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ディーバ超次元戦記 〜The World of Twenty-eight Dimensions  作者: 八雲、
2章 〜レンジャーの仕事〜
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42.【C-狩猟】エレハス山③

 ガサリガサリと低い草を掻き分けて歩く黒い塊。その塊が突如ピタリと動きを止める。山の上から吹く風に、この山に無い匂いが乗ってきたのだ。


 その匂いに額に残る鈍い痛みが疼く。ウルフベアは匂いのする方へと顔を向けて匂いの元を目に捉える。そして牙を剥き、威嚇の咆哮を上げた。


***


 アッシュはウルフベアに見つからないよう慎重に西へと移動した。ある程度進んだところから今度は登っていき、山頂側からウルフベアへと近づく。


 こうすることで山頂から吹いてくる風にアッシュの匂いが乗り、距離を十分に取ったままウルフベアに気付かせることができるという判断だ。


 そして今、狙っていた通りアッシュに気付いたウルフベアが牙を剥いて走り寄ってくる。


 アッシュはその様子を見ながら、先日の採集クエストでウルフベアと遭遇した時のことを思い出す。最初は威嚇されただけだったので、追いかけてもらうためにナイフを投げつけたのだ。


 その時と比べると格段に行動が早いことから、ウルフベアがアッシュのことを覚えている可能性が考えられた。


(まだ僕のこと覚えてるかな? 挑発し直す手間が省けたのはいいけど……)


 クラスの都合、戦闘面ではアッシュは主戦力とはなり得ないので、単独で長時間相手にすることは避けたいところであった。


 とは言えレイがウルフベアに見つかっては分かれた意味が無くなってしまうので、距離は十分に取ってもらっている。レイが追い着くまでには多少時間が必要だろう。


 アッシュは覚悟を決めると、右へ左へと木々の間を縫いながら次々とナイフを投擲する。


 厚く堅い皮に弾かれて、当たったところで大半は地面に転がっていく。左上腕に2本だけ刺さっているのが見えるが、投げた総数からしたら大した数ではない。


(しかも刺さっているのは腕だけ。顔面はダメージはあっても、刺さらない以上は有効打にはならないな……)


 一方的に攻撃をしているアッシュだが、やはり整備されていない登り斜面での戦闘となると、盤面の有利さではウルフベアに敵わない。


 確実に距離は詰められており、このまま有効打を与えられずに続けるのは悪手であった。


 これ以上ナイフで攻撃しても意味は無いと踏んで、アッシュは武器をボムに切り替える。そして斜面を駆け上がって追ってくるウルフベアに向き直ると、その場で足元にエーテルを集中させていく。


 怒り狂ったウルフベアは、その不自然な動きにも構わず突進してくる。アッシュはギリギリまで引き付けてから、ウルフベアの頭上を超えるように大きく跳んだ。


 ボムをその場に残して。


 アッシュに気を取られて腕を伸ばすウルフベアの正面に残されたボムが、鋭い音を立てて爆発する。そしてそれに続いて、更に細かい破裂音が無数に響く。


「グギャウウウゥ!」


「いったっ!」


 近距離でボムを食らったウルフベアが咆哮を上げる。さすがの堅い皮越しでもかなりのダメージが入ったはずだ。


 アッシュが使ったボムは、その名称を”クラスターボム”という。


 中に小さなボムが複数仕込まれており、最初の起爆でそれが周囲へとばら撒かれる。その小さなボムは急激に空気に曝されることで更に起爆し、中に入った無数の鉄片を周囲に飛び散らせるのだ。


