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ディーバ超次元戦記 〜The World of Twenty-eight Dimensions  作者: 八雲、
2章 〜レンジャーの仕事〜
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44.【C-狩猟】エレハス山⑤

 ギルド『魔王軍』は、その正式名を『魔王軍レンジャー統括師団』という。つまるところ”パンデムの公軍の一師団”なのだ。


 当然ながらそのトップである”ギルド長”は公的には師団長であり、准将という階級も与えられている。


 このような事情を背景に『魔王軍』ではCランク以上の魔族のレンジャーに対して、籍を残したまま軍の別の部隊や教官などのギルドの管理部門に移るという選択肢を与えている。


 これはパンデムで生きる魔族が『強い者は縛られるべきでは無い』という認識を持っていることに由来するシステムである。


 このため『魔王軍』では事務担当の方が現役レンジャーよりも格上だったり、地理上どうしても高難易度の任務ばかりになってしまう地域に詳しかったりということはよくあるのだ。


 とは言え彼らのレンジャーとしての籍は消えていないので、データベースを閲覧すると未だに過去の実績や経歴などを知ることが出来る。


 そしてデータベースのSランクレンジャーの上から4番目に、その名前はある。


—————————————

名前:ニーナ・リストルテ

性別:女性

種族:魔族・妖狐種/七尾

年齢:726歳

呼称:『血染めの狐』

—————————————


***


「ニーナ……さん……?」


「……」


 震える声で呼び掛けたアイリへの応えは無く、ニーナはただ倒れた竜をジッと見据えていた。


 アイリが問い掛けるように呼んだのも無理は無かった。


 ニーナが纏う空気は、受付にいる時の優し気なものとは明らかに異なっている。その鋭い気迫は、向けられているわけでは無いのも関わらず背筋が凍るような冷たささえ感じる程であった。


 竜もまた起き上がりながら、ニーナを見据える。目の前の小さき者を『本気を出すべき相手』と認識したのだ。


「……」


「ゴォアアアア!!」


 竜が吼える。ウルフベアなぞ比較にならない威圧感。アイリはその迫力だけで立っていられなくなり、その場で尻餅をついてしまった。


 一方、正面からその咆哮を受けたニーナはというと、動じたような気配さえ見せなかった。


 竜の腕が振るわれる。ニーナはそれを目にも留まらぬ速さで竜の懐へと潜り込んで回避すると、両手に装備した鉤爪で竜の腹を抉った。


 予想外の攻撃に竜は仰け反りつつ翼を羽ばたかせ、炎を吐きながら大きく後退する。だがニーナは向かってくる炎を鉤爪を縦に大きく振って”裂いた”。


 そしてその間を走り抜け、竜が着地する瞬間を狙って更に顔面を切り裂いた。


「ギャアアアァ!!」


 竜は左眼を裂かれたことで完全に戦意を喪失したのか、その場で閉じかけていた翼を再び羽ばたかせ、空へと飛び上がっていく。


 たった二撃 —— 最初の飛び蹴りを含めても三撃で竜を追い払ってしまったのだ。ニーナのあまりの強さに、アイリだけでなくレイも目を丸くして驚くことしか出来なかった。


 これまで会った格上のレンジャー達 —— バッカスやジョアンも非常に強かったのは間違いないが、それでも同じ線上にいていつかは追い付けるはずと思うことが出来た。


 だがニーナは最早その線からすら外れた、正に”異次元の存在”としか思えなかったのだ。


 空を睨みつけていたニーナは、竜の姿が見えなくなったところで「ふう」と一息付くと、アイリが座り込んでいる方へと近付いてきた。


 その雰囲気は、いつもの優しいものへと戻っていた。


 だが両手に付けた鉤爪や髪に付いた濃い赤色の竜の血、そして何より琥珀色から赤色へと変わっている瞳が剣呑な雰囲気を放っており、アイリには”それ”がいつものニーナとはとても思えなかった。


