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偵察任務

—— セードル大陸南西部 獣人の街・ヨヌ ——


 満天の星空の下、街の中央の広場に張られた天幕が篝火に照らされている。


「クラウス派が叛逆を企てている、だと?」


 天幕の端に置かれた椅子に座ったライカンスロープ種の将軍が、配下の士官からの報告に眉根を釣り上げる。青い毛に覆われた狼顔に明らかな不満の色が浮かんだため、報告に来たウェアウルフ種の士官は「はっ」と返事をしつつ再びその頭を下げる。


(デレッド様に実質的な追放処分を受けているクラウスなら、やりかねんな。しかもこのタイミングとなると、かなり厄介なことになるかもしれん……)


 ライカンスロープの将軍は顎の下の毛を擦りながら思考する。


 —— パンデムは魔神と呼ばれる、特に強力な力を持つ7名の魔族を頂点とした支配で成り立っている。そのうち現在セードル大陸を支配下に治めているのが、その魔神達の代表である”魔王”の称号を持つヴァンパイア種のデレッドである。


 対して叛逆が疑われている”クラウス派”は、デレッドと同じヴァンパイア種の貴族の派閥である。だが派閥の長であるクラウスが力を顕す前だった頃からデレッドと対立していたために、現在は大陸南端の海岸近くの僻地に押し込められており、それに対して明確に不満を抱いていた。


 しかし当時クラウス派に所属していた有力貴族も大半はデレッドに鞍替えしており、かつての勢力は見る影も無い程に派閥は衰退していた。このため叛逆を起こしたところで軽く潰せてしまうのは誰もがわかっていたために、放置されていたのである。


 だが今回ばかりはそうもいかなかい事情があった。


 仮に叛逆が事実だとすれば、クラウスが何かしらの勝算を手に入れたということになる。そしてそれが将軍が天幕を張って待機している要因 —— 魔神サルタニアンに由来するものである可能性は、今の状況を考えれば十分に考えられたためだ。


 魔族の間ではデレッドこそが最強であるというのが、魔神の地位に就いた時から続く通説である。それから数十年という短い期間で魔王となった時ですら、文句の1つも聞こえてこなかった程に確固たる事実でとして魔族達は受入れていた。


 しかし最近になり、それに異を唱える者が現れた。それが現在デレッドに次ぐ実力を持つと言われ、セードル大陸から海を隔てた南に広がるコアケルク大陸の中央、アレヒウム地方を支配する魔神サルタニアンである。


 サルタニアンはここ数百年ほどで頭角を表した新参のデーモン種であった。魔神に相応しいと認められる程の極めて高い戦闘能力は勿論のことながら、駆け引きも他の魔神達より格段に上手く、不満を抱えている魔神の配下を次々と引き抜くことで勢力を急激に伸ばしていったのだ。


 そしてそれまでアレヒウム地方を支配していた魔神を打倒して新たな魔神となったサルタニアンは、今度は魔族最強の名を持つデレッドに対して事あるごとに突っかかり、度々デレッドとの決闘を求めてセードル大陸へと攻め入って来るのである。


 つい先日もデレッドから戦争に備えるようにとの通達が配下に出され、セードル大陸の南部に住む獣人系の魔族達を中心に準備を進めていたところであった。


  戦争は毎回デレッド側が勝利してきたが、それは『サルタニアン側が船で海を渡って攻めてきていたから』という要因が大きい。このためクラウス派を取り込んだサルタニアン側にセードル大陸に拠点を作られてしまうのは、戦略的に大きな痛手となるのだ。


 将軍自身デレッドに忠誠を誓う身ではあるが、それでも自分の配下である獣人系魔族の兵達が無闇に傷付くのは避けたいところであり、仕方がないとは言えサルタニアンとの戦争の度に最前線に駆り出されることには、いい加減ウンザリしているところであった。


