37.武器ショップ
アイテムショップを出たアッシュ達は、次にアイリの希望で向かいにある武器ショップに入る。
「アッシュっていっつも武器レンタルだけど、自分の武器って持ってないの?」
武器ショップに入ると同時に、アイリがアッシュの方を振り向いて問い掛ける。
「持ってないよ」
「やっぱり。武器は持っておいた方が良いと思うんだよね。カスタマイズできないでしょ」
メーカー製の武器はサイズや重さが製造段階で決められており、使う際には武器ショップで使いやすいようにカスタマイズを行うのが一般的である。
つまり武器の力を最大限に発揮するには、武器を個人で所有する必要があるのだ。
「僕はカスタマイズの効果が薄いんだよね。それに全種類使えることが自分の強みだと思ってるから、今はまだどれかに絞る気も無いし」
一方で動作や技は一度見れば大抵コピーできてしまうアッシュにとって、全ての武器を使えるようになるのは造作もないことであった。
特殊な力を宿しているわけでも無いアッシュが養成所で紹介状を貰うに足りる成績を出せていたのは、この強みのお陰であった。
だが実はこれが良いことばかりではなかったのである。その欠点が如実に現れていたのが、武器のカスタマイズによる最大限の力の発揮が出来ないというものであった。
カスタマイズは正確には、筋力や癖に合わせた調整を行うことで力をより引き出すという考え方に基づいて行われている。
これに対してアッシュは、どんな仕様に対してもほとんど癖を出さずに人並みに使えてしまうため、養成所のレベルではカスタマイズのしようがなかったのだ。
或いはその道のプロの手に掛かれば見い出すことも出来るのだろうが、アッシュとしてはわざわざそこまでする気にもなれなかった。
「でもその少しを詰めるのが肝心でしょ」
アイリは食い下がる。アッシュとしては、現状カスタマイズが無くてもやっていけており、むしろ特定の武器にカスタマイズを入れてしまうことで、癖が付いてしまう可能性を恐れていた。
「うーん……」
「レイからも言ってやってよ」
「私も長さと重さを調整してる。握りも大事。重心の場所で、振り易さも変わる」
そこまで言われると、癖が付いて歪んでしまうリスクは覚悟してでもやってもいいのかもしれないと考え始めたところで、突然背後に異様な威圧を感じてアッシュはビクリと震える。
振り向くとそこには、身長が2メートルはありそうな女性が立っていた。
どう見てもサイズの合っていないTシャツを着て、バキバキに割れた褐色の腹筋を曝け出してる。丸太のように太い二の腕、赤いショートヘアの横から生えた黒い角、ミノタウロス種である。
「お前がアッシュか?」
「えっ……は、はい。そう、ですけど……」
いかにも快活そうな声で名前を呼ばれたことに、アッシュは困惑する。
魔族に会う機会は今まで指で数えられる程でしかないが、その中にミノタウロス種がいた記憶は無かったからである。
「やっぱりな。アタシはランダ。一応ここのオーナー……まあ調整担当だな。ギルド本部の建物内に店持ってる連中は形の上ではギルド職員ってことになってるから、どんな奴らが入ってきたかはわかるんだ」
なぜ言い直したのかはわからないが、とりあえずこの武器ショップの店員であることには間違いないようだ。
そしてギルド職員ということでもあるならば、名前を知られていても不思議ではなかった。
「お前らもう結構有名だぞ。リレイクでも成果上げたらしいじゃないか。で、3人揃ってうちに来たもんだから、顔合わせしておこうかと思ってたんだが……」
そこで言葉を切って、ランダはアッシュの方をジロリと見る。
「お前、カスタマイズの大事さをわかっていないようだな」
「いや、その……わかってないわけじゃないんですけど……」
「じゃあなんだってんだ」
変わらない威圧感に思わず1歩後ろに下がってしまうが、アッシュはしどろもどろになりながら理由を説明していく。
「……要は武器を全種類使えるからどれか一つを選べないってことか?」
ランダは顎に手を当てて何度か頷いた後にアッシュに訊ねる。
「はい、だいたいそんなところです」
厳密には違うのだが、そこまで言い始めると話がややこしくなってしまうので、アッシュはランダの言葉を肯定する。
「ふーん、そうか。なら……武器3大メーカーの名前と所在領域と特徴は?」
ランダからの突然の問いにアッシュは驚くが、すぐに冷静になり答えを纏める。
「アースのレイノードは小型の武器に強く、細部まで拘った高い質とデザイン性にコレクターも多いメーカー。メルカドルのアッカムダントは大型の武器に強く、機械仕掛けのギミックによる遊び心のあるデザインのおかげで熱烈なファンが多いメーカー。イルゲイトのウェイマスクは法術武器に強く、長年の研究に裏付けされた高い操作性で抜群の信頼度を得ているメーカーです」
教科書通りではあるが、これ以上の答えも無いだろうとアッシュは思う。
「正解。次、パルチザンとハルバードと違いは?」
「1.5メートル以上2メートル未満の柄の先に刃が付いていて、振りによる強力な破壊が持ち味の武器がパルチザン。同形状ですがライダーが乗り物の上から使うため柄の長さが2メートル以上あり、突きを軸に用いる武器がハルバードです」
