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ディーバ超次元戦記 〜The World of Twenty-eight Dimensions  作者: 八雲、
2章 〜レンジャーの仕事〜
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40.【C-狩猟】エレハス山①

 休日明けの初日。この日はエレハス山での採取依頼の際に遭遇したウルフベア狩りに行くことになっている。


 アッシュは勿論のこと、アイリとレイも初めての狩猟依頼に少なからず緊張しているのか、ダイニングで交わす言葉もいつもよりも少ない。


 朝食を終わらせた3人はそれぞれ自室へと一度戻り、依頼に行く準備をしてエントランスに集合した。


「今日はアイリはメイジで頼むよ」


「大丈夫。ロッドの準備も万端だよ」


 そう言ってアイリは端末からロッドを取り出す。先週受けた依頼ではアイリにはグラディエーターにしてもらっていたため、ロッドを持つ姿を見るのは初めてのことである。


 ウェイマスク社製の最新モデルの1つ前の型であるが、重さの面から未だにこちらを愛用している者も多い。アイリもおそらくそのパターンなのだろう。


「僕はソルジャーでレイが戦いやすいようにサポートする。ウルフベアとの戦闘はレイ1人に任せることになるけど、怪我には気を付けてね」


「ん。大丈夫」


 レイはコクリと頷きながら応える。


「よし。それじゃあ行こうか!」


 それぞれの役割を確認し終えて、3人はギルド本部へと向かった。


***


 受付ではいつもどおりニーナが待っていた。やはりその頭頂部から狐耳は出ておらず、アッシュ達には関係の無い理由で隠していることが伺えた。


 受注のためアッシュが話しかけようとしたところで、突然カウンターに置かれたニーナの通信端末が音を立てて鳴り始める。


「申し訳ありません。少々お待ち下さい」


 そう言ってニーナは端末の通話ボタンを押す。


「……はい、ニーナです。……はい……1個不足しましたか。申し訳ありません。ギルドの在庫から用意しますので、少々お待ち下さい」


 どうやら依頼上のトラブルのようだ。受付業務だけでなく、こういった対応までニーナの仕事とというのは少々意外であったが、それ故にアッシュは気苦労が多いだろうと少し同情してしまった。


「……いえ、とんでもないです。はい、では失礼致します」


 通話を切ったニーナは、すぐに端末を操作して通話を始める。


「ニーナです。先程の依頼でヴァプラ様に納品したコランの外殻ですが、不良がいつも以上に多く必要数に1個足りなかったとのことです。ギルドの在庫からすぐに持って行ってください。以上です」


 要件だけを手短に伝えたニーナは、通話を切ってアッシュ達に視線を向けた。


「お待たせしました。仮受注中の依頼はまだ残っていますので、そちらの正式受注でよろしいですか?」


「はい。お願いします」


 一昨日のことなど綺麗さっぱり忘れたとでも言うかのようなニーナの笑顔に、アッシュも変に気を遣わずにいられる。


「承りました。ではこちらで、クラスの選択をお願いします」


 ニーナに向けられた端末の画面を操作して、アッシュは先程確認した通りに3人分のクラスを選択していく。


「終わりました」


「では変換機へどうぞ」


 3人はニーナの横を通って、変換機がある部屋へと入る。


 入ってすぐ部屋の全体を見回すと、変換機の稼働率がこれまでで最も高いように感じられた。休日明けのため動こうと考えるレンジャーも多いのであろう。


 そんなことを考えながら、ちょうど並びで空いていた一番端の変換機の手前まで来たところで、アッシュは自分の靴紐を踏んでつんのめってしまう。


「ごめん。先行ってて」


「ほーい。行こっか」


「ん」


 2人はアッシュの横を通って変換機へと入って行った。アッシュもすぐに靴紐を結び直してから、急いでレイの隣の変換機へと入る。


「……?」


 だが変換機の扉が閉まる気配が無い。どうやら故障のようである。アッシュは仕方なく小走りで受付へと戻る。


「ニーナさん。左端から3番目の変換機が故障してるみたいです」


「またですか……。ありがとうございます、アッシュさん。すぐに修理の手配をしますので、他の変換機をお使いください」


「わかりました」


 アッシュは再び小走りで戻ると、その隣の変換機へと入った。今度は問題無く扉が閉じて、変換機が起動していく。


(靴紐踏むし、使おうと思った変換機は故障してるし……運が悪いな)


 記念すべき初めての狩猟依頼だというのに、縁起が悪いというのも随分な話である。


 気を引き締め直しつつも、今はそのことは忘れよう。そう考えたところで、アッシュの視界は暗転した。


***


 相変わらずの狭く埃っぽい部屋に到着したアッシュを、開けたままの扉から顔を覗かせていたアイリとレイが出迎える。


「遅いよ。靴紐結ぶのそんなに時間掛かったの?」


「ごめん。なんか変換機が故障してて、動かなかくてさ。それをニーナさんに言いに行ってたんだ」


「ま、まあそれならしょうがないか」


 アイリが気まずそうに返す。アッシュは苦笑しながら部屋を出た。すると先週と同じくケイが出迎えてくれた。


「やあ、まただね。話は聞いてるよ。ウルフベアの狩猟だよね」


「はい。せっかくウルフベアにも遭ったので、狩猟もやってみることにしました」


「よろしく頼むよ。というわけで……」


 ケイはニコリと笑うと、カウンターの下に頭を潜らせてゴソゴソと音を立てる。そしてその姿勢のまま、支給品をカウンターの上に並べ始めた。


「食料と水はギルドでいくらでも用意する。狩猟である以上、なかなか見つからないこともあるだろう。時間がかかりそうな場合は、また戻ってくるといい」


「ありがとうございます」


 3人は水やエーテル修復薬をそれぞれの小物端末へと入れていく。一通り並べたケイは、最後に少し大きめの箱を引っ張り上げてカウンターに載せる。


「後はこれだ。ウルフベアが嫌がる匂いのするスプレー。これを地面に吹きかければウルフベアが寄ってこなくなる。これを大体200メートル置きくらいで地面に吹きかければ、ウルフベアの行動範囲を制限できるんだ」


