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3.次元渡航船

—— 30分前 D0/次元渡航船発着場・改札前 ——


「次の渡航船は、3番ホームから10時27分の出発となります」


 放送が読み上げる出発予定を聞きつつ、アッシュは端末の時間を見る。


 10時19分。後8分で乗船する渡航船が出てしまうことに気付いて、アッシュは小走りで改札を抜けて乗降ホームへと向かうエレベーターへと急いだ。


 扉が開くと、白い大きな機体が見えてくる。


 全長200メートル以上。先端を伺うことは出来ない程に大きくピカピカに磨かれた渡航船のボディには、アッシュも少なからず心を躍らせれる。


 渡航船は、宇宙空間を移動する際に用いられているスペースシャトルと同じ形状をしている。


 アースにおける開発事業の主軸が宇宙から次元へとシフトした際に、スペースシャトルを転用したのが渡航船の始まりであり、そのモデルが現在も引き継がれているのだ。


 もっともスペースシャトル自体は現在でもアース —— 正確にはD0とD1だけだが —— で居住環境が確立している惑星やスペースコロニーの間で、貨物の運搬には不向きな転移ポータルの代わりに頻繁に行き来をしている。


 ただし次元渡航の簡便化によって乗客も貨物も次元開発へとシフトした当時と比べると激増しているため、渡航船はスペースシャトルの数倍というサイズを誇る。


「うわー! シャトルだ! ママ、見て! シャトル!」


 ホームに響いた男の子の声にアッシュが目を遣ると、これから旅行に行くという雰囲気の家族連れが、手を繋いで階段を登ってきたところであった。


 最近はスペースシャトルと次元渡航船を題材にしたロボットアニメが放映されており、子ども達の間では次元渡航船もシャトルの名で通っているのだ。


 その様子を見てアッシュは、ふと初めて渡航船に乗った時のことを思い出す。


 今から8年前のあの日、虚弱体質を治せる技術を持つメルカドルへと行くために初めて渡航船に乗った時は、アッシュも同じように随分と興奮したものだ。


 そして治療した帰りは今までになく動いてくれる身体への喜びもあって、渡航船の中を探索して回ったのである。


 もっとも中は無機質な壁と広告が広がるだけで、部屋ごとの差も無い単純な構造のため、すぐに飽きてしまったのはいい思い出だ。


 アッシュは再び端末の時計を見る。ここまで来れば出発までは余裕がある。特に理由は無いが、アッシュはすぐ手前の入口を通り過ぎて次の入り口までホームを歩いてから渡航船に乗り込んだ。


 部屋の周囲をグルっと囲むように設置された席の中央辺りに座って少し待っていると、案内放送と共に渡航船の扉が閉まる。


 そして僅かに揺れた後、コンクリートの床を分厚いタイヤが進んでいく音が窓の外から聞こえて来たかと思うと、ボッというエンジンの点火音と共に渡航船が一気に加速していく。


 窓の外を見ると暗い建物の壁が途切れて、一瞬青空が目に入ってくる。だがそれもすぐに暗転して、何も見えなくなってしまった。


 次元の間は光が無いため、次元渡航の間は外は真っ暗になるのだ。


 渡航船による移動に掛かる時間はまちまちで、5分程度の区間もあれば1時間程掛かる区間もある。もっとも大半は次元移動後に渡航船の発着場がある都市までの飛行に要する時間ではあるのだが。


 ともあれこの移動は絶対的な拘束時間となるため、ポータルで一瞬で移動が出来る次元内と比べると決して利便性が高いとは言えない。


 それでも次元の先に広がる無限の可能性を、ディーバの誰もが信じていた。


 そしてそれ故にディーバの到る所に爪痕を残し、現在も散発しているシャドウ被害というのは大きな影響があったと言える。


 アッシュは窓の外から部屋の中へと目線を移す。養成所に入ってからは何度も見た、いつもと変わらない船内の光景。だが今日はどうにも気分が落ち着かない。


 もっとも、その理由はアッシュ自身が一番よくわかっている。


(……久々に中を歩いてみるか)


