39.拠点開発
バーガーショップから出た後、更に周辺の店を見て回っていく。
初日に3人でパンデムの街に出歩いたが、その時は食料品を買ってすぐに戻ってきたこともあって、しっかりと散策したのは今回が初めてであった。
特に興味深かったのは衣服関連であった。
ヒトとは違う部位を持つ魔族に合わせ、例えば翼や尻尾を出すためのスリットが入っているなど、アースでは見ることは無かったであろう様々な加工が成されていたのだ。
ただやはり”穴を作るよりも布面積を減らした方が楽”ということなのか、全体的に薄めの衣服が多かったようにアッシュには感じられた。
ふと見るとエレーネク市街を囲う壁の上から覗く空が、少し紅く染まっていることに気付いた。思っていた以上に楽しんでいたようである。
「他行きたい場所ある?」
「んー思い付いたところは全部行けたかな」
「なら今日は帰ろうか」
そろそろ夕飯の準備をしないといけないしと考えながら、アッシュは端末で周囲のポータルを調べる。
「隣の通りにポータルがあるね。あの道を抜けて行こう」
アッシュは道を渡った先の路地を指差しつつ、そちらへと渡っていく。
ギルド本部の建物へと戻り、更に拠点へと向かうポータルへと入る。すると家へと続く道の中央に何者かが背中を向けて立っていた。
鱗に覆われた長い首や両腕両脚、リザード族だろうか。そしてなぜか肩に白いタオルを掛け、頭の上には黄色いヘルメットが乗っかっている。
「ようやく来たか」
リザード種がアッシュ達に気付いて振り返る。声からして男性のようだ。
「勝手に入っちまって悪いな。お前がアッシュだな。俺はギルドの土地開発担当をやっている、ウェルドってもんだ」
「はい。何かご用ですか?」
最初の説明の際に、ニーナからギルド職員が来ることがあるとは聞いていたので、アッシュは然程気にはならなかった。
それよりもむしろ日中をほぼ外で過ごしていたため、用事があったにも関わらず待たせてしまったかもしれないという方が気に掛かるところであった。
「聞いてると思うが、ここは開発が始まったばかりでお前らに貸してある土地だ。けど貸し出したとは言え、開発はこれからも進めなくちゃならねえ。今日はその説明ついでに諸々の準備をしにきたんだが、いなかったから先に始めさせてもらった」
そう言ってウェルドが指差した方向を見ると、白いヘルメットを被った小さな影が幾つも動いていた。
「……!」
「アッシュ、あれってゴブリン種じゃない?」
シェーンの森で襲って来たのと同じゴブリン種の姿に、アッシュ達は思わず身構えてしまう。
だがそのゴブリン種達は木槌で杭を打ったりロープを張ったりと、”真面目に労働している”ように見えた。
「あいつらには今、区画整理をやってもらってる。その辺りの作業は任せられるんでな。で、お前らに言っておくことは1つだけだ。開発は当然ギルドの費用で進めるが、どこに何を建てるかについてはお前らの意見を反映する」
「え、僕たちのですか?」
「そうだ。ただし建てられる物は決まってる。カタログを渡しておくから、その中から何を建てたいか考えてくれ。俺らでその通りに建てていく」
ウェルドは端末を操作して、中から分厚い冊子を手渡してくる。今の時代に紙のカタログというのも珍しいものだと思いつつ、アッシュはそれを受け取る。
「貸し出される土地は今後、レンジャーとしての実績や人数によって拡張されていく。ただその頃には、チームのメンバーもお前らだけってことは無いだろう」
「募集をしてメンバーを増やしていくことになると聞いています」
「もちろんそれもあるが、いずれギルドの新規加入者の受け入れ依頼も来る。そうなると、同じチームでも一緒にレンジャー活動をしたことが無いなんてことも出てくる。そういった連中の宿泊施設なんかは、早いうちに依頼しておけよ」
アッシュ達のように、最初からチームを作って拠点を与えられるレンジャーは非常に限られている。
一般的なレンジャーはまずは3名1組のグループをギルドで組まされ、チームを作れるようになるまでどこかに間借りすることになるのだ。
その際は希望が無ければAランク以上を抱えるチームに、ギルドがサブメンバーとして受け入れ依頼を行う。
受入れたチームではサブメンバーがメインメンバーと一緒に活動することは殆ど無く、ただそのチームに所属してもらうことになるという仕組みだ。
ただしAランク以上を抱えるチームというのも数が限られているので、どこもサブメンバーだけで100人を超えることになる。当然ながら専用の建物を用意するべきであろう。
「俺からの話は終わりだ。建築依頼はギルドの窓口に出せば俺まで届く。それ以外も何かあればだいたい窓口でどうにかなるから、色々と聞いてみるといい」
そう言ってウェルドは再び背中を向けると、手を叩いて大きな音を鳴らした。
「おーい! 今日の作業はこれで終了だ! 各自食料を渡すから集まれー!」
それに反応して、作業をしていたゴブリン達が一斉に集まってくる。
「クレ! クレ!」
「ソレハオレノダ!」
「おら! 落ち着け! ちゃんと数はある! ……って引っ張んな!」
ゴブリン達に群がられたウェルドが食料の入った袋を1つずつ出して渡していくと、受け取った者から順に走ってどこかへ消えて行く。
「話は終わりだ。俺もこいつらに飯を渡したら帰る。また何度か顔を合わせることにはなると思うから、そん時はよろしくな」
「はい、ありがとうございました」
アッシュ達はウェルドに頭を下げて、家へと戻っていった。
***
夕飯を終えた3人は、共有ダイニングで飲み物を手にくつろいでいた。アッシュは貰ったカタログをペラペラとめくっていく。
「決めろと言われたけど、これだけ種類が多いと困るね……」
「最初は宿泊施設になるのかな」
アッシュの呟きにアイリが答える。
ウェルドの言った通り、遅かれ早かれレイがAランクに上がればギルドからの受け入れ依頼が来ることにはなる。
ただし、サブメンバーは基本的に『いずれチームを離れる』という前提がある。そのためアイリやレイなどのメインメンバーとは違い、住居もそれに応じて分ける必要が出てくる。
「そうだね。まずはこの近くに1つは建てないとだ。でもそれだけじゃないからね。2人も建てたいもの探してみてよ」
アッシュはカタログを机の上で滑らせてアイリとレイに渡す。
「へー同じ種類でも色々とタイプがあるんだね」
「練習場は欲しい」
「たしかに。あった方がいいよね」
ギルドの練習場もあるが、あちらは受付をしてエーテル体になって使う場所である。もっと気軽に使える簡易な練習場が拠点にあるのはいいことだろう。
「へー銭湯とかショップとかもあるんだ」
「でもその辺りは、人数が増えてからじゃないとって書いてあるよ」
「あ、ほんとだ。じゃあ他には……」
自分たちの住む環境を作っていくのは楽しいものである。何をどこに建てるか、3人であれこれと意見を出し合いながら、パンデムでの初めての休日の夜は更けていく。