 クラスターボムは攻撃できる範囲という点も兼ねて凄まじい威力を誇るが、代わりに使い勝手はかなり悪いと言える。


 仲間が近くにいればまず使える代物ではなく、現にウルフベアを盾にして使ったアッシュ自身も、すり抜けてきた破片が右脚に当たり出血していた。


 アッシュは高さのある着地は諦めて、空中で武器をナイフに切り替えると、程よい太さの木の枝にワイヤー付きナイフを当てる。


 ウルフベアは呻き声を上げて藻掻いている。と、ウルフベアがバランスを崩して斜面を転がっていく。


「レイ! 頼んだ!」


 ワイヤーに掴まって振り子のように揺れながら、アッシュはちょうど追いついてきたレイに向かって叫ぶ。


 レイは斜面を転がってきたウルフベアにも動じず、太刀を抜いて構えるとウルフベアに向かって走り寄る。


 だが、ただ転がっているように見えたウルフベアが、レイを前にして突如踏み留まった。


「ガァァ!!!」


 そして斬りかかろうとしていたレイに、鋭い爪の付いた腕で大きく振りかぶる。


「っ!!」


 レイは咄嗟に太刀で攻撃を防ぐが、如何せん場所が悪い。上からの攻撃に踏み留まることができず、そのまま飛ばされて近くにあった木の幹に打ち付けられる。


「レイ!!」


 ワイヤーを伸ばして地面に下りたアッシュは、急いでレイへと近寄ろうとするが、右脚の痛みに思わずその場に膝を付く。


 右脚に刺さった鉄片は幸いにも入り込んではいなかった。アッシュはその鉄片を引き抜く。


「くっそ……クラスターはこれだから……」


 そして小物端末から急いでエーテル修復薬を取り出して傷口に掛けていくと、傷と痛みは即座に消えて行く。


 治療を終えたアッシュが斜面の下へと目を遣ると、ウルフベアは山頂方向へと走り去っていくのが見える。


 一方のレイは、その場でフラつきながらも立ち上がっていた。正面からのウルフベアの攻撃を防ぐことにリソースを割いた結果、背面の防御が脆くなっていたのであろう。


「おーい! 2人とも大丈夫ー?」


 アイリが山頂とは反対の斜面の上から走って来る。


「アッシュ! その血どうしたの!?」


「もう修復薬で塞いであるよ。それよりレイの方に行ってあげて」


 慌ててロッドを構えるアイリを静止しつつ、斜面の下のレイを指差す。


「わかった!」


 アイリは斜面を一気に駆け下りて、レイに近づくと回復法術を使う。


「ありがとう」


「もう大丈夫?」


「ん。打ち身だけだから」


 アッシュもアイリの後を追って斜面を下りて行く。


「状況確認しよう。アイリはどう?」


「東の登山道までスプレー撒いてきたから、これで山頂までをグルっと囲えたよ」


 スプレーの効果がどれだけ強いかをアッシュは実感したわけでは無いが、先程まで戦っていたあのウルフベアが逃げ出すというのだから、相当に苦手なことが推測できた。


 であるならば後は、着実に山頂へと追い込むだけである。


「私は、特に」


 レイはそれだけ言うと少し俯く。初戦で特に成果を出せなかったことを悔やんでいるのだろうか。


「レイは前衛なんだからこれからだよ。僕はナイフで応戦しつつ発信機を付けておいた」


「ありがと。えっと今いる場所は……」


 アイリが武器端末の地図を出す。ウルフベアは山頂方向へと移動を続けている。


「山頂方向に向かってるね。追いかけよっか。じゃあレイ、また先行よろしく」


「ん」


「ちょっと待った」


 ウルフベアの後を追おうとしたアッシュとレイをアイリが止める。


「アッシュ。その傷はどうしたの? ウルフベアから受けたって感じじゃないけど」


「ああ、これね。クラスターボムで良い感じに攻撃出来たんだけど、その時にちょっと当たっちゃってね。でももう大丈夫だよ」


 だが軽い報告のつもりで言ったアッシュに対して、アイリは怒りの感情を見せる。


「クラスターはそんな簡単に使っちゃダメだよ!」


「エーテル体だから、そんな……」


「エーテル体でも! 自分から怪我しに行くようなことは許さないよ!」


 初めて受けたアイリからの本気の怒りに、アッシュは思わずたじろぐ。


 エーテル体だからと言い訳しつつも、アッシュはアイリの言っている事の方が正論であることは理解していた。


「……ごめん。ちょっと焦った。これからは気を付ける」


「わかったなら良し!」


 実際のところ脚だったから良かったものの、もし胸や頭に当たっていたら即死 —— エーテル体の消失による強制帰還となる。


 サポート役とは言え安易に危険な攻撃に出てしまったこと、そしてそれを危険だと認識していなかったことを、アッシュは悔いた。


 戦闘で最も危険なことは成果を焦ることである。基本中の基本をついで忘れたいたことに、アッシュは自らの未熟さを感じつつ、再び山頂に向かって歩き出した。

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