 アッシュは席を立って、奥の部屋へと向かった。


 そこにはホームで見た家族連れがいた。それ以外の乗客は2人組の端末を見ているスーツの男性を除けば、アッシュと同じく1人の者ばかりのようだ。


 早朝や夕方には立っている者の方が多い程度には混雑するが、少し時間をずらせばこの通りである。


 アッシュはその部屋をゆっくり歩いて横切り、更に奥の部屋に行こうとする。だが自動ドアには”この先貨物専用”と書かれた札が掛けられて、開かなくなっていた。


 どうやら客が少ないことを見越して、奥2つの部屋には貨物を積んでいるらしい。


「あっ!」


 奥が無いなら隣の部屋に行こうと、もう1つのドアに近付こうとしたところで、後ろから先程の男の子の声が聞こえてくる。


 振り返ると男の子は窓に顔を押し付けており、その窓からは空が見えていた。


 —— いよいよ次元を超えた。


 そう考えると「本当にここで良かったのだろうか」という迷いが、レンジャーになることへの昂ぶりを塗り潰していくかのように、アッシュの心の中にじわりと広がり始める。


 それと共に落ち着かなかった気持ちが、突然冷水を掛けられたかのような感覚で抑えられていく。


 紹介状を持ってギルドに加入する場合、新人とは思えないほどの高待遇が約束されている。だが代わりに、安易に別のギルドへと移ることもできなくなるのだ。


 もっとも、レンジャーになれるのであればギルド自体はどこでも変わらないと考えてここまで来たため、この迷い自体が意味の無い物であることはアッシュ自身が一番理解していた。


(だから他人に決めてもらった方が楽……なんて考えてたんだけどな)


 ここまで来て自身の決断に迷いを持ってしまうことの不甲斐なさを感じつつ、アッシュは自嘲気味に笑った。


 と、その時だった。奥の部屋との間を区切る壁の中央辺りから、けたたましい音が響く。アッシュを含めて、部屋にいた全員が音がした方を振り向く。


 貨物が崩れたのだろうかとアッシュは考えたが、すぐに鳴り響いた警報と開いたシェルターに、それが誤りであったことを気付かされる。


「警報! 船内にシャドウ侵入! 貨物部屋にて確認! 乗客の皆様は速やかにシェルターに避難してください!」


 それを聞いた乗客達が悲鳴を上げてシェルターへと走り出すのと、部屋を区切る分厚い壁が大きな音と共に崩れたのは同時だった。


 壊れた場所を見やると、今まさに養成所で幾度となく映像で見させられたシャドウが部屋に侵入してこようとしているところだった。


 シャドウは少しその場に留まったが、すぐにシェルターへと逃げようとする家族連れに向かって進み始めた。


 シャドウは見た目以上に移動速度が速く、子どもの脚ではシェルターの扉が閉じる前に追いつかれてしまいそうだ。


「——っ!」


 アッシュは近くに飛んできた壁の破片を掴んでシャドウに投擲する。破片は寸分違わずシャドウの表面に浮き出た核を捉える。


 シャドウは再び動きを止めると、その部分が頭であるかのように核をアッシュの方に向ける。武器ではないためダメージはほとんど無いが、注意を引くには十分だったようである。


 その間に家族連れはシェルターへ逃げ込んだ。当然だがシャドウはアッシュの方へと進行してくる。シェルターから母親らしき女性が、アッシュを不安そうに見てくる。


「僕は大丈夫なので、早く閉めてください!」


 そう言いつつアッシュは端末から剣 —— 樹脂製の柄のスイッチで起動するビームサーベル —— と盾を取り出して構える。それを見て女性は安堵したかのような表情をして、シェルターを閉めた。


 ただ威勢よく構えたはいいものの、当然攻撃を受ければ怪我になるし、死はそのまま死である。レンジャー志望だからと言って無理をする必要は無い。


 回避と防御に徹して移動し、開いてるシェルターを探す。最悪、行き先のギルドに連絡は行っているはずなので、到着するまで逃げ回ることになっても問題は無い。


 そのくらいは軽く出来る程度には、養成所で訓練もしてきた。船の構造上、逃げ回るにも困らない。


「っと! 危な!」


 考えている間にシャドウが攻撃を仕掛けてくる。


 幸い動きは単調だったため身体を少し傾ける程度で回避が出来たが、空を切ったシャドウから伸びた鞭のような器官が座席のシートを切り裂いたのを見て思わず肝が冷える。


 油断は禁物だ。当たりどころが悪ければ、死ぬことだってあることを忘れてはならない。


 命がけの鬼ごっこの始まりである。

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