは声を掛ける。
「もう着いた……て、何この警報!?」
少女は目を擦ってアッシュに問い掛けようとしたが、すぐに異常に気付いて目を丸くしつつキョロキョロと周囲を見る。
「シャドウが侵入したんだ」
「船の中に? そんなことあるんだ……」
「今は隣の部屋にいるけど、すぐに壁を壊して来る。僕もどこか空いてるシェルターを探してるところだから、一緒に逃げよう」
だがアッシュの提案に対して、少女は見せてやると言わんばかりの笑顔を返して立ち上がると、端末から剣と盾を取り出したのである。
「私、これでもレンジャーの資格持ってるんだよねー。ギルドはこれからだけど」
そう言いつつ少女が構えた剣は薄っすらと”エーテル”の輝きを放っており、少女が"装術"を使えていることを示していた。
大気中などに大量に含まれるエーテルには、大きく分けて2つの使い方がある。
1つはエーテルを体内で分解・活性化して6つの属性に分け、必要な分を消費して体外に放出する"法術"。こちらは簡易なものであれば誰でも使えるが、高位の法術は様々な制限と制約下でのみ使える。
そしてもう1つがエーテルを分解せず、身体や武器などに纏わせて身体強化を行う"装術"。こちらは専門的な訓練を受ける必要があるが、使えるようになれば然程難しいものではない。
この装術を無意識下でも使えるようになることがレンジャーとしての最低ラインであり、つまり年齢はともかくとして少女の自称レンジャーというのも決して疑わしいものでは無いということだ。
とその時、盛大な音と共に壁が破壊されてシャドウが部屋へと入ってきた。
少女はアッシュの横を通り過ぎて、シャドウの前に立つ。
(……あれ? もしかしてこれ、戦う流れなの?)
とりあえず逃げ回るという選択をしたアッシュに対して、少女は戦う気満々のようだ。
「あ! えーと……名前! 教えて。私はアイリ・コーデッド」
「……ああ名前ね。アッシュ・ノーマン」
思考を置いていかれていたアッシュは、一瞬何を聞かれたのかと考えてしまったが、すぐに気を取り直して応える。
「よろしくアッシュ!」
(……え? もしかして一緒に戦えってこと?)
今まで映像での学習でしかシャドウを見たことは無かったが、逃げ回っている間に見た動きから考えると、目の前のシャドウはかなり弱い部類に入ると推測される。
装術による防御が普段通りに出来れば、死ぬ可能性も低いだろう。
だがアッシュは、実際にシャドウと戦った経験があるわけでは無い。その推測が正しい保証はどこにも無く、正しければ死なないというわけでもない。
今戦わなくて済むのであれば避けるべきであるというのが、アッシュの本音である。
しかし今出会ったばかりではあるが、目の前に戦おうとしているアイリを置いてアッシュだけ逃げるという選択をするのは、誰が許してもアッシュ自身が許せなかった。
アッシュは手に持った剣に目を向けた後、その柄を力強く握り直してシャドウへと向き直る。
「まったく、人の睡眠を邪魔してくれちゃって。タダじゃおかないから」
本当に寝ていたという旨のアイリの言葉には聞こえなかったフリをしつつ、アッシュは剣を構えてシャドウへと対峙した。