「……間に合いませんでしたか」


 ニーナが発した言葉に、アイリはハッとして後ろを振り向く。


「ニーナさん! アッシュが!」


 だがニーナは淡々した表情のまま返す。


「アイリさん、落ち着いて。これはエーテル体なので、命が失われるわけではないです」


「でもこんな傷で! ……っ」


 目に涙を浮かべてニーナへと訴えかけてたアイリだが、よく見れば流れ出た血が地面に拡がること無くエーテルへと還元されて消えていることに気付いた。


 これまで見たことの無い程に傷を受けた仲間、そしてそれが本物では無いという理解し難い事実を一度に押し付けられたアイリは、どうしたらいいのかわからなくなる。


 ニーナは鉤爪を端末にしまい、アッシュへと近づいてしゃがみ込んで肩に手を当てる。


「……胸部から首に掛けての強い衝撃と裂傷。呼吸器……気管が潰れてますね。法術での回復は無理です」


「そんな……」


「神経系も断絶してるので、おそらく痛みはそこまで感じてないでしょうが……アッシュさん、苦しいですか?」


 ニーナの問い掛けに、アッシュの首が僅かに前後に動く。


「っ!」


 それを見たアイリは、言葉が続かずに思わず口元を覆う。


「……最初の説明の際、エーテル体になることで身体能力の変化は無いと言いましたが、実は1つだけあります。『死にづらい』という点です」


 エーテル体は元の身体のコピーであり、そのコピーに意識を移しているだけに過ぎない。つまり今こうしている間も、元の身体は一切のダメージを受けていない。


 そして『死亡』については主に種族による差が大きく定量的な設定がしづらいという問題があり、エーテル体の『死亡』に伴う意識の強制帰還には未だに課題が残っているのである。


 結果として『即死と判断されない程度の重症』を負ってしまった時に、今のアッシュのように苦痛を感じたまま意識が取り残されてしまうことがあるのだ。


 ニーナは何かを思い出すかのように頭上を見上げた後、息を長く吐きながら再びアッシュへと視線を落とす。


「……アイリさん。目を閉じていてください」


「……え?」


 アイリは困惑して聞き返したが、ニーナは振り返りながらレイへと視線を向ける。


「レイさん、お願いします」


 ニーナに言われたレイは頷くと、アイリに歩み寄ると肩を掴んで無理やりアッシュに背中を向けさせた。


 刹那、ニーナの手に双剣が収まると同時に、その刃がアッシュの首元へと振るわれた。


「え? 何? 何があったの?」


「だめ」


 音に身体をビクリと震わせたアイリが振り返ろうとすると、今度は顔に両手を当てて止められる。


 思考がわからない無表情のレイの何時になく真剣な視線に、アイリは一瞬戸惑って固まる。だがすぐにその異常さに気付いて、レイの手を振りほどいて振り返る。


 そして先程まで木に寄りかかっていたはずのアッシュの姿が無くなり、淡く光る何かがフッと消えて行くところだけが目に入った。


 アイリは信じられないといったように首を数回横に振りながら、再びその場に尻餅をついて座り込む。


「……今後レンジャーを続けていれば、同じような場面に遭遇することもあるでしょう。ですが今回のように私がそこにいることは無いでしょう。そのときに決断しなくてはいけないのは皆さんです」


 そう言いながらニーナは、広場の中央へと歩いていく。それに合わせるかのように、上空にギルドの飛行艇が現れた。ニーナは手を挙げて飛行艇に合図を送ると、アイリとレイの方を振り返る。


「帰りましょう。帰ってアッシュさんに会いに行きましょう」


***


 ギルドの北西支部が入る建物の屋上。普段は飛行艇が置いてあるこの場所で、ケイが後輩の男と煙草を吹かしていた。


 ケイは柵に肘を付きながら、竜が飛び去った後のエレハスの山頂の上空に小さく見える飛行艇をぼんやりと眺めていた。


「まさかエレハス山に竜が来るなんて、思いもしなかったですよね」


「そうだね……」


 ケイの憶測は的中していた。緊急の採集で持ち帰られた糞を解析した結果、それがS難易度対象の竜のものであることが判明したのだ。


 挙げ句それが判明したのとほぼ同じタイミングで、まるで何かに誘われるかのように『北西部の草原からエレハス山に向かって竜が飛び立った』という報告が上げられたのである。


「ギルド長、凄い勢いでしたね」


 ギルド本部に緊急の出動要請を掛け、予想通りギルド長が到着したのが10分ほど前。そして竜が逃げるようにエレハス山から飛び立つ姿が見えたのが、つい先程のことである。


「さっきウルフベアの狩猟に行った3人組、今年の紹介状持ちの新人らしいんだ」


 ケイの言葉に、後輩は何かに納得したように「あぁ」と言いながら数回頷く。


「そりゃギルド長も手放したくは無いですよね。……エーテル体でも、死ぬのキツいっすもん」


「体験したことがあるみたいな言い方だね」


「……俺、レンジャー落ちですからね。初めて死んだ時に『あ、俺には無理だ』てわかっちゃったんすよ」


 ケイは意外そうな顔をしながら後輩の方を見つつ、白い煙を静かに吐く。


「あ、気にしなくていいっすよ。そんな俺をギルドは職員として雇ってくれてるんですから。頭の悪い俺がこんな公務員みたいな良い職にありつけたのは、少しだけでもレンジャーやってたおかげだと思ってるんで」


 戯けたように言う後輩に、自分の中での整理が出来ていることを感じ取ったケイは、安堵して再びエレハス山へと視線を向ける。飛行艇が向きを変え、支部へと戻ってくるのが見える。


「来たね。じゃあ仕事に戻ろうか」


「了解っす」


 ケイは携帯灰皿にタバコを押し込めると、一つ背伸びをして屋上の入り口へと戻っていった。

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