35.【D-採取】エレハス山④
行きの時にも探したが、一応は登山道ということもあってか、道端にエーテル草などの持って帰れそうなものは無かった。
森の中へと入れば何かあるだろうが、今回の依頼内容は終わっているのでアッシュ達はギルドの支部へと戻ることにした。
アイリも土属性エーテル草が手に入る見込みが付いたことに満足げな表情を見せており、時々アイテム端末を見てはニヤニヤとしている。
「採れたかい?」
支部に戻ると、ケイが声を掛けてくる。
「いっぱい採れました!」
アイリが端末から土属性エーテル草を取り出して、ケイがカウンターに出した袋に入れていく。
「うん、良い出来だね。量も十分だ。ギルドで使うのは……このくらいかな。残りは君たちに渡そう」
そう言ってケイは、袋から土属性エーテル草を何本か取り出してアイリへと渡す。
「やったー!」
「他の報酬は本部の方で受け取ってくれ。この辺りの山は定期的に色々な依頼が入るから、機会があればまたよろしく頼むよ」
「はい。では」
アッシュ達は転送されてきた物置へと入り、通信機から依頼完了の手続きを行った。
***
変換機から出て受付へと戻る。先程まであった転んだ時の痛みは完全に消えており、そういうものだとわかっていてもアッシュは違和感を覚えざる得なかった。
アッシュ達は受注カウンターに戻って、ニーナに完了報告を行う。
「お疲れ様です。ではこちらが報酬のディルです。レンジャーポイントは加算しておきますね。……アイリさんは近いうちに昇格試験を受けられそうですね」
レンジャーポイントはギルドのパソコン内で管理されており、規定値まで貯まるとカードを更新してもらえるシステムである。
レンジャー個人では見ることは出来ないが、依頼完了後などにどの程度かを教えてもらうことは可能なのだ。
「へー結構簡単に上がれるんだ。まだ今日で……5日目だけど。」
アイリは少し驚いたような表情をしている。
「昨日のリレイクの件が大きいですが、一昨日のD難易度の掃討も一般的なEランクレンジャーは受注できませんし、十分難しい内容ですからね。このままお二人と一緒に高めの難易度の依頼を続けていれば、すぐに上がれるでしょうね」
「そっか。私まだEランクだった。じゃあD難易度に連れて行ってもらえることに感謝しないとだね」
「アイリはどう考えてもEランクの実力じゃないけどね。僕よりも不思議じゃないし」
そう言いつつアッシュはディルを受け取り、ギルド内通貨のカードをニーナに手渡した。
「そのような方のために、昇格試験では飛び級も採用しております。基本的には最初の1回しか受けられないですが、是非ともご活用ください。ところで、ウルフベアには遭いましたか?」
「はい。追いかけられました……」
「それは災難でしたね」
そもそも遭遇してしまったことが災難とは言えばそうなのだが、事情があったとは言え追いかけられたのはこちらから攻撃を仕掛けたからというのは、アッシュは黙っておくことにした。
「でもせっかくなので、来週には狩猟をやろうかと思います」
「エレハス山まで来てしまうと、街まで下りてくる可能性も高くなるので是非お願いします。3日以内に受注するようなら仮受注も可能ですが、どうされますか?」
公には明日と明後日は休日扱いとなっている。ギルドは開いているが、アッシュはこの2日間は休みにするつもりでいる。
そうなると仮受注をした場合、週明け初っ端に狩猟依頼をやることが決まる。
「2日間休んで、明けてすぐ狩猟でもいいかな?」
「ん。構わない」
「いいんじゃない? 休日の間に色々準備できるし」
たしかにアイリの言うように、休み2日間を準備に当てられると考えれば、狩猟をするにはちょうど良いとも考えられる。
「そうだね。では仮受注をお願いします」
「はい、承りました。山の低い場所で目撃された場合には依頼が狩猟から討伐に切り替わって仮受注も破棄されてしまいますので、予めご了承ください」
「わかりました」
「ではよい週末を」
ニーナに見送られてアッシュ達は窓口を後にした。
***
「持って行く物の買い出しは、明日3人で行こうか」
「りょーかい」
アッシュはそこでふと、先程の依頼のことを思い出す。
「……あ、糞のこと報告し忘れた」
「えーあれは別にいいんじゃない?」
「報告しておけば、休み明けまでに掃除してもらえるかもなって思って」
アイリはそこで一瞬、何かを考えるかのように目線だけを動かす。鼻が利くアイリにとっては、あの臭いを取り除けるのは大きなメリットにはなるのだろう。
「……戻る?」
「……でもあっち側を通るとも限らないしね。戻ってまで報告することでも無いか」
「だね。今日は走ったし、戻ってゆっくりしよう」
「そうする」
新しい地での生活が始まった最初の週が無事終わった。それもあってアッシュも気が抜けていたのだろう。
この時はまさか、報告しなかったことが想像を超えた重大な事態を招くとは、誰もが思いもしなかったのである。