「正解。次は……」
ランダはアッシュから目線を外し、考えるように周りに飾られた武器を眺める。
「そうだな……じゃあ、アーチャーの武器のそれぞれの特徴は?」
「ロングボウは扱い方によって連射や複射も可能な、オールマイティな中距離武器。クロスボウは連射や複射は不可能ですが、飛距離や一撃の重さは全武器中でも高い方に入る遠距離武器。デュアルボウは自動装填及び軽量化によって二丁持ちを可能とした、連射特化型の中距離武器です」
一昨日使ったばかりの武器の問いに、アッシュは内心安堵しつつ自信たっぷりに応える。ランダはそれを聞いて、口元を上げて満足気な表情を浮かべる。
「正解だ。武器に興味が無いってわけじゃないんだな。男ならどれか一つ決めてけと思わなくもないけどな」
「あはは……それもそうなんですけどね」
グループで活動するレンジャーにおいて、武器の特徴というのは非常に重要な意味を持つ。
特徴が偏ってしまえば実力があっても勝てなくなってしまうこともあるし、逆に各々が役割を持って動くことができれば実力以上の敵を狩ることも可能になる。
アッシュはそれも考慮して、武器をただ使えるようになるだけではなく特徴や運用方法といった知識も身に付けておいたのだが、今回はそれが役立つ形になった。
「よし、気に入った。ならアタシがお前を、メーカーのテスターに推しといてやる」
「テスター……ですか?」
聞き慣れない言葉に、アッシュはランダに聞き返す。
「さっき言ったメーカーは、新作発売の前からテスターってことで実際にレンジャーに使わせてデータ収集してるんだ。そこにお前を入れてやる。テスターになれば未発売の新作武器を無償で使い放題だぜ」
「い、いいんですか?」
ランダからの思わぬ提案に、アッシュは思わず声が上擦ってしまう。
「ああ。面倒だからうちからは今まで出してなかったけど、全部使えるってやつはアタシも初めて会ったし、ちゃんと勉強もしてるみたいだから特別だ。……と、そうだ。おーい! アルー! あれ持ってきてくれ!」
「はーい」
突然ランダが店のカウンターに向かって叫ぶと、妙に高い声が店の奥から響いてくる。
そしてガタガタと何かが揺れる音がしたかと思うと、カウンターの奥から少年が金属製の無骨なハンマーを持って出てくる。
ランダはそのハンマーを片手で掴むと、その手をアッシュに向けて伸ばす。
「これは……?」
「持っていきな。レンジャー時代にアタシが愛用してたのを元に作ったレプリカだ。お得意様なんかにあげてるもんだが、お前にもやるよ」
「ランダさんもレンジャーだったの?」
アイリがアッシュの後ろから声を上げる。
「ここの職員やってる連中は、割と元レンジャーが多いんだ。こいつと出会ったのもその時だったしな」
そう言ってランダは、ハンマーを持ってきた少年をチラリと見る。ランダの子どもかと思っていたアッシュは、つい怪訝な顔を浮かべてしまう。
「言い忘れてたな。こいつはアル、アタシの旦那だ」
驚いては悪い気がしたが、これは驚くなという方が無理な話だ。アッシュとアイリは思わず少年 —— ではないのだろうが —— をまじまじと見てしまう。
「あっははははは! やっぱ信じられないって顔だな。でも大雑把なアタシに対して、アルは細かい仕事が得意でな。武器職人やるには欠かせないパートナーなんだ」
「ランダのパワーには、レンジャーの頃から助けられてるよ」
「こいつぅ。アタシを褒めたって何も出ないからな!」
ランダはアルを小突きながらも、その顔は幸せでいっぱいとでも言うかのような表情である。
「ありがとうございます。使ってみます」
唐突に始まった惚気を邪魔しては悪い気もしたが、そこで話が止まっては更に居づらくなると感じて、アッシュはランダに礼を言う。
「おう。少しばかり重いかもしれんが、上手く使ってみてくれや。テスターの話は来週にはわかるはずだ。アタシもお前らには期待してるからな」
「はい! 期待に応えられるよう頑張ります」
アッシュはそう言って店を後にした。
「なんていうか、豪快だったね」
「うん。流れでハンマーまでくれたしね」
レプリカなので性能は幾分か落としてはいるのだろうが、決して安くは無いだろう。とは言えただでさえ重量のあるハンマー、その金属製である。使う場面は考えなくてはいけないだろう。
「全部カスタマイズしてもらえるのも凄い」
「まだ決まったわけじゃないけどね。レイも頼んでみればよかったんじゃない?」
「私はこれがあればいい」
レイは背中の太刀に目を向ける。
「んーなんか落ち着いたらお腹減ったな」
アッシュは端末を開いて時間を確認する。昼飯にするには早い気もするが、アッシュも食べられないわけでは無い程度には、腹が減っていた。
「そう? じゃあちょっと早いけど、なんか食べて帰ろうか」
「市街の方にも色んな店が並んでるところがあるから、行ってみようよ」
「そうなんだ」
「行き方は調べてあるから、案内するよ」
そう行って歩き出したアイリに、アッシュとレイは付いて行った。




