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ディーバ超次元戦記 〜The World of Twenty-eight Dimensions  作者: 八雲、
2章 〜レンジャーの仕事〜
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43.【C-狩猟】エレハス山④

 ウルフベアは山頂にほど近い斜面の上からアッシュ達を見下ろしていた。一帯は木が疎らにしか生えて無いが、代わりに斜面が他の場所より急になっている。


 クラスターボムをくらって相当に気が立っているのだろう。再び視界に入ったアッシュ達に、今度こそ息の根を止めてやると言わんばかりの咆哮を上げる。


「高い位置からの攻撃には気を付けて」


「ん。今度は大丈夫」


 アッシュの助言にレイは頷きながら返すと、太刀を構えて近付いていく。


 ウルフベアの敵意は明らかにアッシュに向いているが、レイがその間に立ち塞がる形だ。


「グルゥゥゥ……」


 レイの気に押されたのか、ウルフベアは立ち上がって低い唸り声を上げてレイを見る。


「……!」


 2メートルほどの距離まで近付いていたレイがウルフベアへと跳びかかると、金属同士がぶつかり合うような音が響く。レイの太刀をウルフベアが爪で弾いたのだ。


 だが今度はレイも弾き飛ばされない。逆の腕が振るわれるよりも早く弾かれた反動を利用して斜面を1歩分下がると、着地した脚で再び跳躍して先程よりも鋭い一閃をウルフベアの腹目掛けて振る。


「グァウ!!」


 ウルフベアはその攻撃を、咄嗟に腕で受ける。ナイフと違い重みのある太刀による斬撃は、肉までは届かずとも皮を斬り裂き傷を与えた。


「ブラインドボムいくよ! レイはそのままウルフベアの方を見てて!」


 アッシュはレイが斬り込んだのを見計らってブラインドボムを投擲する。


「3! ……2! ……1!」


 起爆カウントをアッシュが大声で伝えている間に、レイは更に2回、跳んで退いてを繰り返す。だがいずれも爪や皮を削るに留まり、本命である腹部には届かない。


 レイはブラインドボムに備えて、退いた場所から更にもう1歩下がった。その瞬間、周囲が反射光で白く染まる。


「ギャッ!」


 レイの視界にブラインドボムを受けて仰け反るウルフベアが映る。レイはすかさず斜面をウルフベアの右に回り込むように駆け上がって攻撃を仕掛ける。しかし、


「!」


 完全に虚を突いたと思われたレイの斬撃を、ウルフベアは再び爪で弾き返す。


「やっぱりかー」


 先程から木属性や土属性の法術でウルフベアの動きを牽制していたアイリがぼやく。嗅覚に優れるウルフベア相手では、ブラインドボム単体では効果が薄いということを改めて認識させられる。


 アッシュは思考を巡らせる。


(視力はすぐには回復しない。アイリのおかげで、大きく動くこともない。けどナイフじゃ効果が薄いし、ボムではレイを巻き込んでしまう。であれば……)