「地図を出せ」


「はっ……」


 最近はどうしてこう自分の管轄下でばかり面倒事が湧いてくるのかと苛立ちを覚えつつ、将軍は大陸南部の地図を別の配下に机の上に広げさせる。


 とそこに、妙にテンションが高い声が響く。


「ふふ。クラウスが叛逆だって? そりゃ大変だね”狼王”」


 同時に狼王と呼ばれた将軍の不満の気が更に膨れ上がり、周囲の士官達がビクリと震える。


「なんの用だ”猫王”。お前の陣はここでは無いだろう」


 すると周囲に張られた天幕の隙間から、短い栗毛の髪を揺らしながらケットシー種の女性がヒョイと顔を覗かせる。


「もう。僕だって同じデレッド様の下の将軍なんだから、少しくらい仲良くしてくれたっていいじゃないか」


 その言葉に狼王は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


 デレッドの配下には複数の将軍がいるが、基本的に住む地域ごとに1名が選出される仕組みとなっている。そして南部の獣人系魔族が住む地域からは、古くからの元締めであるライカンスロープ種の長である”狼王”の名を持つ者が将軍の地位に就くことが習わしとなっていた。


 だが最近になって、サルタニアンとの戦争の度に家屋などに被害が出ることを考慮し、迎え撃つ部隊を率いる狼王とは別に防衛専門の部隊を率いる将軍の席が設けられ、そこに就いたのが今目の前にいるケットシー種の女性だった。


 そしてそのケットシー種の女性は、有ろう事か狼王と並ぶ存在であることを示すために、自らを”猫王”と名乗り始めたのである。


 このため現在南部からは2名の将軍が選出されているだけでは無く、獣人系魔族に”狼王”と”猫王”という2名の王が存在しているという状況なのだ。


 この状態を狼王は常に危惧していた。今でこそ役割分担で2名の将軍という状態が成り立っているが、サルタニアンが片付けば自然とどちらかに絞ることとなるのは明らかであった。


 そして狼王が知るデレッドの性格を考えれば、では特別枠であった猫王の役職を解いて狼王単独に戻すという命令はせず、ほぼ間違いなくどちらかにしろと丸投げにしてくることはわかっていた。


 そうなれば待っているのは両者による一騎打ち『決闘』による結審である。


 猫王が自身に匹敵するだけの実力を持つことは狼王自身が感じ取っており、もし決闘になれば無傷とはいかないだろう。その上負けるようなことがあれば、狼王は将軍としての地位だけでなく獣人系魔族のトップという立場すら失うことになるのだ。


 猫王がその辺りを理解した上で今回のように度々ちょっかい出しに来ていることは、狼王も当然気付いていた。実際、クラウスの叛逆などの対応は狼王が片付けなければいけない案件であり、猫王はそれをどこからか嗅ぎつけた上で、報告のタイミングを狙ってやって来たのだ。


「……ふん。この件はまず偵察部隊に任せる。おい、ニーナ」


「はい」


 狼王の呼び掛けに、黒を基調とした飾り気の無い服に身を包んだ女性が音も無く現れる。頭頂の耳を見る限りでは妖狐種だが、赤い髪に赤い瞳と妖狐種の特徴から外れていることに、猫王は首を捻った。


 そもそも一般的な妖狐種は法術使いばかりで、偵察部隊とは縁遠い存在だ。とそこまで考えてから、これが変異体というやつなのかもしれないと勝手に納得して、猫王は捻った首を戻した。


「聞いていただろう。クラウスの城に潜入して、叛逆が事実かどうかを確認をしてこい。ただし確認だけで構わん。落ちぶれたとは言え、あいつもヴァンパイア種の貴族だ。偵察部隊にアレの相手は厳しかろう」


「……わかりました」


 ニーナは了承の返事と共に、再び音も無く消える。その瞬間、既に気配を探れる範囲から存在が消えたことに、猫王は茶色い瞳を興味に輝かせた。


「狼王! なんなんだい彼女は?」


 狼王はそれを無視しようとしたが、猫王の瞳の輝きに気付いてそれが無駄であることを悟り、溜息を吐きつつ応える。


「……デレッド様直属の偵察部隊の新しい隊長だ。今回はデレッド様から指揮権をいただいて、俺の元で動いてもらっている」


「ふーん。実力は?」


「……わからん。俺も数回顔を合わせた程度だ。だが相当な手練であることくらいは、お前も気付いたのだろう」


 猫王はそこで、ニーナが消えたと思われる方へと目を向ける。


「……そうだね。気配が一瞬で消えちゃった」


「わかっているのはそのくらいだ」


 それ以上は何も知らないし、教えられてもいない。聞かれても困るという意味も込めて、狼王は配下が広げた地図へと目線を落とした。


 実際のところ狼王はニーナに対して、もしニーナが反旗を翻して寝首を掻こうという考えに至れば、自身の命でさえ危うくなる程の実力はあるだろうと感じていた。


 しかし特に高い実力を持つ魔族の間においては、実力の差を小手先で埋めることは禁忌とされている。戦争のような特殊な状況下でも無ければ、決闘において互いの優劣を決めなければならないのが、魔族における絶対のルールだ。