 そう言いながら箱からスプレー缶を数本出して並べる。


「へー便利ー」


「うちは毎年この時期になると、エレハス山付近まで来てしまったウルフベアの対応に追われるからね。ウルフベアの性質は調べてるんだ」


 アイリはスプレー缶を手に取ると、興味深気に眺めている。スプレー缶を見る限りはただの整髪剤のようである。


「ただし使いすぎは注意だ。すぐには拡散しないものだけど、水で流さない限り数日は効果がある代物だ。その上かなり強力で、ウルフベアはこの臭いを嗅ぐと逃げてしまう。服に匂いが着き過ぎると、ウルフベアに近寄れなくなってしまうからね」


「じゃあこれは私がやるよ。一番離れても大丈夫なのが私だし」


「あ、ちょっと待って。それなら距離を詰められると戦いづらいから、僕の方がいいかな」


 ソルジャーの武器は投擲が必要であり、また最も攻撃性の高い武器がボムである都合、接近されてしまうとほとんど封殺されてしまうのだ。


 当然そうはならないように立ち回る訓練も積んではいるが、保険として使える物があるならば持っておきたいところであった。


「えー私がやりたいなぁ ……だめ?」


 だが理論的に考えてそう言ったアッシュに対して、アイリは目を輝かせながら懇願してくる。アッシュとしてはあくまでも”あったらいい”程度の物なので、そう言われれば断る理由も無かった。


「やりたいなら任せるよ」


「やった!」


 そう言ってアイリは嬉しそうに、スプレー缶を小物端末へと入れていった。


「決まったようで何よりだ。では次に朗報だ」


 そう言ってケイはカウンターに置いてあったパソコンをアッシュ達に向ける。そこにはエレハス山周辺のマップが映っていた。


「ちょうど10分くらい前に南の登山道の休憩所の監視カメラに、東へと向かうウルフベアの姿が確認された。まだそう遠くには行ってないだろうから、東の登山道から登ってスプレーで範囲を限定して捜索してみてくれ」


 南の登山道の休憩所は山の中腹部にある。東の登山道を登りながらスプレーを撒いて行けば、そこから東へはウルフベアが進めなくなる上に運が良ければウルフベアに遭遇することも出来るだろう。


「こちらでも引き続き監視カメラを見ているから、また何か新しい情報が入ったらメッセージで伝えるよ」


「わかりました。エレハス山で何か気を付けなくてはいけない場所はありますか?」


「そうだな……東の展望台の辺りは斜面が急になっているくらいか。低い山だから、それ以外に特に注意することは無いだろう。逆に君たちの方で、エーテル草を取りにいった時に気付いたことは何か無いかい?」


 アッシュは先日の依頼を思い出していく。何か使える物が無いかと探しながら登ったが特に収穫は無く、帰りはウルフベアに追いかけられて猛ダッシュで途中まで下り、そこからは転んだ怪我もあってゆっくりと下っていったのだ。


「特に何か変わった事は……」


「糞があったじゃん」


「あ、そうだったね」


 スプレーを小物端末にしまったアイリに言われて、そうだったとアッシュも頷きながら返す。たしかにあの臭いは異常であった。


「糞かい?」


「物凄く臭いのが、途中の空き地にドーンとあったよ。アッシュがエアボムで臭いを消してくれたんだけど」


 アイリが身振り手振りを交えながら伝える。やや大袈裟にも思えるが、感覚器官が鋭いアイリにとっては致命的でもあったのだろう。


「どの辺りだったか覚えてるかい?」


「えーと……」


「ここ」


 と、今度はレイがマップを指差す。


「よく覚えてるね」


「気になったから見てた」


「ありがとう。それについてはこちらで調べさせてもらうよ。君たちは依頼に出てくれて構わないよ。ポータルは東の登山道に一番近い場所に設定してある。……ふーむ……ちょうど真ん中辺りか……」


 ケイはそれだけ言うと、何かを考え込むように手で口を覆ってマップをジッと見つめ始めた。


「……? わかりました。では」


 ケイの言い方や様子に何か引っ掛かる印象を覚えたアッシュだが、かと言って何ができるわけでもない。ウルフベアが移動していることもあるので、やや急ぎ足でポータルへと向かった。


***


 3人を見送ったケイは考え込む。


(中腹の空き地に臭いのキツい糞……エレハス山周辺で、これまでその手の報告は上がったことは無い。もしかすると……いや、でもそんなことがあるのか? 念のために調べるか……)


 ケイは机の上に置いてある通信機を取り出すと、ギルド本部へと繋ぐ。


「こちらセードル北西支部。緊急で採取依頼の依頼だ。……そうだ、採取だ。脚が速くて山道に強いレンジャーがいい。……何事も無ければそれで構わないのだけど、事と次第によっては”ギルド長”に出てもらわなければならないかもしれないというのも伝えておいてくれ」


 ケイは通信機を切って、天井を仰ぐ。


 どうか何事も無いように。今ケイに出来ることは、ただそれを祈るだけであった。

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