「アイリ! そのまま抑えておいて!」


 アッシュは武器をブーメランへと切り替えると、大きさを最大に調整する。


「……おーけー!」


 アイリはアッシュの考えを察して、法術をウルフベアの周囲に集中させる。


 それを確認したアッシュは、手に持った特大ブーメランをあらぬ方へと投擲する。ブーメランは木の間を抜けながら飛んでいき、やがて方向転換してアッシュの方へ戻ってくる。


 軌道上にウルフベアの背中を捉えながら。


「レイ! 合わせて!」


 レイはウルフベアの奥へと僅かに視線を向けると、跳ぶ直前だった右脚に更に力を込めつつ姿勢を低くして構える。


 直後、鈍い音を響かせながらブーメランがウルフベアの背中を強襲する。


「ギュエッ!!」


 背後からの突然の強烈な打撃に、ウルフベアも堪らず腹を突き出すような姿勢になる。その隙を逃さず、レイがウルフベアの右脇腹から左肩へと斬りつける。


「グォォォウウゥ!!!」


 ウルフベアが仰け反りながら、一際大きな咆哮を上げる。


「よし!!」


「やった……!」


「……」


 喜ぶアッシュとアイリに対して、レイだけが冷静でいた。斬りつけた勢いを殺さずにクルリと回転すると、ウルフベアの喉元に向かって太刀を突き出す。


「くっ……!」


 だが追撃は爪で弾かれる。だけではない。レイを爪で切り裂こうと、即座に反対の腕が尋常ではない速度で振るわれる。


 レイは後ろに跳ぶが、斜面の下への急な回避だったこともあって、10歩分ほど間が空いてしまう。


「レイ! ……よかった、当たってはいないんだね」


 アッシュとアイリがレイに駆け寄る。その間にウルフベアは、頂上に向かって全力で駆けていった。アイリの法術が途切れたことで、自由に動けるようになったのだ。


 ウルフベアの後を追おうと走り出そうとしたレイを、アッシュが止める。


「レイ、落ち着いて。深手は負わせたし、逃げたのは山頂だから、後は平らなところで追い詰めるだけだよ」


「……ん。わかった」


「よし、じゃあ行こうか」


 レイの返事を待って、アッシュは斜面を登り始める。ウルフベアの血の跡は、もはや地図など見る必要も無いほどにはっきりと、真っ直ぐに山頂へと向かっていた。


***


 木々の隙間を抜けて山頂へと辿り着く。ウルフベアは山頂の広場の中央で丸くなっていた。


「……死んでる?」


「わからない。2人はここで待ってて。確認してくる」


「……わかった」


 アッシュは慎重にウルフベアへと近付いていく。


(ナイフを当てて見ようか……。でももし寝ているなら、レイに任せた方がいいし……)


 とアッシュが思考していると、突然ウルフベアとの間に大きな黒い影ができる。直後、その影目掛けて”何か”が降ってきた。


「……!?」


 腕で土埃から顔を守りつつ、アッシュが見上げた先。そこにいたのは巨大な鈍色の竜種であった。


(竜種!? なんでこんなところに!? 逃げ……)


 あまりに突然のことに思考が追い付かず、アッシュは反応が僅かに遅れた。だがその僅かな遅れで全てを持っていかれることがあるのが実戦である。


 鋭い鉤爪が付いた腕が、まるで小蝿を追い払うかのように軽く振られる。ヒト族1人など竜にはそれで十分であった。


 アッシュの身体はピンボールのように跳ねてアイリとレイの横を抜けていき、木にぶつかって地面に転がった。


***


 全身から力が抜けていく。


 状況は把握できていた。竜に殴られて山頂の端まで飛ばされたのだ。まず無事では済まないが、痛みは驚くほどなかった。ウルフベアに追いかけられて転んだ時の方が、よほど痛みは強かったように感じられた。


 だが苦しさは強かった。呼吸ができないのだ。もっとも、身体は既に酸素を要求しておらず、胸の辺りの筋肉が惰性で続けたがっている呼吸を無理やり止められている、という苦しさだ。


 ぼやける視界の中、アイリが必至にロッドを振り、レイが小物端末から修復薬を取り出そうとしているのが見て取れた。


 しかしそれらの行為に意味が無いことは、アッシュ自身が一番理解できていた。


 そもそもこれはエーテル体である。エーテル体がどれだけダメージを受けても、ギルドの変換機の中にあるアッシュの身体には傷一つ付いていない。


(……とはわかっていても、さすがにこれはキツいな……)


 こんな体験はしないで済むならばしたくは無かったと考えつつ2人の奥を見ると、竜が更にこちらに近付いてきていた。


(アイリ……レイ……逃げて)


 しかし、呼吸すらできない身体が声を発するはずもなかった。思考がまとまらず、代わりの方法も思い付かない。自身の無力さに虚無感が湧いてくる。


 その時であった。


「ゴアァァァ!!」


 竜の身体が突如として吹き飛び、地図が描かれたボードを押し潰した。そして竜がいた場所に、竜と比べるとかなり小さな影が着地する。


 肩の下辺りまで伸ばした、先端が赤くなった金色の髪。頭頂辺りに生える1対の狐耳。そして腰の下からは、モフモフとした尻尾が数本付いている。


 その場において、最も想像し得なかった姿がそこにあった。

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