 もっとも、妖狐種はライカンスロープ種以上に強者が多い獣人系魔族であるために南部から少し外れた場所にデレッドから土地を与えられる程の厚遇を受けており、少なくとも狼王がデレッドの配下である限りは戦争で争うようなことは考えられない。


 よってニーナは将軍としての地位のために気に掛けるべき相手ではないというのが狼王の考えだった。


 今気にしなくてはいけないのは猫王だけであると考えてから、その相手が目の前にいることを思い出して狼王は舌打ちをする。


「そっか。せっかくだから僕も仲良くしたいな。ありがとね、狼王」


 猫王はそう言うと天幕の外へと出ていった。


 ようやく厄介者がいなくなり、狼王が大きな欠伸を1つしながら猫王がいた方へと視線を向けると、クラウスの叛逆の件で報告に来ていた士官が未だに頭を下げたまま震えていた。


「ああ、もう下がって構わんぞ」


「はっ!」


 士官は返事をして、そそくさと立ち去っていった。


***


 ヨヌ郊外の森のやや開けた場所。狼王の天幕から離れたニーナはその中央に立つと、右手を上げて合図を送る。するとニーナの正面に、同じような格好をした影が音も無く現れる。数は10。狼王の下に派遣された特殊偵察部隊のメンバーである。


「任務が通達されました。『クラウス派がサルタニアン側への寝返りを考えているという情報の事実確認をせよ』とのことです」


「了承しました。……事実確認のみで良いのですか?」


 ニーナの正面に立っていたゴーレム種の男 —— ギャレンが声を上げる。彼はニーナが来る前まで特殊偵察部隊の部隊長をしており、今でもニーナのサポートや全体の取り纏め役のようなことをしてくれている。


「はい。今回は城を持つヴァンパイア種が相手となります。そのため我々は偵察のみで、叛逆の確認ができ次第狼王の本隊が処断するとのことです」


「つまり俺達じゃ役不足だから、美味しいところは全部あいつらが持っていくってわけかい」


 黒髪から飛び出た猫の耳に金色のリングを付けた、ワーキャット種の男が軽い口調で皮肉る。実際のところ偵察のみの案件は、危険の割に成果としてはあまり認められない傾向があり、仕事としてはあまり受けたくは無い内容なのだ。


「ハーネス、軽口は慎め」


「……今回は狼王の指示に従うようにと、デレッド様から申し付けられています」


「へいへい。ニーナさんは堅いなぁ」


 ハーネスと呼ばれたワーキャットの男は苦笑混じりに肩をすくめる。口の減らないハーネスに、ニーナは「はぁ」と溜息を付く。


 ニーナは軍上層部にいた妖狐種の仲間の推薦ということもあり、入ってすぐにデレッドに謁見し、勅命という形で各地の部隊を転々とさせられていった。


 そんなニーナを、どこの者も大概は腫れ物に触るように扱った。もっとも、幼少期から両親を含めた周囲の過度な期待を受けて育ったこともあって心を閉ざしていたニーナにとっては、その方が心地よい程度ではあった。


 そして各地で積み重ねた実績を元に、異例の速度でデレッド直属の特殊偵察部隊の長という地位を与えられたのが、大凡30年前の出来事である。


 特殊偵察部隊はとにかく変わり者が多かった。やたらと関わって来ようとするメンバー達を冷たく突き返したこともあり、部隊長に就いた当初は激しく対立したこともあった。


 だがやがてメンバー達が自分を特別扱いしていないのだということに気付き、それまでで最も長い着任期間を経て次第に打ち解けていき、今では世間話もすることができる程にまでなった。


 しかし未だにハーネスの軽いノリだけは、ニーナの性にどうしても合わなかったのである。


「……作戦は今から開始します。こちらの動きが漏れる前に片付けましょう。ちょうど彼らが活発になる時間帯でもあるので、細心の注意を払ってください」


 そう言ってニーナは全員を見渡す。それに対しての否定の声は上がらない。


「では、行きましょう」


 ニーナがそう言うと同時に、広場にいた11の影は一瞬のうちに消えてしまっていた。

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